2017年9月20日水曜日

日本の住宅資産査定への疑問

 また関係ない話ですが今のフルHDモニタのノートパソコンに変えてから真面目に目が痛いです。解像度が高すぎるのが原因なのかわかりませんが以前のノートパソコンと比べたら真面目に時たま目を刺すような痛みを感じることもあり、次からは敢えて解像度の低いパソコンを買おうかなとも考えています。モニタインチサイズも、映画とか見るから15.5インチにしたけど14の方がよかったかも。

 もう何度目かと思うくらいモニタ色調の変更を済ませてへとへとでブログなんて書いていたくないですが話は本題に移すと、最近また中国人の知り合いと不動産についていろいろ話する機会がこのところ増えていて、中国人に話すと信じられないって顔されるネタの一つに、「日本の土地はともかく上物の住宅は新築時から資産価値が向上することは決してない」というのがあります。
 説明するまでもなく中国の住宅価格は日々上昇しており、このままでは誰も買えなくなるような金額になるなどとかねてからバブルだバブルだと日本側は報じています。なおニュースピックスから「中国崩壊論の崩壊論」という連載を始めるというリリースメールが来ましたが、「始めてからやれよ」と内心思いました。

 そうした中国バブルの是非については置いておきますが、上記の中国における住宅価格の高騰は何も新築の住宅に限らず中古住宅にも当てはまり、それこそ何の手入れもしていない住宅でも、20年以上前に建てられたアパートの一室でも毎年値段は上がり続け、住宅所有者の含み益は絶大なものとなっています。
 ただこうした住宅価格の上昇は程度の差こそあれ、日本以外では本来存在するべき価格変動です。かつて香港で仕事していた時も常にウォッチしていましたが、景気の変動によって中古住宅の価格は下がりもすれば上がりもして、少なくとも日本みたく新築以降は一方的に下がり続け、20年、下手すれば10年もすればほぼ上物はほぼ価値がなくなるような急激な下落の仕方はしません。断言してもいいですが、この住宅価格の値下がり方が日本だと異常で、世界的にもイレギュラーな不動産市場ではないかと見ています。

 一体何故これほどまで日本の住宅価格は下がり続けるのか。欧米では自信が少ないとはいえ新築から数十年経った住宅、下手すりゃ二次大戦前の住宅でもリフォームなど手入れさえすればその価値は保たれ、現在においても市場に流通すると聞きますが、日本で二次大戦前、それどころか昭和期に建てられた住宅ですらもはや市場で流通する価値があるかと言ったら疑問です。もっともそれ以前に、何があっても住宅の資産価値が上がらない市場というのは経済的に見ればかなり異常極まりなく、言ってしまえばその市場の国民が住宅を買えば買うほど市場全体のキャッシュが消えていくという底なし沼のような存在になっている気すらします。

 改めて日本で住宅価格が下がる理由についてですが、そりゃ地震が多い国だから築年数かさむと不安ってのはいくらか理解できるものの、海外だって家事はあるんだし、また国会議事堂じゃ戦前に作られていながらいまだにつぶれてないし、法隆寺に至っては世界最古の木造建築としていまだに残ってるくらいなのですがちゃんとした構造ならよほどの地震でもない限り破損して価値を大きく損なうなんてことはないはずです。それでもなぜそこまで下がるのかと言ったら、こう言っては何ですが日本の資産査定の仕方がおかしいのではないかとしか私には思えません。

 具体的に言えば新築住宅に対しては異常に高い値段で査定し、中古住宅は極端に低く査定する。こうした行為が行われることによって何が起こるかと言えば、一番儲かるのはローン組ませる銀行、次に儲かるのは住宅デベロッパーで、あとは物件を安く買いたたいて高く売る不動産屋でしょう。
 多少ふざけた感じで書いてはいますが、真面目に日本の資産査定はおかしいと思います。日本国内にいたときはそれほど感じはしませんでしたが、いざ海外の不動産市場を見てみると歪にもほどがあり、本当にあの価格はきちんとした市場原理に即しているのかで理解することができません。

 かといって価格を無理やり是正することは自由主義に反します。一つの解決案として私が提示できるものとしては、地震や災害に強い構造の住宅に対して政府がお墨付きを与えるなどして、しっかりした中古住宅の価値を高めるような活動を取るとか、リフォームによる既存住宅再活用を促すためにリフォーム費用への補助などを通して中古住宅の価値を高める方向へ持ってくというのがあります。効果に関しては保証できませんが、少なくとも今現在の日本の資産査定慣習を吹き飛ばすようなアクションが欲しいところです。

2017年9月18日月曜日

課題を少しずつ、確実に克服し続ける中国


 上の写真は先週天気が良かったので上海市内で撮影した写真です。さすがにこれほどの晴天が毎日続いているというわけではないものの、今年の夏は暑い日が続いたのでこの日に準じるほどきれいな青空が広がる日が多かったです。
 「中国の空」と言えば、恐らく日本人はPM2.5や汚い空、灰色の空を想像するかと思います。もちろん内陸部に行けばまだまだそのような空が広がっていることでしょうが、こと上海に限ればここ1~2年で空気をはじめ空は確実にきれいになっており、それこそ4~5年前であれば上の写真のような空は奇跡だと感じたかもしれませんが、今だとそれほど珍しくもなく特に感動もありません。

 一体何故上海、というより恐らくは中国全体で空気が良くなってきたのでしょうか。ちょっと専門的になりますが理由はいくつかあり、一つは大気汚染の主犯であった鉄鋼業が大不況のためあまり生産活動をしなくなったこと、次に単純に街中を走る車のエンジンやガソリンが良くなり排ガスの汚染度が低下したためです。後者に関しては先日同僚とも、「最近排ガス臭わなくなったよね」と二人して納得するくらい劇的なくらい改善しています。

 しかし、と言っては何ですが、恐らくここで私が書いているような内容は日本では誰も報じていないと思います。また同時に、数年前と比べて「PM2.5がー」といって中国の汚い空を映した報道もほとんどなくなっているのではないかとも思います。聞いてる限りだと、北京も上海ほどではないものの以前と比べれば大分空がきれいになったと聞きます。
 忌憚なく意見を言えば、数年前の報道が刷り込まれているせいで「中国=大気汚染」の構図から抜け出ていない人が多いのではないかと思います。さらに続けば、現在の中国の姿を全く認識できず、ありもしない世界を想像しながら中国について語る人も少なくないでしょう。

 実際にと言っては何ですが、去年から何度か初めて中国を訪れた人を案内していますが皆異口同音に、「上海がこれほど都会だとは思わなかった」という感想を判で押したかのように口にします。上海が現在の姿となったのは何もつい最近ではないことを考えると、やはり日本の報道を通して中国はもっと田舎な風景をイメージしてしまうことが原因でしょう。
 また中国の訪問経験がある人間でも、中国がわずか数年でその光景を一変させているという事実に気が付かず、ついつい昔の光景のまま語ってしまうことによって無意識に誤った認識を広げている可能性もあります。それこそ私が10年前の北京の光景を語ったら、聞く人はどんな国なんだ中国はという印象しか持たないでしょう。

 なお、10年前の北京では壁のないトイレの方が当たり前でしたが、今現在ではそのようなトイレはもはや存在しません。これくらい今と昔で中国は違います。
 逆に私が10年前の東京や大阪を中国人に語ったとしても、恐らく大きな誤解を招くことはないと思います。せいぜい梅田駅前にヨドバシができていろいろ変わったくらいしか浮かびませんが、それくらい日本は変化がないのに対し、中国はリアルに1年ごとに光景が変わっています。1年前にはなかったシェアサイクルサービス「モバイク」は、今現在ない場所はないくらい普及しています。

 その上で、中国には確かに現在においても課題となる社会問題がたくさんあります。しかし少しずつとはいえ、先ほどの大気汚染問題をはじめ徐々にですが確実に改善されてきています。
 一方、日本は年金問題をはじめとして、克服すべき課題が20年前から存在しながら何も解決しておらず、先日の加算分の年金が未支給だった件といい、問題が拡大しているところすらあります。

 課題は少ないが何も解決されない国、課題は多いがちょっとずつ改善へ向かっている国。どちらに未来があるかと聞かれたらどのように思うのか、少なくとも私は中国の方がまだ希望を感じます。まぁそこまで大きなことを口しなくても、中国が変化しているということに気が付かずにいるというのは認識面で大きなマイナスにつながる恐れがあるだけに、私個人としては注意した方がいいというのがアドバイスとしてあります。

2017年9月16日土曜日

上海高島屋のかつ蔵にて……

 本日、取材量が半端ない原稿をようやく仕上げたので、気分的にも打ち上げをしたく上海高島屋に入っているとんかつ屋の「かつ蔵」に行ってきました。結論から言うと、オーダーを忘れられる憂き目に遭いました。

 入店当時、店内は込んでいたためちょうどひとつ前にいた親子と一緒に入って、この親子より先にオーダーしたにもかかわらず向こうの方が先に品物が運ばれてきました(オーダーメニューも一緒)。まぁ忙しいんだろうし待ってりゃ自分の方も来るだろうと、先に配膳されたご飯とみそ汁を前にただひたすら待ちましたが、それから30分経っても物は来ず、隣の親子も食べ終わってしまう有様でした。
 個人的に奇妙だったのは、待ってる私の横をお茶汲みする店員が何度も通っているにもかかわらず、ご飯とみそ汁だけしか置かれていないテーブルを見て誰も不自然に感じないのかなという点が不思議でした。しかも自分の湯飲みのお茶飲みほしてるのに、何故か汲みに来ないし。

 さすがに隣の親子が食べ終えたところで、「メニューまだ?」と店員に声をかけて、ついでに完全に冷め切ったご飯とみそ汁も取り換えるように頼んだら、「おかわりでしょうか?」と日本人の店員が聞いてきましたが、「とんかつが来なくて冷めたから交換頼んだ」と伝えました。それから約2分ぐらいでとんかつが来ましたが今度は交換を頼んだご飯が遅れ、ようやくおひつが来たら「茶碗は?」と聞かなきゃなりませんでした。

 こんなこと書いていますが私自身は自分のことを、飲食店側のトラブルに対してかなり寛容な人間だと思っています。別に今回の一件もこの後の件がなければネタにすることもなければ水に流すつもりだったし、友人と一緒に行ったときに何かこういうトラブルがあってもいつも自分が「まぁまぁ」となだめる立場に回ります。

 それで話を続けると、おひつだけ持ってきて茶碗を忘れてきたのでもっかいとってきてもらった際に、「やっぱ忘れられてました?」と聞いたところ、「すいません」とだけ返事されました。ああ多分絶対に認める発言はしないよう言われてるのかなと思いながら40分くらい待って来た飯を10分以内に食べて出ようとする際、何故か店員らは全員して私に目を合わせようとしませんでした。
 普段ならこの店は退店の際に「ありがとうございましたー」と言ってくるのですがこの日に限ってはそれもなし。店内はピークは終わってやや落ち着きを取り戻してきているのに、みんな目を合わさないどころか自分が正面に立つや視線を下におろし、目をそらして普段はある見送りの声もなく、ひいきにしてきた店なだけにちょっとハートが痛みました。

 レジの方も淡々と「会員カードは?」と聞いて会計するだけで、もうちょっと対応の仕方あるんじゃないかなぁと、あんま気分良くなく退店しました。普通にオーダー忘れたことを認めて謝罪してくれた方がこっちとしては気分いいんですが。
 さすがにこれきりでもう絶対ここにはいかないなんてことはしませんが、しばらくは通うのはやめようと思います。それにしても、しんどい記事仕上げた後でこれ来ると精神的にくるもんで、当初予定していたケーキ類の購入も見送って今コーヒーだけ飲んでます。

太平洋戦争における決戦はどれなのか?

 決戦とは一言では言うものの、全戦役やその後のパワーバランスを決定的に決めるようなものとなると実際には限られてきます。
 私は世界史上ではナポレオン戦役におけるワーテルローの戦いこそがまさに決戦と呼ぶにふさわしいと考えており、英仏両軍ともにどちらも一手のミスで勝利がどうなったかわからないくらいの拮抗ぶりはもとより、この戦闘の結果によってその後のヨーロッパ秩序はまず間違いなく大きく変わったでしょう。

 では我らが日本の太平洋戦争というか戦役における決戦とは何になるのか。真っ先に浮かぶのはミッドウェー海戦でこの戦闘によって日米両国の攻守が逆転したと紹介されることが多いですが、攻守逆転どころか、結果論ではありますが実質的にこの戦闘結果によって日本の勝利は事実上なくなったと判断してもいいくらいの敗戦ぶりです。大雑把に見ても工業力的に再生産することが事実上不可能な主力空母(赤木、加賀など)を一度に喪失し、それに付随して戦闘経験の豊かなパイロットもいなくなり、尚且つ活動制海権まで奪われる始末だったのですから、実行することは不可能だったとしてもあの時点で降伏するという判断が最適解だったでしょう。

 一応、その後も太平洋戦争における決戦としては、兵器投入量では史上最大の海戦に当たるレイテ沖海戦などもありますが、影響力といい、またワーテルロー同様に米軍側も一手間違えれば大敗する可能性もはらんでいた博打的要素の面から言っても、ミッドウェーこそが太平洋戦争最大の決戦とするべきが私の見方です。まぁ米軍としては、負けたところで最悪ハワイが陥落したとしても、本土まで攻撃する能力は日本にはなかったのではありますが、米海軍としては負けていたら立つ瀬はなかったでしょうね。

 こうして書いていて思うこととしては、陸上での決戦は事実上、太平洋戦争にはなかったんだなぁということです。太平洋戦争における陸戦は陸軍と海軍のグダグダな絡み合いもあって必要性の低い戦いも多く、インパール作戦といいそもそも何故始めたのかという点で疑問な戦闘も少なくありません。強いて言えばサイパン、硫黄島の戦いは防御上で非常に大きな陸上戦となり、硫黄島における栗林忠道の奮戦ぶりに関しては日本陸軍最高の戦いぶりだったと思えてなりません。

インパール作戦に抗命した将軍(陽月秘話)

 なお余談ですが、上記のインパール作戦について先日NHKでなにやら特集番組が組まれていたそうなのですがこの番組ついて立花隆氏が今月の文芸春秋にて、「蛆のたかる死体など当時の映像をよく取り入れており戦場の生々しさをよく伝えている」としながら、「インパール作戦を語る上で、佐藤幸徳将軍の抗命(命令拒否)事件を取り上げないのはあり得ない」という批判をしていました。
 この意見には私も同様なのですがさすがは立花隆氏というべきか、昨今の北朝鮮問題と絡めて「現地部隊が命令に反する事態にどう対応するのが」ということを考える重要性を訴えるとともに、自衛隊では先の抗命事件について熱心に研究しているということを書かれていました。

 最近また疲労が激しいもんだからなんかやたらと二次大戦絡みの話ばかり書いている気がします。今日も取材で2時間くらい電話かけてましたが、つくづく思いますが広報によって当たりはずれあって、当たり引かないと本当に苦労するって気がします。

2017年9月13日水曜日

とある陸軍大将と海軍大将

「灘高校1979年卒」の神童は、大人になってどうなったのか?勝谷誠彦、和田秀樹、中田考は新・警視総監と同級生(文春オンライン)

 本題と関係ありませんが面白かったので紹介します。それにしてもすごい濃いメンツが集まってたもんだ。

 話は本題ですが、昔あった「提督の決断」というゲームについてあるふざけた紹介記事では、「海軍を率いて自国の陸軍と必死で戦い、ついでに相手の海軍とも戦うゲーム」と書かれてありましたが、あながち間違ってるわけでもありません。ちなみにこのゲーム、軍艦とか作ろうとしたら会議で悉く陸軍が反対してくるというのはリアルに設定されています。
 太平洋戦争時、日本に限らず米国でも陸軍と海軍の仲は非常に悪く、日米両国で両軍は足を引っ張り合ったというのは有名な話です。この仲の悪さは昭和天皇も苦悩したことを周囲に吐露していたほどで、仲の悪い嫁と姑が一緒に同居している旦那のような立場だったのではないかと推察します。自分で書いといてなんですが、上手い喩えな気がします。

 そんな陸軍と海軍だったもんだから戦後も基本的にお互いが悪口合戦で、「向こうのせいで負けたんだ」というような主張を双方で行い、最終的には「海軍善玉論」に代表されるように海軍側が世論を制しましたが、双方の幹部同士で全く交流がなかったわけでもありません。
 ひとつ例を挙げると、陸軍の今村均と海軍の山本五十六は博打好きという趣味が共通していて普段から仲が良かったそうです。特に山本五十六が戦死する直前、たまたま現地付近に今村も赴任していたため挨拶を交わしており、二人とも今後の戦争の行く末についてやや暗い見通しを語り合ったと言われています。

 この二人とはまた趣が違いますが、陸軍の畑俊六と海軍の米内光正にもあるエピソードがあります。

 畑俊六は陸軍切ってのエリート幹部で、昭和天皇の侍従武官となったことから信任も非常に高かったそうです。そうした信頼関係から、暴走し始める陸軍を抑える目的で米内内閣の組閣時には陸軍大臣に据えるよう、昭和天皇から直接推薦されています。
 しかしそれほどの信頼を集めた畑も、米内内閣が陸軍に抵抗姿勢を見せるや陸軍上層部の意向を受け、自ら単独辞任することで米内内閣を崩壊へと導きました。なおこの米内内閣を崩壊に導いたことが遠因してか、終戦前の内閣組閣時に東条英機は総理大臣に畑を推薦したものの、過去に期待を裏切られた天皇はやや冷淡に拒否し、無事に鈴木貫太郎内閣が誕生したことが伝わっています。

 時代は移って終戦後、極東国際軍事裁判で先の米内内閣を崩壊させた点について畑は追及され、軍事独裁化を招いた張本人の一人として起訴されました。この際に証人に呼ばれたのは内閣を崩壊させられた本人である米内だったわけですが、判事からの質問に対して米内は徹底して知らぬ存ぜぬを貫き通し、畑をかばい続けました。終いには判事からも米内は「なんて愚か者だお前は!」と言われたそうですが、その甲斐あって畑の判決は終身刑に留まりました。
 米内内閣を崩壊に導いたことを考えると死刑であってもおかしくなく、そうしたことから畑は出所後も米内への感謝を度々口にし、1960年に米内の故郷である盛岡に銅像が作られた際にはすでに80歳の高齢に至っていたにもかかわらず、除幕式の傍らで黙々と雑草をむしる姿が目撃されたそうです。

 私個人としては、畑に対しやや同情的な立場を取ります。彼自身の思想よりも陸軍という組織の思想によって行動を強制され、その結果死刑にかけられそうになった点は運命にもてあそばされた結果にしか思えません。ただ運命は彼を見捨てなかったというか、犬猿の仲である海軍の大将である米内によって命脈をつなぎ、また畑もその米内への恩を忘れなかったというのは美談であると言っても過言ではないでしょう。
 何も畑に限らずほんの些細な運命のいたずらで死刑となった戦犯はB、C級を中心にたくさんいます。今日紹介したのはその中でも、運良く助かった例の一つです。

2017年9月12日火曜日

社民党が滅んだから民進党はダメになった?

 いきなり結論からですが、私は今民進党がどんどん弱っている原因を辿れば社民党が滅んだことも大きいのではないかと思っています。

 説明するまでもなく、かつて日本の野党第一党として55年体制(これも死語になってきたな)の一角に位置してきた社会党の系譜を継ぐ社民党はこの10数年、主に党首の指導力不足と元々の思想的問題からどんどんと衰退していき、現在は衆参合わせても5人に達さず単独では党派すら組めない状態で、事実上もうないものとして扱ってもいいくらいな存在です。ではかつて社民党を支持してきた支持層は現在どうしているのかというと、恐らく自民嫌いの支持層も多いことから、旧社会党を含め社民党からの移籍組が多くいる民進党へ支持を変えていると思われ、その民進党自体もこちらは確実にこうした支持層の取り込みに力を入れています。

 しかし、結果的には旧社民党支持層を取り込もうとしたことから民進党も衰退してきているのではというのが私の見方です。

 そもそも今回なぜこう考えたのかというと、かつての民主党と現在の民進党を比較したときにその思想や主張がだいぶ変わってきているように思えたからです。それこそ00年代前半は与党自民党に次ぐ野党第一党が民主党だったという状況について私の中国語の恩師が、「民主も結局右派だから、右派対右派の構図でしかない」と話していました。
 今でこそ民進党はリベラルなことしか言わず主張も理想論ばかりしかありませんが、確かにまだ00年代は、相変わらず自民党議員のどうでもいいスキャンダルや対案を出さないところは今と変わりがないものの、まだ憲法改正や国防について意見が出たり、政府歳出の無駄遣いに切り込んだりと今ほどのリベラルさはなく、右か左かでいえばやはり右でした。

 政府歳出については民主党が与党時代にたくさん無駄遣いをした負い目もあるのかここ数年は全く指摘する声すら耳にしなくなりましたが、まだ00年代は年金問題をはじめ傾聴に値する意見を発したり調査していたりで、評価できる点も少なくありませんでした。しかしここ数年、特に民進党に改組して以降は目も当てられず、主張も極端なリベラルに特化して先ほど挙げた憲法快晴や国防に関しては旧社会党の如く「発言すること自体がタブー」な雰囲気すら感じます。

 何故このように変化を遂げたのかその理由を推測すると、いろいろ複数あるでしょうがその中の大きなものの一つに、社民党の支持層を取り込もうとした、もしくは取り込んだことで思想が極端にリベラルに触れて、本人らも知らず知らずのうちに左旋回してしまったからではないかというのが私の考えです。現在の前原党首で、「言うだけ番長」なのは昔からですがそれでも以前と比べると発言内容が毒も外連味も味もないものに変わっており、政党全体を見回しても10年前とは大きく変わっているような印象を覚えます。まぁ自民党も、「抵抗勢力」が存在しなくなったという点で以前とは変わっていますが民進ほどではありません。

 そうして出た結論というのが見出しに掲げた、社民党が滅んだから民進党はダメになったで、極端なことを言えば支持層を取り込むためウイングを広げた、リベラルに走ったから民進党はダメになったというのが結論です。実際、党是なんてあって無きが如しですし、このままいけば社民党の後を追うことになるでしょう。
 受け皿となるのは維新か国ファーか。仮に石破氏が自民を出てどちらかの政党に移籍するとなったら面白いのですが。

2017年9月11日月曜日

中国の対日工作デマ文章について

ギルバート氏も騙された?中国の日本侵略計画ヨタ話
小池都知事も騙された?中国の日本解放工作ヨタ話(JBpress)

 上のリンク先記事はJBpressで投稿ライターとしては同僚(?)となる安田峰俊氏の記事ですが、こういうデマ文章が出回っていたとは知らなかっただけになかなか興味深く読ませてもらいました。
 簡単に記事内容を紹介すると、日中国交回復直後の1972年に得体のしれない雑誌に掲載された中国の「日本侵略計画書」とされるものが何故か現代になってネットを中心に出回っており、小池都知事もリツイートしてしまったとのことです。

 実際には中国が何らかの対日工作計画を練ってはいると考えられはするものの、出回っている「日本解放第二期工作要綱」については眉唾物の偽文書であることを安田氏は多角的に分析した上で結論を出しています。私もこの安田氏の分析を支持しており、特に中国語の表記に関する矛盾は非常に理路整然としていて説得力があります。
 具体的にその個所を引用すると、

『また、訳文に不自然な表現が多すぎる点も怪しい。中国語を直訳したとは思えない文章構造が多々見られる点はもちろんだが、ここではより分かりやすい例を端的に示そう。たとえば前出の田中内閣について記載した一文も、よく読むとヘンな部分がある。

“田中内閣成立以降の日本解放(第二期)工作組の任務は、右の第二項、すなわち『民主連合政府の形勢』の準備工作を完成することにある”(前出)

 お気付きだろうか? 実は中国本土の中国語はほぼ「横書き」なので、「右の第二項」という表現は通常ありえないのである(「上の」「下の如く」といった書き方にしかならない)。』

 安田氏も指摘している通り、現代中国語に「右記」という表現は絶対に存在しません。というのも中国語は日本語と違って現在は横書きしかなく、前文を引用する際には「上述(=上記)」か「前述」が使われます。いくら日本語に翻訳されたからと言って「右の~」とか「右記の~」という表現は出てくるはずがありません。
 他にも安田氏が指摘しているように「中共」、「シナ大陸」という表現も中国政府が使うことは決してあり得ず、使った時点で当時であれば執筆者は逮捕されてもおかしくないレベルでのきわどい表現です。安田氏も書いていますが、このデマ文を書いた人間はそもそも中国語に習熟していないのが私から見てもわかります。

 しかし何故そんなデマ文章が現代になって再流行したのか。理由をいくつか挙げると一応の出典というか掲載誌が実在していることと、メディアの検証能力が落ちていること、そもそも真偽なんてどうでもいい風潮が強くなってきていることなどがあるのではと思います。

 最後の審議なんてどうでもいいという風潮についてもう少し下記加えると、私のブログでも「いかりや長介から志村けんへ最後の手紙、というデマ」の記事でネットで流行っていた文章がデマであると検証したことがありますが、未だにこの記事がコンスタントにアクセスを得ていることを考えるとまだデマだということが浸透しきっていない節があります。こうした風潮は単純にネットが普及したためと言い切るのは簡単ですがもう少し私の推測を述べると、既存メディアへの信用が落ちていることも側面としては大きいような気がします。
 例えば私が子供の頃は「テレビで言ってた」と言えば誰も反論できない説得力がありましたが、現代においてこのような主張したら鼻で笑われて終わりでしょう。同様に新聞や雑誌についても世間の信用は明らかに昔と比べ落ちており、「誰(どこ)が言っていたから」というのは真実性を証明する根拠としては今や非常に脆いです。だからこそネットの情報も決して信用度が高いとは言えないものの、相対的なレベルで見たら「他に信用するものもない」という背景からかあまり検証もされなければ疑いも持たれなくなってきているのではないかと思います。

 とはいえ、あからさまにデマだと思われる情報を真に受ける方も方でしょう。巧妙な工作をした文章とかならまだ同情の余地がありますが、今回のこの対日工作計画についてはあまり擁護できないレベルではないかというのが私の感想です。

2017年9月10日日曜日

学生時代における空前の食パンブーム

 先週も友人と後輩とともにまた上海にある温泉施設の「極楽湯」へ行ってきました。なお後輩とは度々言っていますが何故か彼は、関西人だからかもしれませんが服を脱ぐのがやけに早く、ついでに風呂を出るのもやけに早く一度も勝ったことがありません。まぁそもそも競争しているわけではありませんが。

 その後輩が私に、「花園さんの貧乏エピソードはいつも面白い」とこの前言ってきました。そんな自慢するような話ではありませんが、実際に私が学生だった頃は学費面などではなにも苦労することはなかったものの、やけに生活をケチって今思うと貧乏な生活を送っていました。そのころのエピソードと言っても正確には私というよりは私と特定の友人間で行われた奇妙な取り組みなのですが、確かに今思うとわけのわからない努力を投じ繰り返していました。具体的には、

・100円で買えるお菓子の中で一番腹持ちのいいものの研究(最終的にはビスケット)
・「きのこの山」を買うのにリアルで10分くらい立ちながら悩む
・鍋がないのでやかんでパスタを茹でる(これは友人)
・コスパを考えたスイーツとしてホットケーキを大量生産

 などなどあるのですが、今思うと不思議だったのは見出しに掲げた空前の食パンブームでした。
 当時、私たちは友人間で相手の部屋を訪問する際はどんだけ安くてもいいから何かしらお土産を持ち合うという暗黙の了解があり、その過程で上記にビスケットが考案されたりもしたわけですが、ある日私の友人が何を思ったのかお土産に食パン一斤を持ってきたことがありました。
 「なんで食パンやねん」と聞いたところ、「安売りしてたから」などとうまくキャッチボールできない会話をした後、せっかく持ってきてもらったのだからとその場で焼いてトーストにして、バターやジャムとか塗って二人で一緒に食べながらその日の晩も議論しました。この時気が付いたのですが食パンだとめちゃくちゃ腹持ちが良く、なおかつ余った分はそのままホスト側が総取りして以降の食生活にも活用できるというメリットがありました。やはり食パンの備蓄があると心にも余裕が出てきて、夜中とか小腹すいた時でも気にせず焼いて食べられるため、下手なお菓子とかよりずっと有用性に富んでいて下手なお菓子をもらうよりずっとありがたいお土産だったということが分かりました。

 それ以降、私も別の友人宅へ訪問する際には食パンを持っていくようになり、やはり相手から「なんで食パンやねん?」と言われると、「何も言わず受け取れ。そうすればわかる」と言いながら配っていましたが、しばらくたってから送った相手からはほぼ毎回、「この前の食パンほんま助かったよ」などと言われるなど常に好評でした。こうしていつの間にか、私の周りでは「訪問時には食パンを買っていく」という暗黙のルールが生まれ、空前の食パンブームが起こっていました。

 そんな食パンのやり取りの中で一番思い出深いのは、このブームを最初に作った友人をある日自分の部屋に招くこととなった夜でした。その日は夕方にも友人が来る予定だったので一緒に食べようと夕飯用にカレーを作って待っていたら、何故か待てど暮らせど来ず、大分時間に遅れてから夜になってからようやくやってきました。
 遅刻の理由は忘れましたがとりあえず夕飯を振舞おうとカレーをよそおうとしたら、「ごめん、昼間に食べたすき家のハンバーグ丼がものすごくまずくて今気持ち悪く、カレー食べられない」とまさかの拒否に始まり、「あ、しまった。お土産の食パン買ってくるの忘れた。今ちょっと買ってくる」と言い出したのですが、遅刻はするわ用意しておいたカレーは食べないわで私もこの時かなり不機嫌になり、「もう夜遅いし、食パンなんてもういいから」と止めました。

 その後、友人にはお茶を振舞い、また政治や社会問題について議論し始め、始めでこそ不機嫌だった私も議論に興が乗ってくるとそうしたことも忘れ、いつも通りに議論に明け暮れて機嫌も戻ってきました。また途中で友人も、「ごめん、やっぱりなんかおなかすいてきたから、カレーもらっていい?」と考え直してきたので、これには私もにっこりしてカレーをよそってあげました。
 なんてことはない一夜でしたがこの時の記憶がやけに印象的なのは、友人が食パンを買ってくるのを忘れたことを謝ってきたことで、それに対し私も「食パンなんてもういいから」と、後から考えるとよくわからないやり取りしていてなんかあとからじわじわと来たからでした。実際、別の友人にこのこと話したら、「なんかよくわからない展開だね」と言われました。

くそ汚いリリース文

イトーキ、中国新本社を設立し台湾家具メーカーとの業務提携や中国チェアメーカーの子会社化など海外戦略を推進 (イトーキ)

 上のプレスリリース文はたまたま見つけたものなのですが一読してその文章の汚さに呆れるとともに、こんなものを平気で公に出してしまうイトーキのガバナンス体制に疑念を持ちました。直接見てもらえばわかりやすいですが、一読しただけでは一体何が言いたいのか全く分からないくらいの意味不明さで、二、三回読んでも資本構成が全く読み取れない上、ようやく理解したかなと思って資本構成図を見たら全然内容が違う、っていうかリリース文に出てくる会社名(優美股份有限公司など)が入っていないという恐ろしい構造となっています。
 っていうか文章中にある、「このたび子会社化したAllbestを統合し生産ベースとし、UBとの戦略的業務提携により獲得する営業資源・営業ネットワークを営業ベースとし」の下線箇所についても、普通に「生産拠点」、「営業拠点」と書けばいいのに、何故妙な横文字を使うのだろうか?

 リリース文がひどい会社というのは何もここまでひどいレベルは少ないにしても決して少なくはありません。特にIT系の会社が新たなサービス等を発表した際は読む人に理解させる気が全くないと感じさせるくらい専門用語を連発するものとかありますが、個人的には多くの人間に読ませること前提の文章なのですからもっとこだわった方がいいように思えます。一番無難なのは元記者とかのライターに書かせることで、彼らからすればマスコミがどういう文章に反応するのか、あらかじめ聞かれやすい箇所など把握しているのでツボを抑えた文章が期待できます。
 一見すると文章をかける人間というのはあまり社会に必要とされていないように見えますが、事広報関係の業務に関しては電話対応や企業PR戦略立案に限らず、こうした分野で文章力も要求されます。そういう意味で、もう少しこの方面にも社会は目を向けてもらいたいなというのが割とマジな本音です。

2017年9月9日土曜日

お茶を少々……



 外部に出す記事を先週書いていましたがその記事の中で、「最近趣味はと聞かれて、『お茶を少々……』という女の子はリアルで見なくなった」というようなことを書きましたが、実際こういう女の子ってまだ現存しているのか書いてて不安になってきました。かつては女の子がやってると高評価される(男から)趣味と言ったら茶道や華道、舞踊とかでしたけど、こういう古式芸能をアピールする人もいなくなれば、創作などにおけるテンプレパターンとして上記の「お茶を少々……」という言葉すらも絶滅危惧な感じがします。

 むしろというか、私の勘違いかもしれませんがこういう趣味はむしろ男の方が最近やっているような気がします。茶道や華道は見たことないですけど、なんか最近やたらとピアノを昔やっていたという男をよく見て、女の子でもやっている人はもちろんいますがどちらかというとあまりアピールしたがらないというか、むしろそっとしておいてほしいような態度すら見せるのに対し、「いや昔ピアノやっていたからこういうの見ると弾きたくなって」と言って弾き出すのは決まって男の側です。

 では最近の女の子はどんな趣味をしているのか。ぶっちゃけそこまで詳しく聞いてないので分かりませんが、ちょっと変わった子で「火曜サスペンスが好き」というのがいましたがこれは例外として、それ以外だとあんまり浮かびません。っていうかそもそも、趣味や稽古事やっている女の子自体減ってるのでしょうか?まだ自分の頃はバレエとかピアノを筆頭として女の子らしい趣味に勤しむ子がいたのですが、最近はマジどうなんだろう?ぶっちゃけカープ女子とか歴女とかはメディアが作り出した幻影だと思うし。

 なおこの「趣味は?」という質問をされると、地味に私も困ることが多いです。というのも自分の中で趣味と呼べるものがかなり幅広く、どれをどの程度上げればいいのかをいつも迷うからです。
 比較的安全な回答として用意しているのが「サイクリング」ですが、これ以外で趣味として挙げられるものを片っ端から上げていくと、相撲観戦、野球観戦、ゲーム(ほぼオールジャンル)、ブログ、政治、歴史、猫画像収集、デーモン閣下画像収集、派遣マージン率収集、茶碗収集といったのがあります。

 ちなみに他人の趣味で聞いてて一番興が乗らないのは「酒」という回答です。そもそもアルコール自体が私はあまり飲めず、第一それって嗜好であって趣味じゃないだろうと言いたくなります。もしそれが趣味として通るなら私だって飲む方の「お茶」が来ます。あんまうるさいこと言うべきではないとはわかってはいるんですが……。

2017年9月7日木曜日

不倫大国ニッポン

 もう説明不要でしょうがまた不倫関係のニュースが巷に溢れています。昨年のベッキーらによるゲス不倫騒動以降、日本では不倫のニュースがずっと事欠かず、何気に前の私の歴史記事にも「不倫ばっかじゃなくたまにはこういう記事が読みたい」というコメントがありましたが、真面目に年がら年中誰か氏らの不倫ニュースを見ているような気がします。ある意味、石田純一氏の「不倫は文化だ」というのは間違いではありません。

 さて現在お騒がせの政治家三人の不倫騒動ですが、橋本健元神戸市議のニュースについてはもう一言というべきか、今井絵理子議員と付き合ったのが運の尽きだったなとしか言いようがありません。なお百条委員会に呼び出されたら何でも話すと言っているようですが、私としては最初の不倫疑惑が持ち上がった際に不倫を否定した上で、「(ホテルに一緒に入ったが)一線は超えていない」という発言について、「一線とは何ぞや?」という点を追求したいです。っていうかいい歳こいた大人が子供じみた言い訳なぞせず、もっと面白いことを言えってんだ。

山尾氏「男女の関係はない」釈明 離党届提出(産経新聞)

 で、今一番ホットなこっちの山尾志桜里議員については、なんか一言では言い表せないものがあります。順々に語っていけばまずこんなとんでもない人間を幹事長に据えようとした民進党の前原代表は頭大丈夫かと本気で思います。いわゆる「永田の偽メール騒動」でもそうでしたが、前原代表は致命的なまでに議員というか人としての能力に欠けている節があるのですが、どうもその事実に本人自身が築いていないように思え、私の言葉でいえば「やる気のある無能」というのが一番しっくりきます。っていか誰か、「あんた無能だよ」って教えてやれよな。

 次に言いたいこととしては、一連のニュースを見ていて私が一番驚いたのはこの山尾議員を「評価していたのに」と述べる著名人がやたら多くいたことです。地球を何周もできる分のガソリン代を費用請求していたり、やや気違いじみた追求ばかりで具体的な対策については何一つ言及しない態度などからやばい人だなというのが私の印象で、案の定自民党議員が不倫がばれた際はここぞとばかりに罵詈雑言を浴びせていたのにこの有様です。「他人には許さないけど自分には許す」という態度を取る人間にまともなのはいませんし、ましてやそれが不倫というのなら人格に問題があるとしか私には思えません。

 上記二つの件に限りませんが一連の不倫騒動で見ていて私が不満なのは、当事者たちのコメントがどれもつまらないことです。上の山尾議員のコメントもそうですが、「じゃあ男女を超越した関係なのかよ」と突っ込みたくなるし、そして何よりそっけない態度で不倫相手に対し失礼じゃないのかと言いたくなります。はっきりと写真まででいるし週四で同伯しといて何もないと言って誰が信じるのか、だったらもっとひねった言い訳なりして聴衆をうならせる工夫をしないのかとつくづく思います。特に芸人の宮迫氏に関しては、「ホテルは一緒に入ったが何もしてない」というクッソつまらないコメントでは芸人失格でしょう。

 あともう一つ気になる点として、なんで誰も純愛路線に走らず否定してしまうのかです。「いけないことだとはわかっていたがそれでも相手を心の底から愛している!」なんて宣言されたらまだいくらか見ているこっちも心が動きますが、ベッキーに始まり誰もそのように交際を認める発言をせず、むしろ「相手とはないもない」と否定してばっかりです。
 と、言いながらも、唯一一人だけその感情を否定しなかった人物として矢口真里氏がいました。もっともこの人の場合は旦那に三行半つけられて帰る島がなくなっただけかもしれませんが、発覚当社はまだしも、このところの不倫相手につれない連中どもを見ていたらまだ彼女はその後も不倫相手との関係というかヒモとして飼っていただけマシだったのかとすら思えてきました。

【伝説の92】浮気が旦那にバレたんですけど 女性でも慰謝料払うんですか ...(浮気ちゃんねる)

 ちなみに私が一番すごいと思った不倫劇は上の例です。登場人物というか展開が笑えて仕方ないです。

2017年9月6日水曜日

「職場受け取り運動」について

「再配達地獄」を解決するシンプルで効果的な方法(JBpress)

 もしかしたら覚えている人もいるかもしれませんが上の記事は今年3月に私が書いた記事で、再配達に伴う過重労働が問題だというのなら中国みたいに職場受け取りすればいいじゃんという具合で紹介したものです。この記事は当初、内容に価値があるとは思えずJBpressでは出す気はさらさらなかったのですが友人から絶対出した方がいいと言われて出したところ、そこそこ反応よく2ちゃんねるでも結構スレが立てられていました。なんていうか、中国での感覚が当たり前になって何が日本人からして珍しいのかがよくわからなくなっている気もします。

職場受け取り運動(株式会社カルテットコミュニケーションズ)

 話は本題に入りますが、私の記事が配信されたのとほぼ同時期(3月)に上記の「職場受け取り運動」を推進するサイトも立ち上げられていることに気が付きました。提唱されている内容は私の記事とほぼ同じで、職場受け取りを普及させることで配達業界を救い、労働効率を社会全体で高めようというものですが、こちらはコラム記事とかではなく、リスティング広告を手がけるカルテットコミュニケーションズという会社が独自に発信、展開しているものです。
 私はこのサイトをつい先月に知り、今年3月から始めたと書かれてあったので、「3月ってことは、もしかして自分の記事に触発されて始めたのかな?」などと思い、そのまま直接カルテットコミュニケーションズに尋ねてみました。すると私の追及をガン無視した東海テレビとは違って即日返信をくれ、私の記事が配信(3/13)されるのとタッチの差で早くサイトは立ち上げられており(3/10)、立ち上げに関しては全く関係ないと親切にも教えてくれました。真面目に、調子に乗って変な質問した自分が恥ずかしいです……。

 ただ、カルテッドコミュニケーションズの方でも私の出した記事は読んでいてくれたとのことで、以前から興味を持っていてくれていたようです。そうした背景もあってかしばらくメールで往信し、同じ目的を持つ者同士ということもあって職場受け取りをもっと社会に広めていこうという点で同意できました。
 手始めにとばかりにさっそくこうしてこのブログで記事を書いてるわけですが、いくつか素直な心情を述べると、一企業がこうした草の根運動を展開しているということと、物流業界団体の元理事などからも推薦文を得ているということに驚きました。

 こう言っては何ですが物流業界とはかかわりのない広告企業がこうした運動を展開しても稼ぎに直結するわけではないのに、またどうしてここまで熱心にやろうとするのか、その情熱が不思議であるとともに頼もしいです。次にリンク先のページにも出ていますが、物流団体の理事から推薦文を得ていて、よくこんな業界側からも応援を得たなという点で私にとっては意外でした。
 何故意外だというのかというと、私はこの再配達問題が報じられ始めた当初から物流企業らは本気でこの問題を解決する気はないとみていたからです。

 内閣府の審議会資料や各物流企業大手の意見などをつぶさに見てきましたが、何故かどいつもこいつも対策にはコンビニ受け取りか宅配ボックスしか挙げず、中国やベトナムなど海外の事情を少し調べればわかるはずのこの職場受け取りについては誰も言及しない、むしろ言及を避けるような雰囲気すら感じました。そもそもこの再配達問題も短期間で急に持ち上げられた点で不自然さを感じており、はっきり言えば何か裏があるなと当初から見込んでいましたが、方々から話を聞く限りだとさも配達現場が大変だと主張して配達料の値上げの口実に使うという配達大手の目論見があったと言われています。
 もちろんこの主張には何も確固たる証拠はないのですが、今年1~3月はあれだけ大騒ぎしたのに4月以降から急激に関連報道がトーンダウンしてきたと私には思え、これが一種の状況証拠ではないかと見ています。また同時に、4月に宅配ボックスの設置購入に際して国から補助金支給が決まったことも影響したのではないかと思います。あくまで私個人の目線ですが、以前頻繁に出ていた宅配ボックス関連の報道において、名前こそ敢えて出しませんが宅配ボックスメーカーとして挙げられる会社は決まってある特定の一つの会社だけでした。

 何が言いたいのかというと、再配達自体は確かに座視できない労働問題であるものの、宅配業界や政府は初めからこの問題を本気で解決する気はなく、むしろこの問題を口実に配達料値上げと補助金ばらまき及び受け取りを狙っていたのではないかと思え、その目的がほぼ達成されたからこそこの問題についてはもう主張しなくなり、報道も減っていったのではないかと言いたいわけです。
 ならばもうこの問題は放っておいてもいいのではと開き直ることもできますが、配達会社は既に得していても、配達現場の過重労働は今のままでは解決されないまま今後も続く可能性があります。そういう意味では、本当にこの再配達問題を解決へと導く正しい対策を普及させることは、宅配ボックスメーカーを儲けさせることよりもずっと重要であるように思えてくるわけです。

 こうした視点や価値観は話を聞く限りカルテットコミュニケーションズとも共有できているように思え、再配達への対策として真に実効性の高い「職場受け取り」をもっと普及させようとして上記運動を展開されています。私としてもこうした姿勢は応援する立場にあり、ブログならば書ける私の推察とともにこうして紹介するに至りました。もっとも例の宅配ボックスメーカーに関しては、怖いもの知らずで鳴らす私ですら喧嘩するにはやや尻込む相手なので名前は伏せたわけですが、マジな話、あそこの広報はトヨタと並んで手強いしやり辛いと感じます。

 最後となりますが現在、職場受け取り運動のサイトでは賛同企業を募集しており、興味のある方は自分の会社や知り合いの経営者とかに紹介いただけると助かります。それにしても、見たところ運送業系企業の名前が賛同企業に入っていないというのも因果なものです。
 念のため書いておきますが、別に賛同企業が増えても私のところにはお金は入ってこないし、この記事も完全無償で書いてます。あくまで私はこの運動を応援する立場で推薦しているのであって、打算的なものは何もありません。自分が望むのは過酷な配達労働環境の改善と、従事者側へ消費者が歩み寄る形での労働効率の改善だけです。

2017年9月5日火曜日

返信してこなかった東海テレビ( ゚皿゚)

 昨日の記事で東海テレビの報道で「全国初」と書くのは間違いではないかと指摘しましたが、同じ指摘をあらかじめ東海テレビにも送っておいたにもかかわらず何も返事よこしてきませんでした。自分は記者時代、こういう指摘来たらきちんと受け取った直後に返信していたというのに、中日新聞と言い名古屋のメディアはカスぞろいだ。

残業80時間超の名古屋「大宝運輸」 厚労省が企業名公表、働き方改革で初(産経新聞)
トラック運転手84人に違法残業 新基準で初の社名公表(朝日新聞)

 上記は全く同じニュースを取り上げた全国紙二紙のニュース記事ですが、さすがは新聞メディアというべきかきちんと「わかっている」記事を書いています。具体的には今回のブラック企業社名公表は「今年1月以降の新基準で初」ということが強調され、「全国初」という言葉は一切使っていません。

違法長時間労働に是正指導 名古屋の大宝運輸(読売新聞)
違法な長時間労働 名古屋の運送会社名を公表 愛知労働局(NHK)

 一方、読売とNHKは「新基準ができてからは全国初の公表」という表現で紹介しています。個人的には社名公表自体は既に何度も行われているのでいくら新基準以降とはいえ「全国初」という言葉を入れるのはいかがなものかと思いますが、それでもきちんと背景を書いているだけマシでしょう。
 東海テレビのニュース原稿の場合は第一段落で「全国初の社名公表」とぶちあげた後、最終段落末尾で「新しい基準が適用されたのは全国で初めてです」と書いてあり、「全国初」が最初に強調されているため誤解を招きやすく、私からしたらこれはあり得ない書き方です。というよりそもそも、このニュースでの政界はやはり「新基準初」であり「全国初」ではなく、この言葉自体入れるべきではないでしょう。

 では何故東海テレビを含めた三社はこの無用で誤解を招くような言葉を入れたのか。恐らく愛知労働局が記者会見で「全国初」という言葉を使ったからに他ならないでしょう。割と駆け出しの記者に多いですが、記者会見や取材で言われた通りの言葉をそのまま内容考えずに使ってしまうという、あまり褒められない行為をやってしまったのだと思います。私もあんま人のこと言えませんが、基本的に取材される側は自分たちをよく見せようと大きくものを言ったり、不要な言葉で修飾しがちとなりますが、事実を適切に伝える場合はそうした言葉を排除することが必要です。ただ言われたことを右から左に流すだけなら、リリース文をコピペしているも同然です。

 まぁ今回の件は自分もかみつき過ぎかなと思いますが、やはりわかってるメディアはわかった書き方をしているというか、産経と朝日はちゃんとよく見て記事出しているなということがわかったのは個人的に収穫です。逆を言えば、東海テレビとNHKが二つやらかしたことをみると、テレビメディアはやはり新聞メディアと比べると言われるがままに垂れ流しがちなのかなとも思います。まぁこう言ったら読売の立つ瀬ないけど。

2017年9月4日月曜日

ニュース雑感

プロポーズ成功直後…男性が橋から転落死(日テレ)

 一見して、「逆じゃね?」と思いました。何かとは言いませんが。

月197時間残業も…運送会社「大宝運輸」で違法残業 全国初の社名公表 名古屋(東海テレビ)

 一見して、「全国初?」と思いました。というのも厚生労働省は昨年に過労自殺を招いたに電通を差し置いて私もバイトしたことのある「エイジス」という会社を筆頭に、これまでに何度もブラック企業を公表しているからです。限定表現として「名古屋初」という言葉もなければ「運送業界初」という言葉もなく、何を以って「全国初」という見出しを付けたのか理解に苦しみます。
 テレビ局の記者とは直接関わったことはありませんが、ブラック企業の社名公表が何度も行われている現状を知らずにこんなニュース原稿書いたとしたら、言っては悪いですがお粗末すぎるにもほどがあるでしょう。私が尊敬する清水潔氏は日テレ所属なので人によるのかもしれませんが。

 ただこのニュースに関してはさすがに捨ておくことができないと感じたので、先ほど東海テレビに「ほんまかいな」と尋ねるメールを送りました。いくつか罠はったメールにしておいたので、素直に認めない限りどんな回答が来ても追い打ちかけられるようにしているので、一つ遊んでみようかなと考えています。
 それにしても、最近忙しいにもほどがあるのにこんなニュースにもいちいち反応していて自分でもやや馬鹿々々しさを感じます。昨日も散々友人らに、「本気で今会社休みたい」と洩らすほどの状態ですが、休んだら休んだで周りに負担来るため休めないという状況ってのが笑えてきます。弱音ばかりで情けないですが、早く体調戻してまたバリバリ記事書きたいです。

  おまけ
 昨夜友人と夕食した際に向こうがふざけて、「悪い、財布忘れたからお金払って」と言ってきましたが、「てめぇ携帯持ってるだろ。中国なら携帯で何でも払えるから財布なんて不要!」と言い返し、「財布忘れた」という言い訳が通じないほど中国の電子決済化は進んでいるのだなと二人(プラスワン)してしみじみ思いました。なお夕食代は結局三人でワリカンです。

2017年9月1日金曜日

異常な記事投稿数

 表立って言いませんでしたが、実は先月の時点でこのブログの投稿件数が3000件の大台を突破していました。突破したとはいっても過去にいくつか、私が記憶する限りだと一桁に留まっていますがいくらか削除した記事もあるので実際投稿数量とはやや差があり、それもあってか3000件目の記事を出した際も特にアピールしようという気にはなりませんでした。
 もっともこのブログ自体も今年12月で10周年を迎えるので長くやってれば投稿数もそれだけ増えるのでそこまで自慢するような数量だとは思いません。ただ、記事一つ一つの分量は明らかに他のブロガーと比べても私のは異常な量で、尚且つこのハイペースな投稿数を維持するのは我ながら凄いとかそういうのではなく、ただただ異常だと思います。

 先日にJBpressの編集長と会って話をした際にも向こうから、「どうしてもっと外部から執筆オファーが来ないのですか?」と言われましたが、正直私もなんでもっと来ないのか内心不思議です。メディア業界というのは内容以上にともかく記事を大量に書ける人間が重宝されやすく、それこそ私の場合だと中国、歴史、政治、マンガ・ゲームなどであれば、内容の深さを問わないのであれば時間が許す限りほぼ無限に書くことができると自負しており、このブログがそれを証明しているとも考えています。
 実際にというか、一回あまりにも体調おかしくなった際にブログの投稿を不意に一週間ほど停止したことがありましたが、その時期は夜の時間が有り余って仕方なく、いったい自分はどれだけの時間をこのブログ執筆に費やしているのだと我が事ながら意外な事実に気が付いたものです。

 それでもかつては勤務先の仕事が割かし暇すぎるものが多くてそれほど負担にはなっていませんでしたが、現在就いている本業の仕事(最近何が自分の本業かなにかわからなくなってきたが)は繁忙期になるとリアルで忙しく、こっちのブログ書くのも素直に負担に感じるようになってきました。現実に今も準繁忙期で尚且つ自宅でどうもダニなのかどうなのかわからないですが変な虫が湧いてて、突然腕に数センチの切り傷ができるなど夜中の睡眠がえらく妨害されてふらふらな日々が続いてて、対策に布団乾燥機買ったら数分で電源が切れる不良品で、しかもタイミング悪く自分者修理できない部屋の特殊な電灯がぶっ壊れて、神経がガリガリ削られる状態でもこうして書いています。三日前に至っては、リアルに一睡もできなかった……。

 そうした状況もあって最近やたらと周りに愚痴を述べる機会が多く、「俺と同じ生活、最低でも同じ投稿数でブログを運営し続ける奴なんているのか?」などとぼやいては自分がどれだけバイタリティに溢れているのかを遠回しに自慢することが増えてきました。自分でいうのもなんですが体力に関してはそんなに自信がなく、土日に平気で10時間以上寝続けるなど割と打ち込まれやすい方です。にもかかわらず負担の大きい活動を繰り返しているように見えるのは、単純に無鉄砲さがひどいからであるように思え、また土日でJBpress用の記事を一から取材して執筆しなければならないというのに、日用に100㎞サイクリングの予定を組むなど我ながらいい加減にしろと思えてきます。
 そんな自分の無鉄砲さに、このブログは支えられてます。

2017年8月30日水曜日

日中の時間の流れの早さ


 もう誰も読む人はいないでしょうがこのブログでは過去に私が北京に留学していた時の体験記をアップしています。といっても留学していたのは2005~2006年のため「今は昔」の話となり参考になる話はもうほとんどないのですが、その一連の体験記の中で中国における時間の流れの早さを取り上げていました。
 その体験記の中では、「中国ではゆったりと時間が流れ、1日が日本よりも長く感じる」といった内容が書かれてあるのですが、結論から言うと現在はこれが逆転し、今だと中国にいる方が時間の流れが早く感じて、逆に日本だと遅く感じます。

 どうしてこんな逆転が起こったのかというと、今日もやたら疲れてるというか昨夜また突然ダニが大発生して一睡もできなかったのでもう理由も書いちゃいますが、中国社会はめまぐるしく変化が起きてるのに対し、日本は何も変わらないからだというのが私の意見です。車窓風景一つとっても、中国では日々刻刻と建物などが壊されたり、新しく建てられたりと変わっていくのに対し、日本なんかマッドシティ(松戸)のあたりを常磐線で通っていると10年、下手すりゃ20年くらい前と何も変化ない風景が続き、いくらなんでもこれはと逆に引きます。

 またこの前取り上げたサービスの面でも、中国では割と画期的なサービスが出てきては普及し、生活スタイルが一変したりするのに対し、日本はあんまりそういった新たなサービスがここ数年登場せず、昔ながらの光景がそのまま続いてしまっている気がします。変化がないことも決して悪いことではないのですが、日本の場合で問題なのは悪いところがそのまま残って続いてしまっているところで、新卒一括採用といい、歪な給与構造、歪んだ女性の社会進出状況、あとはたまに騒いでは続かないいじめ問題など。
 はっきり言えば社会問題の面でいえば中国の方が圧倒的に多いです。しかし中国はあまり日本では言われはしませんが、徐々にではあるもののあらゆる社会問題が改善に向かっているというケースが多いです。例を挙げれば賄賂文化、市民マナー、大気汚染などで、特に最後の大気汚染なんか今年の夏は快晴となり青空が見える日が非常に多く、北京の方でも空気指数は年々よくなっているとも聞きます。

 昔のCMのキャッチフレーズですが、「変わらなきゃも変わらなきゃ」というのも昔懐かしいです。こうした変化を求める人間が日本に果たしてどれだけいるのか、誇張ではなくこの頃不安です。

2017年8月28日月曜日

朝令暮改内閣


 個人的に何故世間はこの点を追求しないのかなと思う点として、現在の安倍内閣の朝令暮改ぶりが私の中で浮かびます。他の政権でも全くないわけではないものの、大々的に政策を発表しておきながらその後さしたる成果もなければ途中からまるでなかったかのように口にしなくなる政策が多く、具体名を挙げるとわざわざ特命大臣まで設けた「地方創生」と「一億総活躍」です。

 どちらも耳聞こえのいい政策でこんな政策名を出されたわざわざ反対する人はまずいないでしょう。しかしどちらも特命大臣設置から数年が経過しておきながらさしたる具体的施策が出ていないどころか成果も何も出ておらず、むしろ就任した大臣が余計な発言や問題行動を繰り返すなど「大臣を置く意味あるのか?」と私からすれば疑問を感じずにはいられません。
 私の推測で述べると、どちらも安倍首相は支持率アップを狙って大々的に発表したものの当初から具体的な中身については何も考えてなかったんじゃないかと思います。どうせ後で中身を考えればいいとしていたらそのまま何も案が出てこず今に至るというか、石破氏もそういう状態を見越して初代の地方創生担当相をすぐやめて続投要請も断ったんじゃないかという気がします。実際、この大臣職はしがみつくだけ時間の浪費にしかなりません。

 さらに続けると、安倍首相はどうもこの二つについてはもう完全に興味を失っているようにしか見えず、口にすることすらもなくなりました。一億総活躍については作った当初はまだ言及したりその意味とかを国会でも答弁していましたが、現在に至っては本人も「あったっけそんなの?」といいそうな雰囲気です。第一、キャッチフレーズを大臣職にするのは無理があるでしょう。

 これらに限らず、安倍政権ではその場限りの思い付きのような政策ばかりが目立ちます。インフレ目標も毎年のように達成時期が延長されながら日銀総裁は一切責任を取らず、実効性が低く無責任な政策ばかりが乱発されているように見えてなりません。そして無意味となった政策は一切顧みられずまた新しい政策が出されることから私の中では「朝令暮改」こそが安倍内閣を表すキーワードだと密かに見ており、予想で述べるとまた次の臨時国会か来年初頭には新たなキャッチフレーズとともに変な職を設けるのではないかという気がします。

・ 「ニッポン一億総活躍プラン」フォローアップ会合(首相官邸)

 書き足りないので一億総活躍の中身についてもう少し触れると、上記広報サイトで掲げられている政策目標は以下の通りとなっています。

1.成長と分配の好循環メカニズムの提示
2.一億総活躍社会の実現に向けた横断的課題である働き方改革の方向
3.「希望出生率1.8」に向けた取組の方向
4.「介護離職ゼロ」に向けた取組の方向
5.「戦後最大の名目GDP600兆円」に向けた取組の方向
6.10年先の未来を見据えたロードマップ
・ 希望出生率1.8の実現
・ 介護離職ゼロの実現
・ 名目GDP600兆円の実現

上を見てどう思うかは人それぞれでしょうが、私はこれ見て「画餅」という言葉が浮かんできました。見ていて何の政策根拠の裏付けも見当たらないし、威勢のいいことだけを言うのが一億総活躍政策の中身だというのならまぁ理解できます。
 最後にこの件について安倍首相に私が求めたい点としては、「検証」のただ一つに尽きます。何故数年たって何も成果を上げられないのか、無駄に予算を食った関係者を数人消すくらいはやってもらいたいものです。

2017年8月27日日曜日

日本の競争力があるサービス

 先日のある記事で日本がとうとう中国からサービスを輸入する現実についてツッコミを入れておきましたが、ああ今日昼食後に3時間昼寝したから頭痛い……、改めてサービスという第三次産業の国際競争力というのはどんなものかと少し考えさせられました。

(第33回)国際競争力がない日本のサービス産業(東洋経済)

 上のリンク先は2010年の記事ですがまさにこうした点について具体的データとともに論じており、個人的に意外だったのはサービス貿易全体の3分の1を占める輸送業で日本は大赤字(当時)であったこと、またサービス業の現状について、「日本のサービス産業が、小売り、飲食など国内対人サービスを中心としており、国際競争力を持つサービスを提供できないことの表れだ。」と指摘している点です。なかなか考えさせられるというか、頭痛くて文章がまとまらないというか。

 もう文章荒れたままで進めますが、日本のサービスで国際競争力が高い分野というのはどんなものかと考えたところ、まず上記の輸送に関して国内輸送に関してはクロネコヤマトを筆頭に効率化は高いと思う反面、その高い効率性が急に話題にならなくなってきた過重労働を招き、また残業代不払いを考慮すると、意外と競争力はなかったのかなと思えてきました。クロネコは中国でも宅配サービスを展開していますが、果たしてどうなることやら。

 逆に間違いなく国際競争力が高い、っていうか間違いなく世界最強といえるのはコンビニチェーンサービスでしょう。米国で生まれ日本で発達した形態のサービスですが、実質的日本の手法がそのまま世界の手法に発展し、どの国でも日本のコンビニの形態が輸入されフランチャイズも展開されていることを考えると、地味に大きな輸出分野だと言えます。ドーナツはこけた感じ見えるけど、コーヒーサービスは今や中国でも一般的なほど日本からの発信力は桁違いです。
 一方、圧倒的な輸入超過だと思うサービス分野はインターネットを介したネットサービス全般です。国内サービスに関しては日系企業がやることも多いですがどのサービスも基本的には米国の模倣から始まり、日本から出発したネットサービスは、韓国との合弁ではありますがLINEくらいしか浮かびません。また国内では圧倒的な普及を遂げたiモードは結局海外では普及せず、スマホへの移行とともにすべての投資が無に帰し、それどころかスマホサービス移行も遅らせたことを考えると結果的にはかなりダメージでかかったなぁと今は思います。

 最初に引用した記事にもある通り、日本のサービスは小売や飲食など消費者向けサービスだけが極端に発達して、中集団や企業向けのサービスが極端に弱くなった印象があります。ただその飲食サービスの中で密かに私が注目しているのはファミレスチェーンサービスです。
 今月の文芸春秋(最近活字読むスピードが極端に上がってて、通勤途中の3日で大半を読めてしまい逆の意味でショック)にすかいらーく創業者の話があってそれに影響されたのかもしれませんが、こちらも地味に日本で独自発達を遂げ、洋食メニューやドリンクバー、そして何よりカット野菜など食材の集中購買と調理レス化は物凄い競争力を秘めているのではと最近気になります。昔カット野菜卸大手に取材しましたが、このノウハウは意外と他の国ではありそうでまだない気がしますし。

 上記のすかいらーく一つとってもガストへのモデルチェンジやバーミヤンやジョナサンなど別ブランドの設置などがあり、私しかこんなこと言わないと思いますが、日本で洋食が現在のように普及する上で物凄く大きな貢献を果たしたのはファミレスだと思います。現在、中国ではサイゼリヤの店舗拡大がものすごい勢いで進んでいますが、中国における洋食のスタンダードとなるのはこのサイゼリヤの味と形態だとすでに私は予言しています。何気に昨日も、エスカレーターで前に乗った人もサイゼリヤのテイクアウト用のピザ持ってたし。

 あってないような結論ですが、B2Bやネットサービスではものすごい後進国ではあるものの、対人系サービスにはやや強みがあるのだからもっとこの方面に着目してサービス輸出と国際競争力の強化を図るべきだといいたいです。でもって蛇足ですが、何度もこのブログで書いているように「おもてなし」という言葉はもう使うべきではないし、対人サービスでは強みがあると言いつつも観光関連のサービスはホテル業を中心に日本は話にならないレベルで、外国に勝てとは言わないまでもせめて海外から学ぶべきだとも言いたいです。

2017年8月26日土曜日

記憶に残ったRPGゲーム

中日新聞社説「一日も速く時給1000円に到達すべき」 自社のアルバイトは910円で募集だと話題に(ガジェット通信)

 上のニュースは友人が教えてくれましたが、相変わらず中日新聞はど汚いことをやってるようです。それにしてもここのガジェット通信はかなり昔、事前に許諾を取ってから私の記事を引用したことがありましたが、もうそういうオファーは私には来ないのかな?JBpressにも、「あれだけの記事を毎日ブログに書いておきながらどうしてもっとオファーこないの?」といわれましたが自分でもそう思います。

 話は本題に入りますがこのところ激務とストレスでやばいので気分転換とばかりにまたゲームの話題ですが、これまでそこそこいろんなゲームを遊んできた中で敢えてRPGというジャンルにくくった場合、印象に残るゲームが二本あります。


 ひとつは、プレイステーションで出された「リンダキューブアゲイン」です。システムとか画像は発売された当時を考えてもやや古いですが、その分シンプルな作りで遊び勝手は悪くありませんでした。ただそうした点以上に、このゲームを特徴づけているのはその気違いじみたストーリーの数々でしょう。上の動画もその一つですが、これだけにとどまらず「(;゚д゚)えぇ?」となるような展開や登場人物が多く、ほかでも言われていますがよくも当時にこんなゲームを発売できたものだと思えます。

 もう一つは、こちらはPS2で出てた「グローランサー3」です。このシリーズは6まで出ており、私は4まで遊んではいるのですが、その4でシリーズを見限りました。世間では4こそがシリーズ最高傑作だと言われていますが、私がプレイした感じだと4はお使いイベントが多くて主体的に物事を進められず、序盤に決められたとおりにイベントこなさないとその系統のイベントは途中から全く進まなくなり、終いにはボリュームというか内容が結構冗長でプレイしている間はガチで「はよ終わらんかな」とずっと思いながらやってました。
 もうすこしシリーズについて話すと、プレイステーションで出された1は間違いなく傑作で、フィールド画面がそのままシームレスに戦闘画面へ移るという特徴に加え、イベントを終えるごとにすぐまた新たなイベントに続くという展開のスピーディーさから単純にRPGゲームの歴史においてもまごうことなき傑作といえます。そんな偉大な1の次に出された2はまごうことなき失敗作で、ストーリーボリュームが異常に短く、主人公を含め出てくるキャラクターみんな全く魅力がなく、前作に引き続き出てくるキャラクターもなんか中途半端で、「なにしにきよってんお前」といいたくなるような登場の仕方でした。おまけにゲームシステムもかなり破綻していたし。

 その2の発売からわずか数ヶ月で、今回取り上げる3が発売されました。何故そんな短期間に2と3が発売したのかというと、この両作品はバトルをはじめとしたゲームシステムが完全に共通しており、同時並行で作られたと言われています。ただフィールドの移動は2は地図マップを指定するだけだったのに対し、3は1と同じくフィールド画面を自由に動くことができ、戦闘画面もそのままシームレスにつながるというシステムに戻りました。想像ですが、多分2で不評過ぎたからメーカー側も戻したのではないかと思います。

 では何故そのグローランサー3が印象に残っているのかというと、その洗練されたバトルシステムに加え、ストーリーと世界設定が特別よかったからです。簡単に世界観を説明すると、太陽の光が徐々に弱くなっていくという世界が舞台となっており、その影響で世界の北部を中心に段々と食料が得られなくなり、食料を巡って国々で戦争し合っているという世界となっています。こうした状況から一部の人間は時空転送装置を使って別の世界へと旅立ち、元の世界に残った主人公たちは他国との戦争を継続しつつ、太陽が輝きを失った理由を追いかけていくという展開になります。
 この太陽のくだりはシンプルながら考えさせられる内容で、太陽といわずとも世界気温が下がったら現実の世界でも同じことが起こりうるだけに妙なリアルさがありました。また主人公は会話で選ぶ選択肢によって性格が変わるため感情移入しやすく、その周囲のキャラクターも割と魅力あるキャラが揃っており、個人的には主人公の相棒に近いヒューイという男性キャラが飄々としつつもものすごい責任感で動く人間であったため気に入りました。

 唯一惜しむらくは、1同様に展開が非常にスピーディーであるため息切れせずストーリーが楽しめる一方、あまりにも早すぎてエンディングまで一気に到達してしまう所です。決してボリュームは少なくないものの、やってみればわかりますがあれよあれよという間に最終決戦へたどり着いてしまいます。
 そのせいか、もしくは製作途中で間に合わず削られたのかもしれませんが、ラスボスが何故太陽が輝きを失わせる行為をやったのかという動機については全く触れられず、あいまいなまま「個人の野望のため」で片づけられてしまいます。でもって進め方によってはこのゲーム、主人公側がめちゃくちゃ強くなるため、やりようによっては最終戦でラスボスに一切何もさせることなく投げナイフでハメ倒すことすらできてしまうほど楽勝となってしまい、終わった後には「なんやったんねんこれまでの騒動は?」と拍子抜けしてしまいます。実際、ラスボス戦より中盤の山場の方がきつかったです。

 とはいえゲーム全体としては完成度が非常に高く、特にBGMに関してはかねてから定評ある人が作っており、またエンディングテーマは声優の南央美氏が歌ってて、シングルCDが手に入らなかったからゲームのサウンドトラックを買うほど聞きほれました。ちなみに南央美氏はゲーム中でヒロインの一人を演じていますが、そのヒロインが上記の投げナイフの達人で、ぶっちゃけこのキャラ一人でこのゲームクリアできてしまいます。あと性格といい容貌といい、完全に「機動戦艦ナデシコ」で南央美氏が演じた「ホシノルリ」まんまなキャラです。悪くはないけど。

 最後にもう一つこのグローランサー3が特別印象に残った点として、上記にも述べた通りゲームストーリーの主軸は、「段々と崩壊へと向かっていく世界を救うこと」であり、古き良き日本のRPGらしい王道な展開とシステムだったことが大きいと考えています。個人的にほんの少しおまけ要素つけてPSVitaとかでリメイクし、古い日本のRPGを求めている人たちに手に取ってもらいたい作品です。

2017年8月25日金曜日

おろしはんばーく

 見出しは内容と全く関係ないですが今日の私の晩飯です。先週、数年ぶりに以前通ってた喫茶店寄って、思い出したこともあって今晩も寄って食べてきました。何に驚いたのかというとお値段が数年前のまま据え置きで、かつて金のなかった頃はものすごい贅沢だと感じたりしたのがいろいろ去来しました。

 そうした私の貧乏時代エピソードをこのまま語ってもいいですが、敢えて内容と全く関係ないタイトルにしたのはこの記事の中身を敢えて読み取られないようにするためで、ここだけの話を展開するためです。なんでそんなことするのかというと、そこまで危険じゃないけどあまり耳触りがよくないなと考えたからです、特に日本人には。

自転車シェア中国「モバイク」、日本で10カ所展開へ (日経新聞)

 上の記事は読んでいる人も多いと思いますが、中国の都市部ではもはやインフラとなりつつあるレンタサイクルサービス「モバイク」の日本での導入を伝えるニュースです。このモバイクについては周りからもJBpressとかで君も紹介しないのかと何度か言われましたが、メジャーなサービスで自分以外にも紹介する人が多くいて、私でなければ書けない話題ではないと思って断ってきました。逆を言えばこの記事はそうでもないということです。
 
 まだ疲労が抜けないので結論を述べると、関連ニュースはどれもモバイクの内容や中国の実績、日本でも普及するかなどを論点にして語っていますが、本当に論ずべき内容は中国からサービスを輸入したという点だと私は思います。続けざまに述べると、日本から中国へ輸出したサービスは最近あるのか、そしてとどめに、ここ最近日本で新たに始まり普及したサービスはあるのかといったところです。強いてあげれば「LINE」がこれに当たりますが、中国は普及してきた途中でLINEを排除してWeChatを代わりに引き上げています。

 サービス輸入となると、基本的に日本はネットサービスを中心に米国からの一方的な輸入が続いてきましたが、今回のこのモバイク上陸について私はとうとう中国からも輸入する時代が来たかと感じました。そして今後、上記のWeChatも日本は受け入れざるを得なくなるのではないかと予期しています。
 モバイクにしろWeChatにしろ、何故中国で普及したのかいろいろ分析してもったいぶった理由をつけるアナリストが多いですが、はっきり言えばどっちも「使ってて便利」だからという一言に尽き、その利便性の高さについて言及が少なすぎるように私は思います。何故少ないかって、日本のサービス検証では利便性は案外着目されないからだとも見ています。

 さらに言えば、日本は人材不足なのかここ数年で新しい便利なサービスというのがほとんど生まれてないのではとひそかに見ています。かつてはiモード、あとETCシステムなどを作り、後者に関して私はかつて批判的に見ていましたが中国でも導入されているのを見ると自分が間違っていたということが分かりました。しかし、サービスを輸出するという観点で見て、今の日本のサービスにどれだけ価値があるのかとそういうことに疑問を持つ人間はいないのだろうかと、今回のモバイク騒動を見ていて私は感じました。汚い言葉でいえば、まだ「おもてなし」という言葉に一人で酔ってんじゃないのかと。

2017年8月24日木曜日

戦国初期の関東の主人公は?

戦国時代前半の関東~激しすぎる抗争史(前編) (後編)

 先週に引き続きまた戦国時代の関東について歴史コラムを書きました。今日のJBpressのアクセスランキングでは相乗効果で先週の記事も上位に入り、連載物ならではの貢献を果たしたなと自負しています。
 ただ今回の記事ですが、書く側としては非常にしんどい内容でした。基本的に歴史記事を書くに当たって新たに勉強することは私に限ってはほぼなく、年号などを確認することはあれどもいつも既に理解し、持ち合わせている知識の範囲内で書いています。しかしこの戦国初期の関東は手許で手に入る資料もなければ自分が「わかりやすい」と感じる解説サイトもなかったため、各種のウェブサイトから各人物、事件、組織解説を一から読んで、それを頭に叩き込んだうえで整理しなおす必要があり、さらにそれを出力(執筆)するに当たっては非常に苦しさを覚えました。っていうかこの内容を2週間で約12000字で書くとか普通あり得ない。

 ただその甲斐あってか、ヤフコメを見ると記事内容はもとより文章表現について言及する人も多く、あまり図に乗るべきではありませんが歴史コラムも書いていけるなという手ごたえは感じられました。

 なおそのヤフコメですが、先週ともども「このあたりを大河でやってほしい」というのが一番多かったのはないかと思います。恐らく書いた人の心境としては、このあたりの歴史が面白い、もっと他の人にも知ってもらいたいなど以上に、NHKでの年間を通した放送で詳しく解説してもらいたいという願望があるからではないかという気がします。そこそこの歴史マニアを気取る私ですら確かにこの時代の関東地方は複雑で理解しづらいと思うだけに、こうした気持ちは私にも少なからずあります。
 そうした大河ドラマを希望するコメントの多くにもう一つ、「ぜひ太田道灌を主人公に!」という文言がよくつけられていました。恐らくこの時代の人物としては最も知名度が高く且つ人気もあり、その活躍する姿をぜひ動画で見たいという人が多いのだと思いますし、私もその気持ちがわかります。

 実際にというか、私は当初この一連の連載で中心に据える主人公としてはこの太田道灌を前半に、後半は北条早雲で行こうとプロットを考えていました。ただ後半に関しては戦国時代の関東というより北条家物語だなと思ってバッサリカットし、前半については当初は永享の乱と享徳の乱を二つセットで一つにまとめりゃいいと思っていたのですが、この二つの争乱を解説するには鎌倉府の解説が重要になり、なおかつ享徳の乱をメインでやったら誰も理解できずついてこれないと途中で思えてきました。
 太田道灌は享徳の乱における人物なため、この時点で主人公に据えるには登場期間が限られるため不可能だと感じました。ただそれでも悲劇的で人気のある人物であることから、文章は短いですが印象に残るような書き方を敢えて施し、その甲斐あってか「太田道灌の言及が少ない!」という当初予想していた批判はとうとう来ませんでした。

 以上を踏まえた上で改めてこの時代について述べると、もし大河をやるとしたら、私は主人公には鎌倉公方であり古河公方でもある足利成氏が一番適当だと考えます。というのも成氏は幼少の頃に父親の持氏が永享の乱で敗死し、兄たちも結城合戦で殺されながら6代足利将軍の義教が急死したことで運良く生き延び、鎌倉公方に就任しています。ところが就任後は派閥抗争に巻き込まれた上、親父を殺した張本人の息子が同僚になり(でもって殺す)、享徳の乱を引き起こしますがこの約30年にわたる享徳の乱の東軍における総大将を開戦から終戦までずっと務めています。
 私がこの連載をやっていて一番魅力を感じたのはこの成氏にほかならず、その悲劇的な幼少時代から老齢に至るまでずっと戦乱の日々を過ごしており、戦国初期の関東の重要事件を彼一人でカバーできてしまいます。彼の肉筆なり音声なりにはあまり触れていませんが、彼の人生を見ていて思うのは運命に翻弄されつつもしっかりとその役目や責任を感じて行動しているように見え、責任感のある人だったのではと勝手に想像しています。

 先に予告しておくと、これ以降の関東の歴史については今のところ書く予定はなく、JBpressでもまた今度からは元の中国ネタを出していく予定です。先にも言った通り、これ以降となると関東戦国氏は実質北条家の出世物語となるため、理解するのも難しいわけでもないし、ほかにも解説本が出ているから私が出る幕もないだろうと考えています。
 ただ歴史ネタは今後も溜め記事として書いておこうかなと思うので、また機会あれば出てくることとなるでしょう。目下のところ紹介したいと思うのは前にこのブログでやったフィンランドネタ、あと中国史なら国共合作とかその辺かなという気がします。後者なら自分の足で取材して撮影もできるし。

  おまけ
 昨日出した記事のヤフコメに、「っていうか外国に住んでるアピールとかいらないから」というようなコメントが朝にはあったのですが、何故かしばらく時間がたった後で見返すとなくなっていました。そのことを友人に言ったら、「え、マジ?確かにあったよな」とかいってて、その友人も同じコメントをチェックしていました。どんだけみてんねん俺の記事のヤフコメ……。

2017年8月22日火曜日

今朝の数時間

 自分でもものすごい不思議ですが、一昨日まで全く何も問題なかったのに、昨夜寝るときに布団入ったら全身を這うような感覚を覚えました。結論から言えばどうもダニが発生したようで、それ以前からもニトリの夏蒲団が触るとピリピリするなど不安はありましたが、突然昨日になって全身をダニが這うというのは想像できず、軽いショックを覚えました。
 さすがに今夜もそのまま寝るとやばいので、掛布団、マットレス、シーツを先ほど丸ごと洗濯して今干してる最中です。あと数時間で乾くだろうか?

 それはともかく置いといて、昨夜はそうしたトラブルを抱えてやや薄いものの一応は就寝したのですが、大体時間にして朝6時ごろに外で盛りに入った野良猫が「アオーーン、アオーン」と鳴きながら辺りをうろうろしていたため、かなりパッチリなくらいにこの声で起こされました。
 そのままベッドの上にいてもダニに噛まれるだけなので身を起こし、窓に寄って外を眺めてみたら件の盛りの猫が「アオーーン、アオーン」といってやっぱりうろついており、その様子を一階下の部屋で飼われている子猫がベランダから眺めてみていたのがやけにシュールでした。

 その一階下の子猫には折に触れて餌をあげているのですが、その甲斐あって私の顔を見ると「ニャーー、ニャー」と鳴いてくるようになっており、今朝も窓から顔を出した私の顔を見て餌をねだってきました。あんまり餌あげたりしていると飼い主にも失礼なのでいつも少ししかあげませんが、あらかじめおやつ用の餌を買っていたので、台所から持ってきて一つまみを握ると砂かけババアの如く一階下のベランダというか庭に投げ込み、そのまま姿を見られないようさっと隠れました。窓辺を除くと「ニャーニャー」言いながら食べる様子の子猫が伺えました。

 その後、朝食取ったりして少し時間が経過してからまた窓辺に立ってみたら、一階下のベランダの柱付近に猫の影が。まだ日も登り切ってないのでやや暗かったのですがいつも見る子猫も成長したのか随分と毛色が黒くなってきた……と思いきや、サイズがなんかおかしい。そしたら向こうの方からこっち振りむいてきましたが、下で飼われてるのとは別の成猫でした。しかもかなりでかい、っていうかそこお前の家じゃないだろうと思いつつ、そのあと出勤しました。

2017年8月21日月曜日

その声は毎日聞いて

 先日、プレイステーションネットワーク内で夏休みセールしてたので、コーエーテクモの「影牢~もう一人のプリンセス」というゲームを購入しました。
 なお余談ですが、中国からネット経由でゲームソフトを購入、ダウンロードについて最近気が付いたこととして、そのソフトやデータを配信するメーカーによってダウンロードできるかどうかが変わってきます。例えば先ほどのコーエーテクモなら恐らくこちらにサーバーを置いているのかスムーズにダウンロードでき、ゲームのアップデートも滞りなく行えるのですが、バンダイナムコは接続すらできず、「ガンダムブレイカー3」を起動するたびに「アップデートがあります→接続できませんでした」と表示されなめとんのかこのアホみたいな気持ちにさせられます。

 話は戻りますが私は「影牢」とその系統のゲームはプレステ2以外の「影牢」以外は全部やってて、そこそここのゲームは熟知している方だと思います。つい最近までこのゲームはアクションかと考えていましたが、今回改めて考えてみたところパズルゲームだなーと思えてきました。というのもこのゲーム、罠を作ってハメて殺すゲームだからです
 最初こそにじり寄る敵キャラに右往左往して一つの罠を当てるのにも四苦八苦しますが、慣れてくると如何にうまく複数の罠を順番にかけて効率的に殺すかという方向に発展していき、終いにはどうやって無限コンボかけて死ぬことも許さないまま延々といたぶるか、通称「ヒトコロスイッチ」を考え始めるようになります。ちなみに自分が一番これでよくやったのは第2作目の「蒼魔灯」で、ハンマーでアイアンメイデンに放り込み、針で刺されてから押し出されたところを今度は爆弾使ってもう一回放り込み、また出てきたら最初のハンマーで以下エンドレスでした。

 そんなワナゲー談義は置いといて今回の「ダークプリンセス」やってて気が付いたのですが、主人公の声優が斉藤佑圭氏だったりします。別に贔屓にしている声優でもなく、正直な感想を言えば決して演技も際立って上手くはない(下手ではない)人だと思っているのですが、何故かこの人、コーエーテクモのゲームに必ずといっていいほど出てきます。でもって偶然ですが昨年から現在にかけてコーエーテクモのゲームで遊ぶことが私には多く、具体的には、

<斉藤氏の出演作と配役>
・戦国無双4:井伊直虎
・討鬼伝 極:木綿
・影牢~もう一人のプリンセス:レグリア

 以上のゲームで準主役級の役回りで出ることが多く、実質的にほぼ毎日この人の声を自分は聞いているということに気が付きました。だから何だと言えばそこまでですが、そもそもなんで自分の買うゲームに毎回この人出てくるんだということが不思議で奇妙です。
 ちなみに同じくコーエーテクモのゲームでよく出てきて、尚且つ上記の三作にもばっちり出ている前田愛氏という声優もいますが、私はこの人のことを20年前の「ラングリッサー4、5」の頃から名前を憶えていて、現在の出世した姿を見るとかなり胸が熱くなります。前田氏についてはその演技も評価しており陰ながら応援しているというか……冷静に考えたら、この人の声もほぼ毎日聞いてますね私

 別に毎日声聞いてるからなんだってんだで、意識することも変わることも何もありゃしませんが、昨今の声優ブームで雨後の竹の子の如く新人が次々と出てくる中、同じ人の声を聴き続けるというのもまた珍しいのかなと思います。
 それにしても最近は、特に男性声優でそうですが「笑ゥせぇるすまん」をやっていた故大平透のような個性のある声を出す人が減り、型通りの演技しかしない人が増えているのはやや残念です。アニメなんだから多少大げさで特徴的な演技を求めたいところですが、多分そういう人は今だと人気でないでしょう。最後に真面目な話で締めると、今の日本は個性があればあるだけ損しやすい社会だと声優界見てても思います。

2017年8月20日日曜日

また追跡型のスタンドかよ……

 昨夜、集英社のコミックのKindle配信開始を受けて一挙に3冊購入しました。買ったのは「ジョジョの奇妙な冒険」第8部こと「ジョジョリオン」と、「怨み屋本舗」、「かぐや様は告らせたい」の各最新刊です。このうち一番楽しめたのは「かぐや様」で、読み終えるとそのまままた最初から読み返すほど面白かったです。「怨み屋本舗」は現在の「Evil Heart」シリーズの最終巻であるため購入しましたが、ドッキリするような大展開はなかったもののまぁ面白く、可もなく不可もなくといった感じでした。
 一方、「ジョジョリオン」の15巻については正直言ってげんなり残念ガッカリ失望させられました。初めて使う表現だけど、元ネタわかる人はいるかな?

 具体的に何が不満だったのかというと、見出しに掲げた通りに「また追跡型のスタンドかよ……」と思ったことに尽きます。この最新刊でまた新手のスタンド使いが出てきますが、そのスタンド能力というのが追跡型なのですが、私の印象で述べるとこの第8部に出てくるスタンドは追跡型が異常に多い気がします。
 ジョジョが分からない人向けに少し解説しますが、この漫画でキャラクターが戦闘に使う能力(=スタンド)はいくらか大別されており、代表格としては「近接戦闘型」、「サポート型」、「特殊能力型」みたいなのがあり、「(自動)追跡型」はこれまでにも何度か出てきていて数あるスタンドの中でもやや特殊な特徴を持ちます。具体的にその特徴を挙げると、

・射程距離が無限
・スタンドへの攻撃が本体に伝わらない
・自動で永遠と攻撃し続ける

 と、いったところです。ぶっちゃけて言えばかなり強い部類に入り、使い方によっては一方的にハメ倒すことができるためか味方キャラにはほぼ使い手はおらず、敵役にしか使われません(でもって必ず攻略される)。
 そんな追跡型のスタンドですが、私が把握する限り第8部だけでもうこんなにも登場しています、

・虹村京(ボーン・ディス・ウェイ)
・大年寺山愛唱(ドゥービー・ワゥ!)
・15巻に出てくる新手のスタンド使い

 このほかにも、こちらは射程距離は限られているものの八木山夜露(アイ・アム・ア・ロック)の能力も追跡型に近いような気が私にはします。

 はっきり言えば、能力や攻撃方法がどれも似通っていて、展開がワンパターンです。大体どれも「知らないうちに敵から攻撃を受けて、自動追跡してくるスタンド能力から逃げつつ、本体の居場所を探し、探し出した本体へ一発食らわせてハイ終了」という展開に終わります。
 これまでも追跡型のスタンドは何度か出てきてはいるものの、これほどまでに頻繁に連続して出てくることはなかったと思います。それが今回の第8部では短い間隔で、それも同じキャラクターに対して同じような攻撃をしてくるので、この最新刊に至ってはデジャビュがひどくなんでまた同じ展開を見せられるのかと不満しか湧いてきませんでした。しかもそこそこ引っ張って、この巻で決着つかないし。

 逆に、と言っては何ですが、このひとつ前に出てきた田最環(ダモさん)という敵キャラはその特徴的な容姿といい、脅迫する際の言葉遣いといい、反則なまでに強力な能力からかなり衝撃を受け、読んでて感銘というか登場中は素直に面白かったです。その後なだけに、今度の新手のスタンド使いにはがっかり感がはげしく、「こんなの出すならダモさん復活させろよ!」とマジで思いました。あまりこういう不平は言うべきかどうか悩むものの、明らかに追跡型に偏っていると感じたため、今回に限っては敢えてこういう記事を書いてみたわけです。
 ……ダモさんマジ復活しねぇかな。

2017年8月17日木曜日

歴史解説記事の裏側

「応仁の乱」よりも前から鎌倉は戦国時代だった
かつて湘南ビーチは合戦の舞台だった!(どちらもJBpress)

 昨日今日とまたJBpressで自分の書いた歴史記事を配信してもらいました。普段中国ネタの記事ばかり書いているのになんで今回歴史ネタなのかというと、先週の安倍内閣改造の記事をそのニュースとしての鮮度を考慮し、定期ペースから一週間繰り上げて掲載してもらったところ、「来週も行ける?」と聞かれて、「密かに準備していたこれなら出せる」といって出したところ使うことになりました。そんな感じで、実はこの記事は7月くらいから準備していた物でした。
 なんで準備していたのかというと、急病や帰省などで記事が出せなかった時の保険として用意していて、歴史ネタなためもし向こうで使えないと言われたらブログに使おうとも考えていました。

 このブログの読者なら私が歴史ネタの記事を書くのに慣れているのはご存知でしょうが、今回戦国時代初期の関東を何故選んだのかというと、ちょっと理由があります。一つは最近応仁の乱ブームでこの時代にスポットが浴びていること、二つ目としては全く手垢がついておらず日本史におけるエアスポットみたいな時代と場所だったからです。
 戦国時代、それも初期の関東は太田道灌を始め面白い武将が数多く登場して戦乱も多分当時としては全国一なくらい激しくて面白い時代ですが、この時代について知識なり理解がある人は極端に少ないでしょう。何故面白い時代のに少ないのかというと理由はごく単純に理解し辛いからで、この時代を学ぼうと興味持った人を悉く挫折させてしまうことはおろか、ある程度理解している人でさえその複雑さから解説にあぐねるような特徴があり、いわば「登り甲斐はあるけど険しすぎるし、説明し辛い山」みたいなもんでした。そうした背景からざっとみたところ誰もまだきちんと解説できてないように思え、「俺の腕ならなんとかなるだろう」という妙な自信と勝算とともに手を付けたわけです。

 真面目に今回の一連の記事は、自分の「複雑な内容をわかりやすく解説する」という職人技が光った記事だと思います。Yahooの記事コメントでもわかりやすいとしてくれる人が存外多く、そこそこ苦労しただけあっていくらか報われました。

 そもそも何故この時代の関東が複雑で理解が難しいのかというと、まずやたらと登場人物が多いのと、その登場人物の名前がみんなに通っているからです。この時代は「偏諱」といって、有力者の名前から一字をみんなもらうため、例えば足利義満の時代であればみんな「満」の字が入ってたりして紛らわしいです。その上、利害関係というか対立構図も複雑で、前まで一緒に戦っていたもの同士が争い合ったり、遠くの同じ苗字の一族が突然出てきたり、挙句には下剋上も起こってもう何が何だかだんだんわからなくなってきます。
 そうした背景から、今回の記事では何よりもまずわかりやすさを追求し、いろいろと小細工を弄しています。

 具体的にはまず焦点を絞りました。前編では鎌倉府の成り立ちと、足利幕府と鎌倉府の対立のみにスポットを当て、本筋と関係ない話はなるべく排除しています。こうした考えから「上杉禅秀の乱」は当時の関東においてそこそこ争乱の規模が大きい事件ではあるものの、本筋からは外れるし理解を妨げる恐れがあることからバッサリカットしました。この判断は間違いなく正しいでしょう。
 次にやった小細工としては、登場人物を極力抑えたことです。一番この時代でやらしいのは上杉家の人物が何度も、多数出てきて、一体どこの上杉さんか途中で分からなくなってしまうところがあります。そこで前編、後編ともに登場する上杉さんは原則一人に抑え、後編では当初は享徳の乱まで入って解説しようかと思いましたが、そしたら上杉さんを量産せざるを得なくなるため、本筋をあくまで「足利成氏の生い立ちとその立場」に据え、享徳の乱直前でストップをかけました。当初は意識してませんでしたが、成氏についてその存在を強調したので今後においてイメージを植えるのには役立つ気がします。

 それこそ、文字数の制限がなければいくらでも詳しく書ける時代ではありますが、詳しく書けばわかりやすくなるかといったらそうではありません。割とこの辺、歴史マニアが良くやらかすのですが、自分はわかっているからといって詳細に書いてしまうと初心者があまりついてこれず、誰も得しない解説記事になってしまいがちです。かといって短くまとめてしまって内容が薄くなってしまえば元も子もありません。
 突き詰めれば解説記事は「内容の深さ」と「文章の簡潔さ」のバランスをいかにうまく取れるかが重要であり、このバランスをいい方向へ誘導させるのが上記に挙げた「焦点を絞る」という作業だと思います。文章全体で中心線を常に意識して書き、場合によっては余計なものは排除するというのが重要となってくるわけです。その上で、簡潔にとはいっても結果だけを羅列するのではなく、何故その結果に至ったのかという過程をしっかり捉え因果関係を強く明示するのもテクニックでしょう。

 以前にも何度も自慢していますが、こういう複雑で難しい内容を解説するのを私は得意としており、内容が複雑であればあるほど真価を発揮するライターだと考えています。ただ今回の記事について友人は、「とても上海在住の人間が書く内容とは思えない」といってて、ちょっと前にも書いた通り脈絡のなさでも自分はライターとして無駄に高い位置にいる気がします。

2017年8月16日水曜日

ガンダムブレイカーの使用機体

 昨日の記事で散々疲れたしんどいと言いながら、ブログ書いた後はまたゲームして遊んでました。先ほど友人にも、「今日はもうすぐ休むの?」と聞かれましたが、「いや、ブログ書いてゲームする」といったら向こう黙ってしまいました。
 そんな私が今遊んでるのは「ガンダムブレイカー3」ですが、つい昨日に噂には聞いていたあるイベントシーンをようやく拝めました。そのシーンというのもウイルスに感染したロボットがヒロインを煽る場面で、

ロボット「アップルパイにはリンゴが入ってるけど、ペチャパイには何が入ってるの?」
ヒロイン(#;Д;)<何も入ってねーよ!!」(ガチ絶叫)

 見ていてマジ凄い煽り方だなと感心しました。

 そんなガンダムブレイカーですが、このゲームはガンダムに出てくるモビルスーツのパーツを自由に組み合わせて戦うゲームで、私が現在使用している機体の期待名、組み合わせは以下の通りです。

機体名:セカンドV
頭部、胴体、アーム部:Vガンダム
バックパック:V2ガンダム
脚部:V2アサルトガンダム
シールド:ビームシールド
武器:その日の気分によって

 見てわかる通り、V(ビクトリー)ガンダムをベースにして作ってます。知ってる人には早いですが「セカンドV」というのは原作の「Vガンダム」のアニメには出てこず、小説版にしか出てこない機体で、アニメ版では後半の主役機に当たる「V2ガンダム」の役割を果たしています。
 こんな機体名と構成にしたのはそこそこVガンダムが好きなのと、映像には出てこなかった機体を敢えてゲーム上で再現しようと考えたからです。もっとも本来のセカンドVならバックパックにV2ガンダムのいわゆる「光の翼」だけでなくメガビーム砲などもの兵装ついているのですが、ごてごてしたのは嫌いなのでシンプルに「光の翼」だけの外観にしました。
 あと脚部をV2アサルト版にしたのは、推力的に考えたらこの構成だと脚部がもっと強化されていて然るべきだと思ったためです。まぁ戦略的にもこのパーツなら副武装にヴェスバーが使えるようになるので、そうした戦闘でのメリット面も考慮してのことですが。

 なおなんでVガンダムが好きなのかというと、外観的にとにかくシンプルな機体だからです。配色もこれでもかというくらいシンプルで、見方によっては初代ガンダムよりもシンプルかと思えます。それでいてこの機体は劇中でもそうですが、兵器として「強さ」は追い求められず、主要パーツが交換、共用できるなど「効率」が徹底的に追及された機体であり、そうした設計思想が自分の価値観にものすごいハマって気に入るようになったわけです。
 大分昔にも書きましたが、無駄な要素を徹底的にそぎ落としシンプルに機能のみを追求した姿にこそ美は宿ると考えており、割とシンプルなデザインを好む傾向があります。自動車でもダイハツのストーリア(初期型)がデザイン的には一番好きですが、改めて考えるとかなり独特な美的感覚を持っているような気がします。

2017年8月15日火曜日

加計学園系列大学の偏差値

 今日はまだ元気ですが最近くそ忙しくて目が回ってます。っていうか中国で働くようになってから8月にやたらと休みを取る日本人が休み過ぎなように見えてなりません。ブログの更新がこのところ滞っているのは単純に疲れているのと、明日明後日JBpressで配信する記事の準備で忙しかったからですが、真面目に誰か自分と同じような生活をやってみて、自分がどれだけ馬鹿みたいに記事書いて疲労しているかを理解してもらいたいものです。
 ってわけで本題ですが、結論から言えばやっぱ加計学園はまずいなぁというのが私の本音です。

 ここしばらくノンフィクション本を読み漁って手を付けてこなかった文芸春秋を久々に買ったところ今回の加計学園について報じられていて、ネットニュースだけじゃいまいち理解していなかった事実というか構造がようやく理解できました。箇条書きで示すと以下の通りです。

・獣医学部を設置しようとしているのは加計学園系列の岡山理科大
・キャンパスはもちろん特区を設置する愛媛県今治市で、岡山理科大からすればリモートキャンパスとなる
・特区設置を図る今治市、獣医学部設置を図る岡山理科大の二つの思惑

 まず今治市について少し書くと、文芸春秋の記事によれば新しく特区法ができたから当時の記事が何かしら申請しようと考え、最初は造船所があったかあ海事特区みたいなのを案として出したら「ふざけるな!」と返され、ならニーズを考え獣医学部も置ける獣医特区で出そうとしたのがきっかけだそうです。この時2007年で、当時の市長によると報道では獣医特区を出して賛同する学校法人を募集したところ加計学園しか名乗らなかったと言われてますが、実際は募集を出す前に加計学園の方から「うちにやらせてくれ」と自ら売り込んできたそうです。

 そして加計学園理事長の加計孝太郎氏と接触した今治市職員によると、ものすごい酒飲む人で、なんていうか商魂たくましそうな人で金の話ばかりされたそうです。なんとなくですが、この辺読んでてもう一つの学園理事長が浮かんできました。ネットの情報によると安倍総理とは米国留学中に出会った頃からの仲で、まぁマブダチなんでしょう。

 私が今回何故加計学園ではまずいと思ったのかというと、率直に言ってこの学校法人、ひいては加計理事長に対し教育熱心であるとは思えず、完全にビジネスとして大学を経営し、今回の話にも噛んできたと思うからです。というのも加計学園には前科があり、千葉県銚子市に設置された千葉科学大学がやばい大学なんだなということを知ったからです。
 書いててなんか辛くてもうやめたいですが、頑張って最後まで書こう( ^ω^)・・・

千葉科学大学(Wikipedia)

 千葉科学大学は2004年に開校した大学で、運営はみんなお馴染みの学校法人加計学園です。この大学の何が問題なのかというとまず設立段階でキャンパスに使う土地の八割が銚子市から無償で譲渡され、さらに約92.15億円の助成金が加計学園に振り込まれました。当時からこの出費はその効果を疑問視した市民から反発されたこともあり助成金額は一部減額され約77.5億円になりましたが、銚子市が見込んだ経済効果は年間約69億円だったのに対し、実際は年間約23億円にとどまり捕らぬ狸の皮算用となったそうです。
 普通、経済効果って多めに見積もられることが多いのですがそれでも想定の半分以下って当時の銚子市の議員や市長はどれだけ質が低いんだと呆れる以外他ありませんが、それ以上に注目したのはこれです。

千葉科学大偏差値一覧(大学偏差値.biz)

 上記リンク先は千葉科学大学の偏差値一覧で、見てもらえばわかる通り偏差値40のEランクの看護学部を除きすべて堂々のFランクで、偏差値30台が主となっていてどこも定員割れしていると思われます。実際、文部科学省からも千葉科学大については、「大学レベルとは思えない低レベルな講義が展開されている」という調査報告書が出されており、また今年3月に行われた薬剤師国家試験の合格率は国立大が84.38%、私大が70.64%だったのに対し、千葉科学大薬学部は48.62%という驚異の数値を叩き出しています。

岡山理科大学偏差値一覧
倉敷芸術科大学偏差値一覧(どちらも大学偏差値.biz)

 となると気になるのは残りの加計学園系列の大学偏差値です。岡山理科大はさすがに本拠地なだけあって生物地球学部こそ50前後ですが、その下を見るとまた30台のFランクとされる学部がずらりと並んでおり、ぶっちゃけその存在価値を疑います。倉敷芸術科大学に至っては夢のオールFランクで、もはや大学単体というより学校法人まるごと取り潰した方がいいのではとはっきり思いました。言うまでもなくこんな大学にも助成金は毎年振り込まれており、銚子市に至っては何十億円を供出してFランク大学を誘致したのだと思うといろんな思いがこみ上げてきます。

 敢えてこの記事では獣医学部設置認可の手続き問題には触れず加計学園の大学運営だけに焦点を絞って書いていますが、種々のエピソードから察するに加計学園に至っては教育よりもビジネスとして大学を経営しているとしか思えず、且つその経営している大学の現状が上記のように惨憺たる有様であることから、こんなところが新たに獣医学部を設置するという行為について不安しか覚えません。
 そんなんだったらこの際、手続き上の疑惑もあることだしもっと別の、まともな学校法人に今治来てもらって獣医学部設置させた方がいいのではと私は思います。まぁそれだったら、既存の獣医学部がある大学に助成金入れて定員増やさせる方が確実ですが。っていうか底辺ランク大学については統廃合なり、助成金支給停止などをやってもっと教育資本を有効かつ効率的に集中させるべきだと思います日本は。

 あーしんど。ってわけでゲームして寝ます。

2017年8月12日土曜日

源氏方に与した平家武将

 この前の記事に続きというわけではありませんが、源氏でありながら平家武将と一緒に戦った源頼政がいたように、平家でありながら源氏方に与した武将もまたいます。その名も平頼盛といい、「頼朝」の「頼」という字がついているだけに名前からして源氏方っぽい武将です。

平頼盛(Wikipedia)

<清盛の弟>
 平頼盛とは誰かというと、平清盛の年の離れた異母弟です。その年齢差は15歳も離れており、清盛の長男である重盛の方が頼盛より5歳下でほぼ同年代という有様でした。そうした状況もあってか清盛が平家の棟梁として着々と権力を固めていくとその両脇を重盛と頼盛が支えるような立場となり、両者は官位昇進でもほぼ同時期になるなど「平家のナンバー3」としての役割を果たします。
 そんな頼盛が最も活躍したのは平治の乱で、平家物語上の記述ではありますが重盛とともに平家軍の大将として前線で戦い、大いに敵軍を打ち破るなどの活躍が記述されます。こうした記述と後にも軍勢を率いる場面が多く、軍事指揮官として平家内でも一目置かれていたのではないかと思われます。

<清盛からの警戒>
 しかし平治の乱後、重盛を後継者としたい清盛から頼盛は「その地位を脅かすもの」として警戒されたのか、これ以降も順調に官位昇進を果たす重盛に対し頼盛は抑えられ続けました。そうした兄・清盛との隙間風もあってか太宰大仁に任命されると、通常は代理人を現地に送るのが慣例なのにわざわざ頼盛本人が太宰府に赴任するなど距離を置き始めます。
 さらには念願かなって参議に昇進を果たすものの、その一ヶ月後には突然解任された上、軍事指揮権なども取り上げられます。表向きは役目を果たさず後白河法皇の怒りを買ったとされていますが、重盛へのレールを引く清盛の意向が左右したとも言われ、私もこの説を支持します。

 こうして一旦は頼盛を排除しようとした清盛でしたが、やはりその地位と立場、そして実力を買っていたのか、またすぐに頼盛を現場に復帰させ政務を行わせています。この政界復帰には頼盛の妻が昔仕えていた八条院(暲子内親王、鳥羽天皇の娘)との結びつきがうまく作用したとされ、この関係は後々にも頼盛の立場を大いに助けています。

<清盛からの更なる警戒>
 平家の春が謳歌されていたころ、平氏打倒の謀議こと「鹿ケ谷の陰謀」が発覚して関係者一同が処分されるのですが、この謀議に頼盛も加わっていたのではないかと清盛は疑い、政界復帰をさせていながらまたも頼盛へプレッシャーをかけていきます。一時は「頼盛追討の兵が興された」という噂まで出たそうですが、これほどまでに頼盛が疑われていた背景には彼が平氏一門より八条院、ひいては後白河法皇との関係の方が強く、あっち側につくのではないかと警戒されていたためだと言われます。
 そのため、八条院に支援を受けて挙兵したことがほぼ確実視されていた以仁王の挙兵でも、裏切りがないかを証明させるために頼盛は追討軍の大将に指名されています。もっともこちらでは頼盛は淡々と仕事をこなしてかわしてはいましたが。

<まさかの前線置き去り>
 以仁王の挙兵以降、源頼朝を始め各地で反平氏の兵が興る中、清盛が突如病死してその後継には清盛の息子であり、先に病死した重盛の弟にあたる宗盛が継ぎます。大黒柱の清盛の逝去は平家側にとっては大きな打撃となりその後の源氏との戦いでも敗戦が続き、源義仲の軍勢が京都に近づく中、頼盛は京都山科に陣取って京都防衛の最前線を守るよう命令されます。
 しかしこの命令に従って頼盛が山科に陣取るや、なんと宗盛らは平氏の都落ちを決め、六原の邸宅に火を放って続々と京都を離れて行ってしまいました。これに慌てた頼盛は洛中に使者を送って事の子細を宗盛に尋ねるも要領は得られず、結果的には戦場に置き去りにされる仕打ちを受けます。

 この後頼盛は他の平家一門を追って西国へ落ち延びることはせず、むしろ彼らと離れるような形で単独行動をとるようになり洛中にて身を潜めます。この頼盛の行動について当時の日記などからは非難するような声はほとんどなかったようで、むしろ「彼がこうするのも当然」という形で同情視されていたとのことです。
 また京都で隠遁中はまた後白河法皇や八条院から支援があり匿われたとされますが、そうまでして京都に残った判断はその後すぐに生きてきます。

<頼朝からのスカウト>
 源義仲が京都を占領する中、頼盛は密かに頼朝と連絡を取り合い当時の京都の状況について細かく報告していました。特に頼盛からの「京都周辺は不作で兵糧難」という報告が頼朝自身の上洛を中止し、代わりに義経が派遣される判断の上で大きく影響したとされます。
 それほどまでに頻繁に連絡を取り合っただけでなく、なんと頼盛自身が息子ともどもわざわざ鎌倉くんだりまで行ってきて頼朝とも直接対面まで果たしています。頼朝もまた頼盛をこれ以上ないくらいの勢いで激しくもてなしたとされ、源氏と平氏でありながら仲良くやっていたそうです。

 何故頼朝が頼盛を厚遇したのかというと、彼が持つ後白河法皇周辺の人脈とパイプに期待していたとされ、実際にこれ以降の頼盛の活動や頼朝の京都工作において大いに貢献します。それに応える形で頼朝も頼盛の所領を安堵するなど、Win-Winの関係を築いていたと言えるでしょう。

<壇ノ浦後も生き残った平氏>
 その後、1185年に平氏は滅亡しますが、頼盛は生き残り続けました。彼がどのような気持ちで平家の滅亡を眺めたかについては特に記録は見当たりませんが、一方で彼が源氏の側で活動していたことについて非難するような声も見当たらず、私としてもこんな立場ならと同情する気持ちの方が大きいです。
 頼盛自身はその翌年の1186年に自宅で病死していますが、源氏方として平家の滅亡を眺めたという意味でこの人物は面白いと思い、今回紹介することとしました。

2017年8月8日火曜日

ジョジョ3部から4部へのリアルタイムでの移行

「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章」70点(100点満点中)(超映画批評)

 上記は「また漫画の実写映画化よ!」と方々で言われている「ジョジョの奇妙な冒険」の映画に対する前田有一氏の批評記事です。「言われているほどひどくはないし見られるところも多い」というのが大まかな内容ですが、個人的に気になったのは末尾近くの以下の箇所です。

「私は週刊少年ジャンプ連載中のジョジョをリアルタイムで第一部から読んでいた、年季の入ったジョジョ読者であるが、ファンには申し訳ないのだが第四部についてそれほど高く評価はしていない。

 あの当時毎週読んでいた人なら同意してくれると思うが、ジョナサンの物語から始まるDIOとの因縁に決着がつく第三部の最終盤の展開のハイテンションたるや、本当にすさまじいものがあったのである。

 それはまさにページをめくる手が震えるような緊張感と衝撃の連続で、とくにヴァニラ・アイス戦以降はもう毎日ジョジョのことしか考えられない、そんな状況であった。

 だからあの、パーフェクトなエンディングのあとにやってきた第四部のテンションの低さには、たとえ吉良戦にいたっても没頭するまでには至らなかったのである。」

 この前田氏の言葉には私も深く同感します。私もちょうど第三部の終盤からジョジョを読み始め、そのまま第四部もリアルタイムで雑誌にて読み続けた世代ですが、第四部を読んでいたころは第三部と比べるとスケールダウンした話という印象を強く持っていました。そう思うほど、恐らく現在でも最も人気が高いであろう第三部のインパクトが強かったのです。

 当時の記憶を遡ると、最後の最後までその姿が影に包まれ現わされなかったラスボスのディオの迫力は凄まじく、またそのディオ戦直前におけるヴァニラ・アイス戦の激しい攻防と打倒される仲間達の姿には子供心に打ち震えるような感動がありました。
 そしてようやくベールが剥がされその姿を見せたディオですが、その圧倒的強さから、「どうやってこんなの勝てるの?」と当時真面目に思いました。案の定というか次々と仲間が倒され、主人公の丈太郎も同じ「時を止める」能力を身につけ抵抗を見せるものの全く歯が立たず、万事休すと誰もが思ったその瞬間にあの「俺が止めた」のセリフに始まる逆転劇は前田氏だけでなく自分も指が震えました。

 そんな激戦を見せられた後、日常、それもエジプトでなく日本の街中を舞台にした第四部はスケールといい戦闘といい、なんていうか物凄い物足りなさを感じました。唯一面白いと思ったのは漫画家の岸部露伴が出てくるところで、現在では当たり前ですが当時としては漫画の中に漫画家のキャラクターが出てくるのが珍しかったのもあって岸部露伴が出てきた辺りから少しは見直すようになりました。
 とはいえ第四部の連載中、ひいては第五部の連載中にあっても私の中では第三部が「至高にして究極のジョジョ」であり続けました。そして現在、第八部まで続くジョジョのエピソードでランクをつけるとしたらトップは第七部になりましたが、第二位はなんと第四部が来るようになっています。

 連載当時でこそ第三部と比較して物足りなさを感じた第四部でしたが、年月が経ち改めて読み直すとオムニバス形式の話が続く中で徐々に「おかしくなっていく日常の真相」が見えていく展開と、岸部露伴に限らずラスボスの吉良吉影をはじめとする各キャラクターがものすごい魅力を持つことに気が付くようになり、最高評価でこそ「ありがとう、ジャイロ」から続く怒涛のラストバトルが展開する第七部となりますが、それを除くとしたらこの第四部が私は一番好きで、特にラストシーン近くのある別れのシーンを見るたびにリアルで泣き出し、今こうして書いている最中も涙腺が緩んできます。
 こういう風に思うだに、自分の加齢によって見方が変わったのかと思うのと、年月を経てから価値が見えてくる作品なのだなとこの第四部については思います。特に吉良吉影の、「植物の心のように穏やかな生活を送りたい」という願望が年とともに深く胸に突き刺さるようになってきました。そう思うと作者の荒木氏は、あの激しい展開の第三部の後によくもこの第四部を描いたものだと改めて驚嘆します。

 最後、蛇足かもしれませんが最近「読者、視聴者が思い通りの展開でないと批判される」というクリエーター側の愚痴が波紋を広げていますが、私に言わせればこれは甘えに過ぎません。どんな展開が評価されるのか一言でいえば、「予想を超えた展開」こそが最も評価されるのであって、ある程度先が読まれる展開になってる時点でそれはもう駄作です。
 そういう意味でジョジョの展開はまさしく読者の予想を遥かに超えた、先が見えない展開が非常に多く、だからこそこの作品評価されているのだと思います。

平家側に与した源氏武将

何故保存したのかわからない画像第三段

 先日の記事で明智光秀が裏切った理由を三つ上げられないようでは歴女として認めないと私は書きましたが、もし仮に「げんさんみにゅうどう」と私が言ったら即、「頼政!」と言える人であればその実力を認めざるを得ません。といってもそんな人、男女問わず見たことないけど。

源頼政(Wikipedia)

 先の「げんさんみにゅうどう」とは漢字で書くと「源三位入道」となり、この言葉が指す人物とは上記の源頼政です。何故このような異名が付いたのかというと、「源氏で従三位の官位に就いたおじいちゃん」だったからです。この人がどんな人物だったかというと、源氏で唯一平家側に就いたとされる人物です。正確には多分違うでしょうが。

 源氏と平家と言ったら和田アキ子と小林幸子並みに因縁の相手同士であることは日本の常識で、中国でいえば「呉越同舟」の呉と越並に仲の悪い同士に取られがちです。しかし源氏も平家も実際は分家がたくさんあり、中には相手方に協力した武将も少なくないのですが、この源頼政はその中でも際立った存在であり平家側で活躍した源氏の第一人者であることには間違いありません。
 一般に源氏と呼ばれるのは頼朝、義経の家系に当たる「河内源氏」です。これに対し頼政は「摂津源氏」の家系で、この家系には「平安朝のゴーストバスター」であり土蜘蛛や酒呑童子とも戦ったとされる源頼光も含まれていて、恐らくそうした縁からか後年の講談では頼政も鵺退治を行ったという逸話が作られています。

 この摂津源氏というか頼光についてですが、鬼退治のエピソードもあるからさぞや武辺者だろうとみられているものの、実際には武家でありながら摂関家をはじめとする貴族らにべったりとくっつき、特に藤原道長については腰巾着も同然だったようです。ただその甲斐あって武家でありながら貴族高家とも交流のある一族で、そうした背景もあって頼政も天皇家との結びつきも強く、その延長から源氏ではなく平家、言い換えれば平清盛についたところもあるでしょう。

 頼政が歴史の表舞台に出てくるのは言うまでもなく保元・平治の乱で、天皇家や摂関家の主導権争いの中でどちらも勝者の側につき、特に後ろの平治の乱では頼朝の父である源義朝にではなく平清盛につき、戦後処理でも高く評価されたことからも相当活躍したものとみられます。
 平治の乱を経て平家が我が世の春を謳歌した時代も頼政は重用され続け、実質この時代においては源氏の中で最大の出世頭であったことから源氏長者にあったと言ってもいいかもしれません。官位も武家としては異例の従三位まで上り詰め、任命時は「ありえへん」などと当時の帰属の日記にまで書かれています。

 そんな頼政ですが、彼を有名たらしめているのは間違いなく平家物語の活躍でしょう。というのも頼政は従三位に昇進させるほど重用した清盛を裏切り、所謂「以仁王の反乱」に与して平家打倒の最初の反乱を起こした人物でもあります。

 平家政権で唯一と言っていいほど源氏で重用された頼政が何故裏切ったのか。理由について平家物語では清盛の馬鹿息子と言われ放題な平宗盛が頼政の息子に対し嫌がらせをした上に激しく罵倒したため、既に70を超える老齢でありながら息子の恥を雪がんと以仁王に対して積極的に働きかけ、反乱を起こしたと書かれてあります。
 ただこの理由は平家物語の創作と言われ、史実としてはやや疑問視されています。かといってほかに明確な反乱理由が記録されているわけではなく、明智光秀同様に裏切りの理由がはっきりしません。

 私の推測を述べるとすれば、頼政は源氏や武士以前に天皇家など貴族社会との結びつきが強く、清盛が孫の安徳天皇を即位させたことに対し、鳥羽天皇以来の直系こそが皇位を継ぐべきだと思い反感を覚えたことから、その系譜に当たる以仁王と手を組んだのではないかと思います。こうした「鳥羽直系」を主張する人物は当時の逸話を見ていると結構多かったように見えるし。

 ただこうして起こされた頼政の反乱ですが、実際に事を起こす前に清盛側に以仁王の謀議が感知され、当初は頼政もこの謀議に加わっているとは思われていなかったことから以仁王討伐隊に指名されます。この清盛からの命令に対し頼政は自邸を焼いた上で一族郎党を率いて以仁王と合流し、明確に反旗を翻します。
 しかしこの時期は腐っても平家、というよりまだ清盛が存命していたこともあり、改めて差し向けられた平家の軍勢に頼政軍は敗退し、頼政自身も御年77歳で戦場に立ちながらも息子らが次々と打たれ、本人も最終的に敗死してしまいます。しかしこの反乱を受けて各地で頼朝を含め平家打倒の兵が次々と立ち、中国でいえば「陳勝・呉広の乱」みたいな意味合いでその歴史的価値は非常に高いと言えるでしょう。

 といったのが頼政の一連の流れですが、平家物語を読んでいれば最初のげんさんみにゅうどうとは誰かと聞けばほぼわかるはずなので、あの質問で平家物語を扱った経験も一緒に確認できるというわけです。まぁ言うほど、私も古典はそんな強くはないのですがね。

2017年8月7日月曜日

経営者の質こそ日本の課題?

何故保存したのかよくわからない画像第二段

 知り合いに自家用車を決める際に何が決め手になるかと聞いたら、「ディーラ店員のイケメン度(母ちゃん基準)」と言われ、「そうか、そんな選び方もあったんだ」と妙に感心しました。

 話は本題に入りますが以前に「正常な判断の利かない経営者」という記事を私は書きましたが、そこそこアクセスが伸びているのと、書き終えてから私もやはりこの問題は根深いと思うようになり、そもそも日本経済の一番の癌は雇用慣行や過重労働とか以前にこれに尽きるんじゃないかなと最近思えてきました。言い換えれば経営者の質を高めれば日本経済は復興するかもという期待です。

 このように思う根拠としてはこのところの大企業の業績低迷はその大半が明らかに経営者の判断ミスにあり、もし経営者がまともであればそもそも何も問題がなかったと言えるものばかりだからです。それともう一つ大きいこととして、かねてから私の持論ですが「日本人は外国人に支配(マネジメント)された方が効率いい」というものがあり、実例としては自動車の日産……と言いたいところですが自動車での一番の成功例は実はマツダで、フォードから社長が来ていた時は最悪期から見事に脱しています。
 ついでに言えば今のシャープもある意味そうで、戦時中もそうですが一般兵は優秀ながらも弛緩が無能すぎるせいで米軍からも、「日本の将官こそ最大の味方だ」と言われたのもあながち間違いではありません。悲しい加奈子の現況は未だに続いており、企業経営者の質でいえば断言してもいいですが欧米はもとより中国や韓国にすら日本は劣っています。

 じゃあどうすればいいかですが、プロ経営者と呼べるのは意外と昭和期には多かったものの現代だと稲森和夫氏くらいしかビッグネームだとおらず、あと批判は多いものの個人的に私は評価している原田泳幸氏くらいです。そうした狭い選択肢の中から選ぶくらいならこの際外国から優秀な経営者を引っ張ってきた方がいいとすら思えるのですが、大手はともかく中小企業でそんなことはできないものの、実態としては中小企業ほど働かない年寄りが一番給与が高かったり、何故か頑張っている社員が陰口叩かれたりするほどマネジメントがおかしくこの方面の改革が必要だったりします。
 となればどうするかですが、第一にやることは見える化で、経営判断力の指標というか評価をもっと世間一般で議論すべきで、まともな人間とトチ狂った人間を比較し合うことです。日本だとどんな会社がブラックかそうでないかで議論することが多いですが、会社名ではなく経営者の名前でもっと議論すべきで、そうした情報をもっと共有するべきでしょう。

 その次に経営者の質を高める努力を国を挙げてやるべきで、優秀な経営者の表彰はもとより、頭のおかしい経営者というか違反例のある会社ではなく違反を行った経営者の名前を堂々と公開し、社会から排除するかにもっと力を入れるべきです。
 繰り返しになりますが会社名ではなく経営者の名前でもっと社会は判断するべきで、それこそ必要であれば社員がダメな経営者を排除できるような制度なり慣例を設けることも必要だと思います。日本人従業員が果たして本当に優秀かどうかは私にはわかりませんが、日本人経営者は平均的に無能であることは確実だと思うので、この辺にしっかりとメスを入れることが何よりも重要となってくでしょう。

2017年8月5日土曜日

特養によって介護市場は歪む?


 自分が何故保存してしまったのか理解に苦しむ画像第一弾。こうしてみると結構モデルチェンジしてるんだなこの人。

実質賃金、3カ月ぶり減少=6月の毎月勤労統計(ロイター)
『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』:書評と考察(富士通総研)

 昨日出た上の記事について後追いしようと下のリンク先を見せましたが、書いてる人は結構なお年なのに割とポップな文章書いてて読みやすかったです。本題とはずれますが、前の記事でも書いたように有効求人倍率が向上してるし景気は良くなってるなどと主張して私の記事を批判した連中は、この賃金動向を頭に入れてるのかとガチで疑問です。真面目にこのトピックこそが今一番議論すべき内容で、将来的に「雇用のミスマッチ」で糊塗されるでしょうが、現実の問題点はそこにはありません。敢えてぼかした言い方するなら、透明人間の問題でしょう。

 ここでようやく話は本題ですが、下の富士通総研の記事の中で労働集約型産業として介護業界が挙げられ、社会的需要も高く成長の期待できる業界でありながらも賃金は伸び悩んでいる元所を指摘し、労働生産性の向上が求められてるようなことが書かれてあります。
 書いてある内容はまさにその通りで至極まっとうな意見なのですが、ふとこの記述を見て、「そもそも介護市場がおかしな状態になっているのは、特養が根本的原因では?」と、思った瞬間とんでもないことを考えると冷や汗かきました。自分が何を考えたのか想像つく人はこれより先を読む必要はありません。

 説明するまでもなく日本の介護市場はいわゆる二極化が問題で、高級老人ホームと費用の安い公的な特別養護老人ホーム(特養)に需要が集中し、一番ボリュームゾーンがあるミドルクラスの市営老人ホームが伸び悩むという状態が長年続いています。逆に特養に関しては応募が集中しすぎて、入所できる空きを待つ時間が昇天してしまうくらいに長いなどと笑えない事態にも陥っているのですが、何故それほど応募が集中するのかというと単純に費用が安いからで、私営老人ホームに入れるほど余裕のない家庭も多いことから最後の一手とばかりに頼られているわけです。
 でもって何故特養の費用が安いかって、言うまでもなく公的施設であることから税金が投入されているからです。

 私が何を言いたいのかというと、特養の存在自体が介護市場を歪ませているからこの市場がおかしくなっている、といったところです。普通に考えて特養の料金体系は明らかに市場適正価格を逸脱したもので、また入所希望者が殺到するなど社会の需要を吸収しすぎている点も指摘できます。仮に特養が存在せず私営老人ホームしかなかったら、まぁどうなるかっていうところですが普通に彼らとしては助かるでしょうし、場合によっては事業拡大に乗り出すかもしれません。
 もしかしたらこの見方は介護業界従事者の間では当たり前かも知れませんが、自分は今回初めて気が付きました。市場という観点から特養を見るとその存在は歪以外の何物でもなく、こうした施設が存在していればそりゃ普通の経営者はやっていくにも障害が多いでしょう。となるとどうすればいいのかですが、単純に是正するためには道は二つあり、特養をすべてぶっ潰すか、私営老人ホームにも特養並の税金を投入するか、ここに行きつくのではないでしょうか。もちろんどっちもできるわけありませんが。

 何もこの問題に限るわけじゃないですが、最近の日本人の経済分野の意見や議論を見ていると、こうした市場単位でみる視点というのが不気味なくらいかけているような気がしてなりません。そもそも統計データなんてほとんど見ないし言わないし取り上げないし、景気がいいか悪いかを含めた経済分析をすべて個人消費だけに着目して語ろうとするように見え、なんていうか金の流れを排水口しかみていないように私には見えます。
 冒頭の求人倍率と賃金の関係性についても言及する人が少ないのではと思っていましたが、調べてみたら富士通総研を始めいくつかのシンクタンクや、富士通総研が引用した慶応大教授の本などまだこちらについては見ている人がいて少しホッとしました。

2017年8月3日木曜日

安倍内閣改造について

 今思うと7月は普通に毎日最低気温が30度、最高気温が40度超す日が連日続いていたので自律神経がやられたのかブログ書くのも非常に辛かったです。今週に入ってようやく最低気温が30度切るようになって体力的にも余裕が出てきたのですが、そしたら今度は普段の仕事の負担が大きくなり、っていうか短納期の仕事多すぎです。
 昔にも主張していますが、メーカーを中心に日本が全体でもう少し納期スケジュールに余裕を持てば、経済効率は下がるどころか上がると真面目に思います。ちなみに以前、電機大手(かつて)に勤めていた友人が「日本を支えているのは僕らメーカーだ」と言ったのに対し、「お前らが下請けいじめまくっているから日本の総幸福度は下がってるんだよ!」とマジ切れしたことがあります。

 さて本題ですがまだ完全に体力が戻ってないので余計な前置きは差っ引き、今回の改造安倍内閣について思ったことをつらつら述べると、なんで日本のメディアはこうした視点が持てないのかが気になりました。結論から言えば今更改造したところで支持率なんて上がるわけじゃないのだし、だったら初めから改造なんてせず、稲田元防衛相だけ更迭して一人誰かを入閣させればよかったように思え、私の見方としては人事内容以前、ここで改造を行ったこと自体が失敗だとか見ています。
 仮に内閣改造を行わなければ岸田氏を閣内に留められてその動きを牽制できた上、内閣改造を今行わないことで将来の切り札としてまだ使えたように思えます。恐らく今回の改造が次期総裁選までの間で最後の改造になると思え、ちょっとカード切るの早過ぎるんじゃないかという気がします。

 その上でもしどうしても改造がやりたかったというのなら、やはり人事構成をもっと考えるべきでしょう。本人は今回の内閣を「仕事人内閣」と称していますが仕事人とは程遠い野田聖子を入れておきながら何をか言わんやです。でもってなぜ野田聖子を入れたのかというと、ほかに女性閣僚に使えそうな人間が誰もおらず、女性を入れて女性票を狙うという腹積もりだと思いますがむしろ減るだろこの人だと。
 またほかでも指摘されている通りにロートルが多いのとあまり積極的に政策提言せず目立たない議員の入閣が多いように思え、サプライズがないにしてもなさすぎる陣容です。これでは支持率が上がるどころか追い詰められてカードを切ったようにしか見えないことから、多分次回の世論調査ではさらに支持率が低下すると予想します。というのも、受け皿が徐々に準備進めてきてるし。

 もし本気で改造で支持率回復を狙うのだったら、やはりある程度サプライズを入れるというか注目されている人の人事を動かすべきだったでしょう。具体的には小泉進次郎氏で、今回筆頭副幹事長にはなっていますが、筆頭なのに何故か二人いるあたり安倍首相はなめているでしょう。どうせやるなら、依然と比べ権力も落ちた役職なのだしここで幹事長に持ってくるべきだったと私は思います。
 同じく幹事長候補としては頭を下げてでも石破氏に来てもらうべきだったと思います。確執から内閣入りは難しくとも党役職であればまだ目はありそうだし、一番理想はまた防衛大臣やってもらうことでしたが、何かしら石破氏との友好アピールすることが大きなサプライズになったし次の総裁を狙う石破氏にも悪くない話だったんじゃないかなぁという気がします。

 最後に本気で安倍首相が支持率回復を狙うのであれば、今一番いい手段は次期総裁選の不出馬を宣言することだと私には思います。いうなれば総理職からの引退時期を区切ることであり、これを宣言されれば最後の花道というか同情票も沸くし、党内も次期総裁選を考慮して成果を出すため安倍政権への協力を引き出すこともできたのではないかと思います。まぁ本人は三選を狙っているから無理でしょうが、その三選を狙うという行為は私の目から見て、かなり国民の反感を買っているのではと思えてならないのですが、本人はそういうのに気が付いているのか否やというのが今回の感想です。

 っていうかやはり政治記事を書くのは早いです。これ書くの10分くらいで終わりました。

2017年8月2日水曜日

書評「『鬼畜』の家―わが子を殺す親たち―」

 前回に「アホガール」を取り上げて書いておきながら今日はこの内容を書く当たり、いつもながらその記事のまとまりのなさに自分で驚きます。記事ジャンルのまとまりのなさでいえばこのブログは日本一かもしれません。

 さて本題ですが、恐らく「でっちあげ」、「モンスターマザー」などノンフィクション系の本を買いあさっていたことからおすすめに表示されたのだと思いますが、あらすじを読んで興味を持ったことからこの「鬼畜の家」を読むこととしました。内容を簡単に説明すると、実際に幼児を虐待死させた三組の親たちについて、その事件詳細と関係者らに対し取材した内容となっています。正直、書評を書くべきかどうか少し悩んだというか、非常に書きづらい内容です。

 この本の中で紹介されている三件の虐待事例を書き出すと以下の通りです。

1、幼児を室内にテープで目張りするなど監禁し餓死させ、7年間にわたり死体を放置した父親
2、生まれたばかりの赤ん坊を出産直後に殺害し、死体を隠蔽というのを2回やった母親
3、うさぎ用ケージの中に幼児を監禁し、衰弱死した子供を山に埋めた父親と母親

 どれも本当にあったのかと疑いたくなる内容で事件発覚当時はメディアでも大きく報じられていたそうですが、自分にしては珍しくどの事件も記憶にありませんでした。それだけ幼児虐待死の事件が世の中に溢れているというか、今日も一件報じられていましたけど印象に残らないほど日常的なものになってきているのかもしれません。

 さて通常の虐待死関連報道では如何に両親がひどい人間で子供達がかわいそうだったかを軸に報じられることが多いのですが、この「鬼畜の家」ではいい意味で視点がやや異なっているというか、偏見なく事件や虐待をした親を平等に見ており、取材して得た事実を淡々と書き綴っています。その上で作者の石井光太氏は、どの事件の親も子供のことを真剣にかわいがっていた、そして異常なまでに幼稚だったという点が強調されています。
 虐待事件というと私もそうでしたが、ややもすると虐待を行った親たちは残虐な性格で、それこそ子供のことを児童手当の金づるみたいにしか考えていない奴らだと思いがちですが、石井氏はそうした点について児童手当はすべて特定人物に巻き上げられていたことなどを根拠に否定し、信じ難いことだが彼らなりに子供を愛そうとしていたということを何度も書いています。では何故かわいがっていた子供を自ら虐待死に至らしめたのかというと、それはひとえに彼らが幼稚な性格だったということが何よりも原因だとして、そのような幼稚な性格に至った背景についても、具体的には親たちの幼児期の家庭環境などを挙げつつ説明しています。

 仮に作者が取材した内容が本当に事実だとすれば、私はこうした石井氏の主張を信じます。それだけこの本で取り上げられている取材内容は説得力があり、また石井氏の丹念な取材努力には頭が下がるというか、読んでいて「よくこんな所に取材に行ったな」と思うような描写も書かれてあります。その丹念に行われた取材では虐待を行った親たちの幼少期も辿っており、案の定というか彼らは明らかに一般的な家庭で育ってはおらず、その親たちから常識では考えられない仕打ちを受けながら育ってきたことが書かれてあり、いわゆる虐待を受けた子が長じて虐待をする負の連鎖が存在していることを指摘しています。
 個人的に印象に残ったのは、彼ら虐待を行った親たちは確かに幼少期不幸な家庭環境にはあるものの、普通科の高校を卒業したり、勤務先では真面目でA評定を受けたりなどと、知能的には一般レベルにあると書かれてあったことです。特に勤務態度に関しては1番目、2番目の例などはきわめて真面目で職場での評価も高かったことはもとより、2番目の親に至っては秘密裏に出産、殺害をした前日と翌日も朝から晩までファミレスなどのバイトに出勤しているなど、どうしてこんな人がこんなことをと読んでて目を疑いました。

 ただ、既に上にも書いている通り知能的にはまともで且つ勤務態度は真面目でありながら、三例とも虐待を行った親は共通して性格が幼稚で、目の前の状況をただ受け入れるだけで現状を変えようとする努力をほとんど見せないどころか、やることなすこと小学生みたいに場当たり的な行動を取ってしまうほど幼稚であることが書かれてあります。一時期アダルトチルドレンという言葉がありましたが字面から判断すればまさにその典型と思うような人ばかりで、言い方は悪いですが何故こんな幼稚な人たちが知的障碍者とはならないのかとすら私は覚えました。
 それだけにというか、私はこの本を読んでいろいろと分からなくなってしまいました。かつて私はこのブログで虐待対策としては子殺しの親にはもっと厳罰を科すべきだと主張したものの、今現在に至ってはそれは何の解決にも至らないのでないのかという疑念が強くなっています。言い方を変えると、何が間違っていてこのような虐待死事件が起きたのかがわからず、恐らくこの本で紹介されている親たちは「彼らなり」に子供を愛していたと信じ切っており、罪の意識が全くないように思えるからです。そんな人間に厳罰を科したところで反省など起きると思えず、現在進行で虐待を行っている親の抑止力になるとも思えなくなったわけです。
 個人的な推量ですが、恐らく虐待を行って懲役を受けた親が、出所後に再び子供を作って虐待をするという事件が今後起きると思うし、すでに起きているとすら思えます。何故なら子供を愛しているし、虐待について何の呵責もないからです。

 結構だらだらと書いてまとまりがない文章で申し訳ないのですが、この本を読んだ感想として私が伝えたいこととしては、虐待への対策とは一体何なのかがこの本を読むと本当に見えなくなるということです。行政の介入とか引き離しとか事後対策手段はまだ確かに存在するものの、事前対策としての虐待を行わないようにする教育なんてのはハナから無理があるのではと、正直思います。それだけに、虐待をしてしまう人が親になってしまったらもうどうにもならないように思えてしまうわけです。

 通常、書評記事にはAmazonの広告を貼ってますが、この本に関しては読後はほぼ確実にストレスを受けるので今回はありません。自分も読了後は軽い倦怠感を覚えたほどで、その内容の価値の高さ、面白さについては太鼓判を押しますが、真面目に生半可な気持ちでは読むべきではない本なので手に取ろうとする方はその辺をよく考えた上でお取りください。

2017年7月31日月曜日

アホは明るくなきゃダメ

アホガール 1巻(ebook japan)

 試し読みができると友人に教えてもらって上のアドレスの「アホガール」1巻を読みましたが、なかなか楽しめました。内容は文字通り自慢気に「私は掛け算もできないぞ」というアホな高校生の女の子を中心としたドタバタギャグですが、アホの子以外はみんな常識持ったまともな人間で構成されるためメリハリが聞いてて面白いです。
 あとこの漫画を見て思ったこととしては、やっぱアホの子は明るくなきゃダメだということです。どんだけ周りから馬鹿にされても明るささえ失わなければ不思議とかわいく見えてくるので、学力がおっつかないと思ったらとにかくいつどこでも明るく振舞えるようになるよう心掛けるもの手でしょう。

 と、ありきたりなことを書いた上で真面目な話に移ると、アホの子でかわいいと思えるのはある意味女性だけの特権かもしれません。というよりはっきり現実を言えばアホな女の子の方が確実に持てますし、男からはそういう子が求められています。
 有名なのは慶応大の女子学生と、慶応女子の女子学生の比較です。言うまでもなく後者の方がランクは上とされ、私の通ってた大学も女子大が付属していましたが、やはり女子大の方がランクは上でした。理由ははっきりしており、男からしたら自分より学力や偏差値で上回る女の子とは付き合いたくないという感情が少なからずあり、やはりこの方面で一段低い子の方がモテてしまうわけです。

 これが逆ならどうかというか男ならどうか。言うまでもなくアホな男子はモテません。アホなヤンキー男子は思ったことをすぐ口に言う癖があるので逆にモテると聞きますが、出身大学でいえば学力順にランクが組まれ、特に医学部の男子なんか半端ない人気になります。こうなるのはもちろん、女性がそういう風に求めるためというか需要と供給バランスです。
 なので冒頭のアホガールも、アホボーイというタイトルと内容なら全く受けなかったでしょう。そしてそれは世論が反映したものです。っていうかそう考えるとなんか世知辛い気がする。

 なお最近同僚相手に、「歴女って言葉が最近あるけど、男の歴史オタがモテるって話は聞きませんよね」ということをこの前つぶやきました。普通共通の趣味があれば惹かれ合うことは数々の論文で指摘、証明されていますが、歴女と歴史オタが結ばれたなんて話はついぞ一度たりとも聞いたことがありません。
 なんて書きながら思いますが、私が今まで見てきた女性の中で自分が舌を巻くほど歴史の知識や興味が強い人間は一人たりともいません。うちの親父とその従弟(奈良在住)も、奈良県内各所の史跡を回りながら、「嫁さん連れてきても全くこの良さを理解しない」といい、「これだから九州の女は……」と愚痴ってました。まぁ関西女も同じだと思いますが。

 私の実感で述べれば、歴史への興味は相対的に男性が女性を大きく上回る傾向がある気がします。その上で言えば、歴女と名乗る女性は多分水準的にはそれほど高くはないでしょう。先ほどはアホの女の子はモテると言いましたがこと歴史に関しては歴女と名乗るくらいなら相応の知識を私としては持ってもらいたいもので、最低でも本能寺の変における明智光秀の動機候補を3つは挙げてもらわないと私は認めません。ちなみに先ほどの同僚の前で私は即興で8つくらい挙げました。

2017年7月30日日曜日

稲田騒動総括

 書こうか書くまいか少し悩みましたが、メディアがきちんと追及していないようにも感じるため私が感じた稲田元防衛相問題について書いてきます。

 結論から言えば、大臣以前に議員、っていうよりまともな社会人としてもやばい人だったのだなというのが私の見方です。安倍首相に気に入られるようになった靖国神社をやたら持ち上げる発言や、問題となった防衛相を私物化するような発言といい、恐らくこの人はあまり言葉の意味を考えずに口にしてしまう人で、靖国神社を持ち上げるような発言についてもただそれが「ウケがいい」から言っているだけで、実際はその意味や背景についてあまり考えていないのではとすら疑っています。

 続いて日報問題について、先日発表された外部調査報告書によると稲田元防衛相が隠蔽を指示したかどうかについてはわからないとしながらも、防衛省幹部から日報が存在する事が報告されていたという点については「ほぼ間違いない」とされており、稲田元防衛相もこの点についてははっきりと否定しなかったので事実でしょう。これが何を意味するかというと、国会で日報に関する報告は受けていないとした発言は紛れもない虚偽答弁だったことを示しています。
 それ以前にこの人、森友学園問題においても籠池前理事長と会ったことがないと言っておきながら記録が出てくるやあっさり発言をひっくり返すなど、ばれるとわかってる嘘を平気でつくようなところがあります。この一件があったからこそ私は初めから稲田元防衛相の発言は真実性が低いと思ってあまり信じていませんでしたが、日報報告についてこうやって虚偽答弁であることがはっきりと示されておきながら未だ国民に謝罪をせず、「党がこういう時に申し訳ない」などと言い出して一体どっち向いて仕事してるんだと、はっきり言えば殴りたくなりました。誰も言わないから私が言いますが、私は正直この人には早く死んでもらいたいとすら思いますし、死んだところで誰も損しないしむしろ余計な混乱招く人一人減って世の中は少し平和になると思います。

「陸自が情報リーク」の見方 「これではクーデターだ!」 日報問題で文民統制に深刻な懸念(産経新聞)

 日報問題に絡んで上記のような報道も出ていますが、確かに今回の「報告書は実は確認されていた」、「大臣に報告もしていた」といった情報は陸自、それも制服組あたりからリークされたものだと状況的に考えられます。これについて政権寄りの産経新聞は軍が自分らに不都合な大臣をリークによって追い出した、文民統制の危機だなどと書いているわけなのですが、産経は稲田元防衛相にそのまま留任していて欲しかったのでしょうか。だとすれば私は正気を疑います。
 またこのリークについても、仮に内容が事実と異なっていなり本来秘密を守るべきものが世に出たのであれば私も眉をしかめますが、今回出てきた情報、特に戦闘行為が周辺で発生したとする日報は本来公開されるべき情報だと思います。それが何故公開されなかったのかと言えば、はっきり言えば、「隠蔽を指示した」とする証拠はないもののわざわざ虚偽答弁をしてまでその存在を隠そうとした防衛大臣がいたからで、いわば政権側によって秘匿されたと私は考えています。

 一昨年、安保関連法案が通過して軍事機密などの情報の秘匿を行うに当たり安倍首相は「必要な情報は必ず公開する」としていましたが、現実にはそれが今回守られていなかったとこれまた私は考えます。あの安保関連法の情報秘匿は「必要最低限」である前提だからこそ認められたものでありその前提が破られたというのであれば私はやはり問題だと思いますし、法律を残そうというのなら今回本来不必要な秘匿を行った人間は最低でも処分されなければならないはずだと思います。
 その上で述べると、今回の事件は陸自側がリークしたとは思われるもののリークされた情報は本来国民に広く公開されるべき情報であり、それを隠した政権側にこそ私は問題があると思います。産経は防衛省からリークされた事実一つ取って「文民統制の危機」と書いていますが構造は逆で、公開すべき情報を隠した政権に対し防衛相が公開へ持っていくよう仕向けたというのが今回の事件であり、糾弾すべきはどっちだということじゃないでしょうか。私はもちろん、情報を暴露することがある意味仕事なのでつくべき立場は暴露側に決まっていますが。

 またそのリークによって大臣職を追われたとされる稲田防衛相ですが、別にリークがなくともこの人に未来がないのは防衛相を私物化する発言の時に決まっており、またこのリークで追われたというのもある意味自業自得です。虚偽の扇動に載せられたのではなく、嘘ついていたのがばれてこうなったというのに何を産経はとぼけたこと抜かしているのか。今回の場合、暴走していたのは軍人ではなく文民側で、産経は尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件で映像をリークした海上保安官を擁護してたというのに相手を見て言い方を変えています。

 それにしてもというか安倍首相の人を見る目の無さは毎度ながら呆れるレベルです。この際だから人事にはもう一切かかわらない方がこの人のためになるとすら思いますが、なんとなく昔「KY」と呼ばれていたころに戻りつつあるようにも見えるので、多分今年の秋には「改憲を行う」と主張して国民から大反発を買うこととなるでしょう。
 私自身は改憲には賛成ですが、上記の通り公開すべき情報を握り潰した安倍政権には改憲は任せられないように思うため、仮に安倍首相が主張したら反対側に回るつもりです。

2017年7月29日土曜日

続・ 地下鉄サリン事件、医療現場での奮闘と奇跡

 先月当たりのブログ記事で村上春樹氏の「アンダーグラウンド」という本を読んでいると書きました。この本は1995年の地下鉄サリン事件で直接被害に遭った、というより事件のあった地下鉄駅ないし車両に居合わせた人々へのインタビュー集で、事件のおおよそ1年半くらい経過した時期に取材が行われています。
 私がこの本を手に取るのはこれが初めてでしたがまさに私が求めていた、「オウム事件」ではなく「地下鉄サリン事件」の被害者の直接証言が集められており、また前後関係や他の証言者の話などから、恐らくは事実とは異なっている内容の証言についても証言者が話した通りにそのまま掲載されており、余計な修正等はされておらず非常に行き届いた配慮がなされています。なおこうした、「証言をそのまま載せる」というのは社会学においても重要視されており、村上氏のこうした取材の仕方にはため息が出るほど感心させられました。

 仮に今現在、同じ証言者に当時の内容について聞いたとしても、この本に書かれている内容通りの証言はまず得られないでしょう。内容が断片的になるくらいならまだマシで、人によっては証言内容がそっくりひっくり変わってしまっているということすらあり得ます。具体的には、症状の程度について「自分は大した影響を受けなかった」という証言が、「物凄い影響を受けて後遺症も出てきた」などという感じに変わる可能性があり、私自身も周囲を見ていて感じますが、時間経過に伴う記憶の最適化こと都合のいい解釈へと切り替わっていくのは現実です。
 それだけにこの「アンダーグラウンド」は唯一無二と言っていいくらいの貴重な資料で、サリン事件からもう20年超も経過した今だからこそ読まれるべき内容であると太鼓判を押します。

 ここで話を変わりますが、「地下鉄サリン事件、医療現場での奮闘と奇跡」という記事をこのブログで2010年(7年前か……)に書いています。私自身も魂を込めてというか気合入れて書いた記事でありましたが、毎年3月のサリン事件の時期にもなると検索されるためかアクセスが急上昇する傾向があり、年月を問わず長く読まれる記事をうまく作れた気がします。この記事はサリン事件当時の医療現場について書き、その中では先日逝去された日野原重明氏の陣頭指揮とともに、信州大学医学部の柳沢信夫教授の咄嗟の機転を紹介しました。その機転というのも、テレビニュースで事件が報道されるのを見るやすぐさま原因はサリン散布だと見抜いた上で、東京の各病院へサリン中毒者への治療法、対応をFAXで送信したというものです。

 その柳沢信夫氏について、実は「アンダーグラウンド」の中でも取材が行われており、恐らく上記エピソードが流布される出典はこれではないかと思います。その取材内容によると事件当時(1995年3月20日)、柳沢氏は知り合いの記者から「東京でサリン被害者のような症状の人間が出ている」という連絡を受けたのが第一報で、その後みたテレビニュースである被害者が、「鏡を見たら瞳が小さくなっている(縮瞳)」という内容を口にしたのを見て、原因はサリンだと断定したそうです。
 柳沢氏は前年の松本サリン事件で被害者を診ていたことからすぐに気が付いたのですが、この時のことについて、「もし違う日であれば対応はできなかった」と話していました。というのもその日は所属する信州大学の卒業式で、普段であれば診察作業のためテレビなんて見ている余裕はなく、偶然卒業式があったからこそ事件に気付き対応できたそうです。

 また偶然は重なるというか、ちょうどこの時に松本サリン事件対応の報告書を作成したばかりでそのゲラも自分の机の上にあったため、職員らにそれをFAXさせたそうです。偶然に偶然は重なるというかまさに不幸中の幸いともいえる背景があったからこそ、上記の柳沢氏の行動が実現したと言えるでしょう。なお柳沢氏によると、松本サリン事件で死亡した7人の中には信州大学医学の学生が一人含まれ、もし生きていればこの日に卒業式を迎えていたことから柳沢氏も事件への思い入れは強かったそうです。
 ちなみにこの時のFAXは各病院へ直接FAXしているものの、消防庁にはしなかったそうです。一応は試してみたものの電話自体がつながらず、また消防庁から各病院へ一斉に送信されるのが理想であっても実際にはそうはいかないだろうと思っていたことも口にしています。実際、その柳沢氏の予感は的中していました。

 同じく「アンダーグラウンド」では東邦大学医学部付属大森病院救命救急センターに勤務する(当時)斉藤徹氏にも取材がなされています。専門柄、多種多様な急患を相手にする医師なだけあって午前8時ごろの事件に関する最初の報道を見るや、「有毒ガスというにはサリンかシアンかどっちかだ」と即判断したそうです。斉藤氏はサリン被害と同じ有機リン中毒者も、シアン中毒者も過去に治療したことがあり対応をあらかじめ把握しており、また以前に行った松本サリン事件の講義の際に当時の報道などを調べていたこともあって、最初の患者が運び込まれる以前に院内の医師たちに準備を行っておくよう指示していたことが明かされています。

 その後、午前9時ごろに実際に患者が運び込まれてきたところ、ここで少し小さな障害が起こります。直前に現場から「アセトニトリル」が検出されたとの報道をみたことからシアン中毒だとほぼ断定していたものの、実際の患者の症状を見るとサリン中毒としか思えなかったからです。
 これは当時の報道が間違っていたわけではなく、犯人らは散布者が自爆しないよう、サリンの純度を下げるために溶剤を混ぜており、その溶剤にアセトニトリルが入っていたと推測されており、それを裏付けるようにほかの被害者の臓器から大量のアセトニトリルが検出されています。

 話は戻りますがこうした事態に対し斉藤氏は慌てず、シアン中毒の場合は緊急で治療しなければ間に合わないことからまずはシアン中毒向けの治療薬を投与し、症状が改善しなければサリン中毒向け治療薬を投与することを決めました。警視庁は午前11時頃に原因はサリンであると特定して発表しましたが、既にそのころには斉藤氏の現場では被害者はサリン中毒であると断定し、それに対応した治療も行われたと言います。またほぼ同時期に信州大学から対応に関する資料がFAXで送られてきたそうで、この資料の中でも特に「足切りのラインがわかったのがありがたかった」と述べています。

 これはどういうことかというと、症状が出てはいるものの時間経過とともに自然治癒する患者と、入院させてその後の経過を観察する必要がある患者を区別するラインのことで、具体的には筋肉を収縮後、弛緩させる際に分泌される「コリンエステラーゼ」の値がどれだけあるかで判断します。サリン中毒の場合、このコリンエステラーゼが低下するため筋肉が収縮したまま弛緩しなくなり、瞳が収縮したままとなって目が見えなくなるというのが代表的な症状です。
 斉藤氏によると、大量の患者を一人一人細かく診断するのは労力的に不可能であり、また多くの人に構うあたり重症患者へのケアが遅れてしまうという問題が当時起きており、いわゆる「トリアージ」こと患者の分別をする上で柳沢氏の資料が役立ったそうです。

 一方、消防庁からは当日の4時半ごろになってようやくサリン関係の資料が送られてきたそうです。しかし現場ではすでに治療法や対策がすべて固まっており、今更的な資料として終わったそうです。その上で事件途中で送ってこられた資料は柳沢氏のFAXだけで、先ほどの足切りのラインと言い大いに役立ったと証言しています。

 ここから個人的な感想ですが、地下鉄サリン事件の医療現場で一番役に立ったとされる情報が上記の「足切りのライン」だったというのは私にとって意外でした。てっきり治療法や経過観察などの情報化と思っていましたが、こうした大量に患者が出現する現場では如何に現場を回すか、治療の不要な患者を如何に切り落とすかという作業の重要性が垣間見え、サリン事件に限らず災害やテロ現場の治療においても恐らく同様に大事なのだと思えます。だからこそ柳沢氏も、わかっていてこの情報をきちんと盛り込んだのでしょう。
 その上で当時の現場では中央からの指示や支援以上に、現場での判断や対応によって治療が行われていたのだということも見えてきます。はっきり言えばこれはあまりよくないと言える内容で、こうした緊急事態に対し中央がどれだけ適切に動けるか、あれから時間は経過していますが現在はどうなのかという点で気になるところです。現場の努力は賞賛されるべきですが、だからと言ってそれに甘えていくというのは危険この上ないでしょう。

 まとめとなりますが改めて地下鉄サリン事件の医療現場では多大な努力と適した、というより理想的な現場判断がなされており、それによって多くの患者が救われたということが「アンダーグラウンド」を読んでわかりました。それだけに中央の遅れがちとなった対応には不安を感じますが、当時の医師や看護師たちがどれだけ献身的に活動をしていたことには間違いなく、まさにこれこそ今更的ですが、この場ながら当時医療現場にいた方々に対し尊敬の念を覚えます。
 それにしても今回取り上げた斉藤氏の現場判断力にはまこと恐れ入ります。あのわずかな情報だけで中毒症状を判断し、また実際の治療前に準備まで整えておくなどとさすが緊急医療のスペシャリストと思わせられ、中島みゆきじゃないですが「地上の星」を私は見失っていたのかもしれません。この斉藤氏は事件後も、PTSDに悩む被害者へのカウンセリング体制も組織するなどその後も活動されていますが、ネットで検索する限りだとあまりヒットしないだけに、こうした称賛されるべき人たちを紹介するというのはライター冥利に尽きます。

  おまけ
 「地上の星」の歌詞の「草原のペガサス」が「その辺のペガサス」に聞こえるという誰かの話を聞いて以来、私もそうとしか聞こえなくなってきました。その辺にペガサスがいる状況想像したらちょい笑えますが、ある意味現実もそうなのかもなと思うと笑えなくなります。

2017年7月28日金曜日

被害者証言に偏る報道

 またちょっとブログデザインをいろいろ弄って背景を変えました。これまではデフォルトでブログソフト側が用意した背景を使ってましたが、今回新たに自分で探した画像を使って、なるべく和風系で探してみましたが、背景的には文字が見やすくなり案外悪くない気がします。と言っても明日もまた探していろいろ付け替えを試してみるつもりですが。

教師「今すぐ窓から飛び降りろ」「このクラスは34人だが明日から33人だ」 小4児童に暴言や暴行
【埼玉】 「飛び降りろ」発言教諭の「処分見送りを」 保護者や卒業生ら署名活動
(どちらも「痛いニュース」より)

 少し日が経ったニュースの紹介ですが、上記はどちらも今月中旬に報じられた内容です。知ってる方には早いですが第一報は7月16日に出され、埼玉県所沢市の小学校教師がクラスの児童に対し「窓から飛び降りろ」、「明日からクラスの人数は34人から33人だ」というようなことを口にしたと報じられました。一見して私はこの報道に奇妙さを感じたのですがそれは後述するとして、案の定というか最初の報道からわずか数日後の7月22日には、最初の報道内容を否定する報道が出てきました。

 後発の報道によると、暴言を吐かれたとされる児童は問題行動が多い問題児で、新聞を破るという行動について「やれと言われたからやった」と言い訳したのに対し教師が、「飛び降りろと言われたら飛び降りるのか?」と諭しただけで、またクラス人数についても問題行動をやめないとクラスの一員にはなれないという意味で言ったとされており、実際周りの人間もわかってるから担任を擁護するための署名活動が行われているそうです。
 そして現在、この件に関する続報はピタリと止まっており、恐らく後発の報道が真実だったのではないかと私は考えます。そもそも初報の時点で何かおかしな報道だと感じていただけに、予想が当たってやったラッキーってとこです。

 なぜ初報の段階で私がおかしいと感じたのかというと、一つは暴言の内容が断片的で後発報道でも指摘されている通り、「どういう前後関係でこうした発言が出たのか」について全く触れられていなかったからです。次に、取り上げられた二つの暴言内容に脈絡がないというか関連性がなく、同じ人間が言ったとは思えなかったからです。
 最初の「今すぐ飛び降りろ」は直接的な暴言で、私だったら次に言うなら、「飛び降りないなら今すぐ首つって死ねボケが来ます。それに対しもう一つの「クラスの人数が33人になります」はどちらかというと間接的且つ陰険な暴言で、これに続くとしたら、「なんでまだ学校に来ているの?」とか、どっちかっていうとネチネチ系の発言があるはずだと思えました。はっきり言って推察の域を出ない予想でしたが、直接的と間接的の二つの暴言が混ざってて、ほんまかいなと疑ったわけです。

 では、そもそも何故実態とは異なる最初の報道が出てしまったのか。言うまでもなく理由は暴言を言われたとされる児童側の関係者が被害者の立場で一方的にしゃべり、それをほかの周辺関係者に確認しないままメディアが報じたためでしょう。それが分かっているから後続の報道がピタリと止まってしまったのです。
 この構造ですが、先月私も書評で取り上げた福田ますみ氏による「でっちあげ」、「モンスターマザー」の本で紹介された事例と全く同じです。というかこれらの本を読んでいたから、私も初報を見ておかしいと感じたのでしょうが

 被害者、と主張する側の意見が何故こうも一方的に報じらえるのか。実際に「埼玉 教師 飛び降り」と検索したらこの事件の初報のニュースばかりがヒットし、この教師の名前を晒せなどと激しい言葉が並ぶサイトが上位に来ます。というより、初報を出したメディアはまだ記事を引っ込めておらず、言い方は悪いですが未だ絶賛拡散中であります。
 いろいろほかにも言いたいことはありますが、こういう例でよく思うこととしては大学時代の倫理の授業で言われた、「被害者と加害者は対立項目ではなく、むしろ似た属性を持つ」という言葉です。一例を挙げるなら、911テロの被害者である米国はイラクに対する加害者でもあり、また「被害を受けたから」という理由は加害を行う理由となりうるということです。何が言いたいのかというと、被害者加害者の観点や構造を下手に当てはめようとすると事実が歪む可能性があり、一体その場で何があったのかというその事実だけを追うという姿勢こそが報道に必要じゃないのかなと言いたいわけです。清水潔氏も、ある意味こうした立場で南京事件を追っているからこの人は本物だと思うのだし。

2017年7月27日木曜日

経済記事の神髄

 最近上海では気温が30度を切るようになって涼しくなってきました、つっても最低気温の話ですが。なお最高気温も昨日今日は40度を切ったので、なんとはなくピークは乗り越えたかなって気がします。
 それだけに、日本で最高気温35度前後で大騒ぎしているのが見ていてちょっと腹立たしいです。

 話は本題ですが、この前JBpressの次回記事用の取材をしてきましたがその後で記事を編集している最中、撮影してきた写真の映りがやけによくて自分でビビりました。っていうか私は写真の良し悪しは八割方カメラの性能で決まると考えていますが、自慢の富士フイルム製デジカメではなく携帯カメラで撮ったというのにここまできれいに撮れるものかと呆れ半分感心半分でした。
 あまり知らない方も多いのではないかと思いますが、報道写真というのは専属のカメラマンではなく案外記者が自分で撮影していることが多いです。なので私の記事に使われる写真も、特に撮影する内容がないものは冒頭に適当な画像をはっつけてもらっていますが、基本的にはすべて自分で撮影しています。それどころか、写真だけでなくグラフもまた全部自分で作っています。

 私は元々は社会部系の報道記者になりたかったのですが生憎新卒時ではどこからも門前払いを受け、仕方なく商社に勤務した後で中国にわたり経済系の新聞社に入社しました。今思うと社会や政治部系の報道だったら思想信条で社とぶつかる可能性が私にはあり、そうした思想とは関係なく「仕事だから」と割り切れる経済記事をメインで書く新聞社というのは案外相性が良かったと今更ながら思います。もっとも思想や信条と関係ないと言いつつも経済系の内容は学生時代から不得手ではなく、分析や知識なら当時から経済学部の学生を遥かに凌駕する水準は持っていましたが。

 そんなかんだで経済紙記者として一時期を過ごした私に、経済記事とはどのように書くのか、どうあるべきかという問いに答えるとしたら、突き詰めれば文字こと地の文はいらないと考えています。一番理想的なのは参考に足るグラフだけを見せて、あとの内容は読者に判断させるというのが経済記事としてあるべき姿だと思います。それだけにグラフのない経済記事というのはこの一点をとっても価値は低くなり、もちろんすべての経済記事にグラフつけるのは骨なので無理でしょうが、なるべくグラフは多くつけるべきだというのが私の考えです。

 経済記事というのは突き詰めれば数字データがすべてベースになっており、売上なり経済指標なり、それらの数値がどれだけ且つどのように変動したのかを通して社会の変動を分析します。新規投資の話も投資額や建設する工場の敷地面積や予想生産量、稼働率などの数字が何よりも物を言い、なおかつほかの事例の投資と比べて何が違うのかを図表にまとめて比較すればなおよいでしょう。
 無論、実際にはそのようなグラフだけの経済記事など存在せず文章も付け加えられますが、基本的にそうした文章は発表された数字の紹介、そして変動を解説するものです。前者はグラフをつけない場合に使うもの(企業の業績発表データ)でとやかく言いませんが、後者については基本的に記者自身やコメンテーターの視点を通した分析で、少なくない主観が入っており必ずしも毎回事実を表すものではありません。

 一例を書くと、前期と比べ増益減収し、その理由が市場に問題があるのか単純に当該企業の経営に問題があるのかといった一言コメントなどがそれに当たります。もちろん読者からしたらどっちが理由なのかを推察でもいいので付け加えてくれた方が詠んでて楽しいでしょうが、私としてはやはりデータだけ見せてそれらも含めて読者が考えるような記事が一番いいのではないかと思います。というのも、百人いれば百通りの答えがあるのだし、現実は非常に寛容で、どのような解釈も自己責任であれば許されると思うからです。

 もっとも本気でそんな記事書いたら、例えば私が先週出した日銀の金融緩和に関する記事で暦年の設備投資額と対外投資額データグラフだけ出して見せて、「これが答えだ!」と言っても、記事としては成立しないでしょう。逆を言えば、見るだけで記者が言いたいこと、主張したいことが誰にでもわかるようなグラフを用意できるのであれば、それこそが経済記事の完成形と言えるでしょう。
 実際にそのようなグラフを作るのは非常に困難であるものの、そうしたグラフを作ろうとする心意気こそが経済記事を書く上で最も重要で、どれだけ価値ある数字の比較グラフを作れるか、経済記者としての腕はここにかかってくると考えているわけです。

 それだけに、最近ブログでは経済記事はあまり書かなくなっていますが、JBpressで経済記事を書く場合はとにもかくにもたくさんグラフを作ろうと意識して取り組んでいます。もっともこう言いながら、「このデータはよほど勘のいい人じゃなければ価値が分からない」と判断したら容赦なく見せないということもやったりするのですが。
 まとめとして何が言いたいのかというと、経済記事、もしくはそのようなレポートを書こうというのならまず第一にどのようなグラフを作るかについて考え、その上でグラフの意味を解説する文章を考えるのがベターだということです。また解説文については短ければ短いほどよく、説明が要らないほどはっきりわかるグラフを心がければモアベター(この言葉は80年代産?)というわけです。

2017年7月24日月曜日

足利尊氏は躁鬱なのか?

 時期にすれば大体2000年代後半あたりからだったと思いますが、室町幕府の開祖に当たる足利尊氏について、躁鬱症を持っていておかしな判断を繰り返していたというような主張が見えるようになりました。無論、14世紀に躁鬱かどうか判断するカウンセラーなぞ存在するわけではなく彼の事績や記録などからこういう風に言われ始めたわけですが、根拠としているのは急に突拍子もない行動を取ったりしたというだけで、これだけで躁鬱だと判断するのはやや早計な気が私にはします。それこそ愛人に死なれたショックで出家した天皇もいますが、これも躁鬱かと言ったらやはり違うでしょう。
 私自身は尊氏は躁鬱かと言われればそれはやはり違うように思え、どちらかと言えば責任感が非常に強い性格だったからああした行動になってしまったのではないかと考えています。その辺について久々にオリジナルな歴史コラムとして書いていきますが、こういうのを普通に夜中書いてて、最近何が本業なのかよくわからなくなってきました。

 具体的に尊氏が躁鬱だと言われる根拠としてよく挙げられるのは、以下のような行動です。

・鎌倉幕府を裏切り、救援先の六波羅探題を逆に攻撃した。
・後醍醐天皇の指図を聞かず弟の直義を助けるために関東へ出陣した。
・後醍醐天皇から討伐軍が差し向けられたのに、本人は戦準備もせず出家しようとした。
・後醍醐天皇軍に直義が負けてると聞いて出陣し、打ち破る。
・そうまでして助けた直義を、観応の擾乱の時には全力で殺しにかかる。
・おまけに直義を討伐するため、北朝を差し出して何故か南朝に降る。

 大体ざっと上記のような行動が躁鬱だと言われる具体的な事例じゃないかと思います。特に三番目の、敵軍が差し迫る中にも拘わらず出家しようとするなど、何故か緊急事態に追い込まれると逃げ出そうというか出家しようとする癖は何度か記録されており、これが躁鬱だと言われる一番の根拠でしょう。
 しかし私の見方は違います。尊氏の人生全体を見ていて思うこととして、その性格は以下のような特徴であったのではと考えています。

・鎌倉幕府(=北条家)に対する忠誠心はかねてから薄かった。
・後醍醐天皇に対しては非常に強い尊敬心を持っていた。
・一方で武家の棟梁として武士の立場や権利を守らなければという意識も強かった。
・足利幕府を主導するという式はやや薄かった。
・後醍醐天皇のいない天皇家に対する意識は低く、守る気もそんなになかった。

 最初の鎌倉幕府に対する忠誠心ですが、そもそも尊氏の爺さんが「子孫が天下取れますように」といって自殺したくらいの一家であり、源氏一族なのに北条家に敷かれるという立場に対してかねてから不満が高かったように思えます。次の後醍醐天皇関連ですが、これが一番のキーポイントであり彼の不自然な行動はこれによって説明できるでしょう。
 後醍醐天皇への尊氏の意識は崇拝に近いです。反乱を起こす前も起こした後も全く変わらず、後醍醐天皇を京都で一時軟禁しておきながら、京都を脱出して吉野へ逃れた際も特に追手を出すこともなくみすみす見逃し、結果的に南北朝の戦乱を招いたほどです。さらにその後醍醐天皇が吉野で崩御した際も嘆き悲しみ、怨念対策もあるでしょうがわざわざ元(当時の中国)と交易してまでして後醍醐天皇を弔う天龍寺を建立しています。

 なら何故尊氏は後醍醐天皇に歯向かったのか。理由はその次の武家の棟梁としての立場を優先したからでしょう。
 周りからの支持もさることながら本人自身もこの方面の意識が強く、恐らく尊氏本人は武家の棟梁として後醍醐天皇を守る皇室の藩屏みたいな存在になりたがっていたように見えますが、建武新政下では武家は徹底的にこき下ろされ、実質的に天皇・公家側との共存はできなくなりました。尊氏自身は建武新政下でも厚遇されてはいたものの、彼以外の武士が弾圧されるのを見て放っておくことはできず、後醍醐天皇への忠誠と板挟みになりながら武家の棟梁としての立場を取ったのが反乱の背景じゃないかと思えます。

 それだけに後醍醐天皇が崩御した後の尊氏はやや方向軸がなくなったように見えます。幕府自体は弟の直義が主導して実質的に組織や体制を整えたのは彼ですが、その直義が執事の高師直と対立するや尊氏は仲裁を仕切れず、結果的に両者の血で血を争う争いに自らも介入して、最終的には諸説あるものの直義を毒殺するに至りました。
 なお直義との争いは観応の擾乱と言われ、後醍醐天皇が亡くなって存亡の危機にあった南朝はこの混乱に乗じて勢力を盛り返し、その後も南北朝の戦乱が長く続くこととなりました。それだけに尊氏と直義の争いを「日本史上最大の兄弟喧嘩」という人もいますが、私もこの説を支持し、壬申の乱なんて目じゃない規模だったと考えています。

 話は戻りこの観応の擾乱の際、直義は南朝側について尊氏征討の綸旨を得ましたが、これに対して尊氏は自分も南朝に降伏して、南朝側から直義追討の綸旨を得て争うなど、全力で弟を殺しにかかってきています。この尊氏というか足利幕府の一時的とはいえ南朝に降伏した際、降伏条件として「北朝の三種の神器を譲渡」、「天皇家は南朝側が継いでいく」などと、これまで味方していた北朝の天皇家を投げ捨てるかのような条件を飲んでしまっています。この尊氏の降伏を受け、実際に南朝の天皇家は一時京都に戻ってきました。戦乱にあってまたすぐ吉野に戻ってきましたが。
 なお先ほどの降伏条件のうち三種の神器の譲渡という条件は、明治維新後の南朝北朝正当論争の中で南朝側が正当とする有力な根拠にもなっています。

 何故尊氏はこのような無茶苦茶ともみえる行動をとったのかですが、やはり彼にとっては後醍醐天皇がいる天皇家こそ守るべき存在で、いなくなった後の天皇家はただ単に幕府が利用する権威組織としか思っていなかったのかもしれません。その上で筋を通して世の中の安定を図るより、目前の敵を倒すために敵の権威を支える存在を引き込もうとしたのかもしれません。

 総じていえば、尊氏は後醍醐天皇の崇拝者であり、武家の棟梁であり、この二つのアイデンティティで揺れていたからこそ躁鬱だなんだと言われることになったのだと思います。ただ私はこの二つのアイデンティティに照らせば決して不自然な行動を取っているとは思えず、まぁ変に責任感が強いからこそ妙な戦乱の人生送ったんだろうなというふうに考えています。

 最後に、尊氏は責任感が強かったとは書いていますがそれは立場としての話で、家庭内では全く別です。というのも、尊氏をその人生の中で最も苦しめたのは誰かとなるならば、一人は上記にも上がっている弟の直義で、もう一人は若い頃ヤンチャして作った隠し子の足利直冬でしょう。
 この直冬は尊氏の長男である義詮よりも年上とみられていますが成人後も尊氏にはなかなか認知してもらえず、一門の頭数が足りないくらい忙しい時期になってようやく認知してもらえたものの、家督から外れるようにわざわざ当時は子供のいなかった弟・直義の養子にさせています。

 ただ尊氏の息子の中で、軍事的才能に最も秀でていたのはほかならぬこの直冬でした。尊氏と直義が争いだすや直義側についた直冬は各所で尊氏側の軍を打ち破り、特に九州・中国の西国では獅子奮迅の働きで何度も尊氏側を追い詰めています。尊氏としては何が何でも直冬が嫌いだったようで終生和解することはありませんでしたが、結果的に最大の敵を自ら、しかもヤンチャして作ってしまった辺りは皮肉な結果であり、若い頃のヤンチャは良くないものだという教訓になります。

2017年7月22日土曜日

ブログデザインの小幅変更

 前々から変えようかなと思っていたのですが、このブログのデザインを少しだけ弄りました。当初はもっと激しい変更を考えて最初なんか真っ青ブルースカイな背景を使ってみたりもしましたが、やはり発色が強く明るい背景だと目が疲れるというか文字が読みづらい印象を覚え、結局前とほとんど変わらず閲覧済みリンクテキストの色を少し変えたりした程度に留まりました。

 以前はそれほど意識しませんでしたが、きゆづきさとこ氏の漫画「GA 芸術科アートデザインクラス」では高校の芸術科クラスを舞台に様々な色の効果や印象について紹介しているのを読んでからというもの、前よりはこの方面に対して概念めいたものができてきました。さきほどの拝啓だとビビッドカラーは遠目にははっきり映るものの至近距離だとややきつく、またテキストを読む作業との相性も悪いため、比較的落ち着いた色を意識して選択しました。
 落ち着いた色としては茶色が割とベターですが、自分はやや錆がかったような朱色も悪くないと思え、これらの色に近い背景をまず選びました。この背景はあらかじめBloggerで用意されたものですが、なんていうかもっといいのなかったのかなという気がします。

 その後でテキストも、と言ってもこっちは基本的に以前のをほぼ踏襲する形で使ってますが、閲覧済みリンクが前だとやや区別しづらかったので、色をオレンジにすることでよりはっきりわかるようにしています。
 あとは地味に投稿記事部分、サイドバーの幅をほんのちょっと広げていますが、これはパソコンのモニター解像度が年々横に広がっているのに合わせただけで特に思想はありません。サイドバーはもうチョイ広げようかと思いましたが、実際広げてみると投稿記事部分を食うように目立ってしまったので結局わずかながらの広がりに留まりました。

 それにしても今日はほとんど家の中で過ごしましたが、リアルに最近の上海は外出るのが危険です。日中は40度にも達してますし、数年ぶりに猛暑というか夏らしい夏になっています。

2017年7月21日金曜日

求人倍率上昇に対する違和感

日銀の金融政策が景気拡大につながらなかった理由 企業マインドは国内投資より海外投資へ(NEWS PICKS)

 二度にわたって自分の記事の論評をやるのもどうかと思いますが、少し気になるというか激しい違和感が感じる点があるため語らざるを得ないでしょう。

 上のNEWS PICKSではなんかえらそうな先生方が私の記事についてあれこれ論評していますが、一見して私が感じたこととしてはなんか論点がずれたことを言う人が多いということでした。そもそも私は元の記事でアベノミクスについては一切触れておらず、あくまで金融緩和による投資促進効果はほとんどなく、むしろ資金の海外流出を招いている要素があるとだけ指摘したつもりでしたが、なんか記事を批判する方々は、「こいつはアベノミクスが失敗だと言っている!」という論調が多く、設備投資については何で触れないのかなというのが不思議に感じました。
 っていうか、真面目に全部読んでないのでは?「金融緩和」、「失敗」という見出しの単語だけ見て文句言われてるような気がしてなりません。

 その上で、現行の日銀政策とアベノミクスが成功していると主張する方々はその根拠をいろいろ挙げている中、強く違和感を感じたのは「アベノミクスで求人倍率は上昇し続けている」という意見でした。前々からこの求人倍率についてはどうして誰も指摘しないのか不思議でしたが、誇張ではなく本気で真面目に、この数字が上昇しているという意味について誰も違和感を感じないのでしょうか。自分だけがおかしいのか、日本にはまともな分析人材がいないのか、あまりうれしくない二者択一な気すらします。

求人倍率 バブル期超え 4月1.48倍、43年ぶり水準 (日経新聞)

 上のJBpressでは丁寧に書いたから上記のような反応が来たのかもしれず、中途半端に相手するのが良くないのかと思うので必要最低限で書くと、求人倍率がバブル期越えだというがなら何故バブル期並みに賃金は上昇しないのかと考えないのはおかしくないかと言いたいわけです。理由は言うのも馬鹿馬鹿しいですがで事業拡大に当たって人が足りないのではなく、今ある現状を維持するのにすら人(労働力)が足りていないからで、今の状態は景気がいいというより崖っぷちで労働力不足が経済の足を引っ張っていることを示すデータでしょう。
 もちろん失業者が世の中にあぶれるよりかは社会的にはいいでしょうが、この状態が続いても景気や経済や賃金は良くならず、むしろ求人倍率は今後も高まり続けて結構笑える事態になると予言します。多分その頃には、「雇用のミスマッチ」という単語で現状が糊塗されていることでしょう。このデータを見て経済が良くなっているとみるのは、まぁあれというか危険じゃないかってことです。

 皮肉な言い方をすると、狂人は一人でいいでしょう。今の日本が日本なら、自分はそれで構いません。

2017年7月19日水曜日

金融緩和記事に関するコメントについて

日銀の金融政策が景気拡大につながらなかった理由(JBpress)

 前回は面倒くさくてやらなかった、また自分が書いた記事へのコメントです。この記事は以前にもこのブログで理論だけ紹介した日銀の金融緩和は海外への資金流出を招いている恐れがあるという内容について、国内投資と海外投資を比較して具体的な論証を行った記事です。友人からも、「金融の記事だからアクセスは上がらないよ」と言われていた通りあんまアクセス数がよくなければ、Yahoo記事へのコメントもそんなに伸びていません。こっちもわかっていたことなので特に問題ありませんが、そこまで難しい内容を書いているわけではないのにちょっとハードルを挙げるとこうなる世間ってのが問題な気が。

 そんでもって恒例のYahoo記事へのコメントについてですが、結論から言えば読者とのずれを感じました。全体的にきちんと内容読んでないなと思う印象を覚え、金融政策、次いで現金についてメインで語っているにもかかわらずやたらと景気の話に触れるコメントが多く、特に違和感を覚えたのは「労働分配が悪いから景気が悪い」というような主張でした。
 全体的に一般従業員の賃金上昇が起こらない、ないから景気が悪いままという風に述べているのですが、私個人の率直な意見を申し上げると何故賃金が上がると景気が良くなるのかが結びつきません。私はこの記事で特に強調したのは国内投資、特に新産業への投資で、既存の従業員の給与上昇ではなく新規雇用こと雇用の拡大の重要性を訴えたつもりです。もちろん雇用拡大が後々賃金上昇につながるのですが、どうも普通の日本人と私とで投資に対する意味合いが違うのではないかという奇妙な違和感を感じました。なんていうか、日本人は「消費」でしか金の流れ、経済を見れないのかなと思いました。

 とはいえ内容が内容だけにとんちんかんなコメントは今回少なかったのは事実です。そんななか、目についたコメントは以下のものでした・

「要約すると、結論は、観光業以外先行きがない、何をやっても日本の経済はダメだ、もちろん金融緩和も、という記事。」

 この記事の結論は日銀の金融緩和は景気拡大にはつながらないであり、観光業についてではありません。観光業については末尾に書いていますがこれは結論ではなく補足で、また何やっても日本経済はダメだなんてことは一言も言っていません。知ったふりして記事を要約しているようですが、まともに文章を読めてないというのを露呈しているだけのコメントに見えます。
 ちなみにこのコメントで触れられている「観光業」という言葉ですが、これは末尾にて文字数が余ったのと、この言葉に触れた人間を一撃で殺すためのキラーワードとして敢えて入れました。どういう意味かというと、何故金融緩和や投資の話で観光業を持ち出したのか、その関連性に気付けるかどうかです。

 私はこの記事で日本には投資先がなく、また日系企業は海外投資を優先するが海外で得た投資リターンが日本になかなか還元されないという事態を指摘しています。その上で観光業くらいしか期待できるものはないと書いているのですが、この意味はというと観光業への投資は海外に一切漏れないからです。
 想像してみてください。日本の観光業を盛り立てる、成長させるための投資は一体どんなものになるかというと、国内の宿泊施設や土産物、飲食店など、すべて日本国内で完結する投資です。海外旅行客へのPRのためパンプレットなどを作るというのもある意味投資ですが、どちらかと言えばこれらは販促費であって、純粋な投資という意味では資金はすべて日本国内で流通します。

 またこうして行った日本観光業への投資によって海外旅行客が来た場合、基本的には日本国内で現金が消費され、とりっぱぐれなく日本に現金が落ちてきます。つまり観光業は投資からリターンに至るまで全部日本国内にお金が回り、なおかつ落ちてくるお金は外国の現金という地味に珍しい産業であり、意外とおいしい面が大きい産業だったりします。うまくいけばの話ですが。
 だからこそ海外流出の恐れがない投資先として観光業を挙げたのですが、ここまで読み込めている人は果たしているのか、ハードルを上げ過ぎているのか期待しすぎなのかいろいろと考えがこみ上げてきます。

2017年7月18日火曜日

日野原重明氏の逝去について

 既に各所で報じられているように、聖路加国際病院名誉院長である日野原重明氏が御年105歳に手逝去されたとのことです。
 「生涯現役」をリアルで貫き、90歳を超えて医療の現場で常に立ってこられるなど有言実行の徒であるだけでなく、ユニークな人生観の持ち主であったことから、大往生とはいえその逝去には私も一抹の寂しさを感じさせられます。私の中でタフな人とくれば水木しげるとこの日野原氏でしたが、いつか来るとは言え両名ともがこの世を去る時代に至ったことにはいろんな思いが浮かんできます。

 日野原氏についてはこれまでもこのブログで何度も取り上げており、特に文字通り魂を込めて書いた「地下鉄サリン事件、医療現場の奮闘」の記事(今見たらものすごいアクセスが上がってきてます)では、老人の心配性だと揶揄されつつも治療したくともできなかった戦時中の体験から、チャペル内にすら酸素吸入器を導入するなど聖路加国際病院内のあちこちに医療用設備を配備していたことが功を奏し、地下鉄サリン事件で出た大量の急患を受け入れた話を紹介しています。
 世の中、いざって時の対応がなかったり、していてもあまり役に立たなかったという例も少なくありませんが、この日野原氏と聖路加国際病院の取り組みはまさにいざって時に備え、いざって時に機能を見事果たした例だったと言え、このような事態を想定していた日野原氏はまさに慧眼の持ち主だったと言えるでしょう。

 日野原氏を語る上でもう一つ忘れちゃならないのがよど号ハイジャック事件です。今回の訃報と合わせてこの時のことについても取り上げている記事がありますが、それら記事でも報じられている通りに日野原氏はこの事件に遭遇し、犯人らが乗客へ暇潰し用に本の貸し出しを行ったところ怖がって誰も求めない中、日野原氏だけが「カラマーゾフの兄弟」を借りて読んで「面白かった」という感想を後に述べるなど往時から面白いエピソードに溢れています。

 このよど号ハイジャック事件について私の方からやや特別な内容を書くと、本当に昔ですが文芸春秋でこの時の体験について自ら語っていたことがありました。その記事によると、ハイジャック犯の中には東大医学部に通っていた小西隆裕がおり、日野原氏は当時東大医学部で講義を持っていたことから、「なんか見たことあるな」と思って本人に、「東大にいなかったっけ?」と実際聞いたりしたそうです。小西の方でも、「うわ、日野原先生じゃん」とわかってたそうで、本人に聞かれても、「いや、初対面っすよ」とごまかしていたと書かれてありました。

 またメンバーの中に関西弁を使う人間がいたことから、「なにお前、同志社なの?」と、こちらも本人に聞いたそうです。何故関西弁を使うから同志社だと判断したのか不思議ですが、不思議に感じる一方で当時からそうだったのかなと妙に納得する面もあります。実際、よど号メンバーにいる若林盛亮が同志社の学生でしたが、日野原氏が尋ねた相手は若林ではなく確か大阪市大出身の赤木志郎だったようなことが書かれていました。

 日野原氏については他にも紹介するべき内容に溢れているものの、恐らく他の執筆者も書くであろうから、敢えて自分にしかなかなか紹介できないように限ると上記の通りとなります。その価値観、実績、生き方のどれをとっても模範となるべき人間で、亡くなったことは非常に惜しく感じるとともに余計な延命治療をせず大往生を遂げられたことはまさに有言実行であったと称えるべき人生でしょう。改めて、この場にてご冥福をお祈り申し上げます。

2017年7月16日日曜日

正常な判断の利かない経営者

 結論から書けば、日本の中小企業にはもはや正常とは言えないレベルで判断力がおかしい経営者が多にも関わらず、変な感じで会社が生き残ってしまうから社会全体で効率悪いと私は考えています。

 経営者が頭おかしいといえば、多分一定のサラリーマン層は「そらそうや」と思うかもしれませんが、ブラック企業を見ているか否かでその言葉の重みは変わってくるでしょう。一例を挙げると、昨日元同僚と会って食事をしていましたが、なんでも中国の駐在手当てが何故か国内の単身赴任手当より低くなっていたと言っていました。またその人がすべて交渉して取りまとめた実績が何故かその人の実績とはならずに貿易事務をやっている人の功績になり、月間売上を就任前と後で1000万円くらい増やしたにもかかわらず何故かボーナスまで減らされたそうです。早く辞めて別の会社行けと言ってはいるものの、「家から近いし」というのでまだしばらくは続けるそうです。

 こうした例はなにもこれだけに限るわけではありません。私も夢想家ではないの世の中不条理と悲劇に満ち溢れていることは重々承知ですが、意識してか知らずか明らかに会社を誤った方向へ導く判断を繰り返す経営者が日本の場合は特に多く、何故この手の人間が淘汰されずに生き残ってしまうのかが不思議な上に、逆を言えば淘汰される仕組みがないから日本の景気も悪いままなのかもなと思えてきました。
 本当に些細な点でもやるとやらないとでは全然違うのに、どうして売り上げを増やそうとすることに努力しないのかと思う会社が多くてなりません。具体名を挙げるとニトリはこの前上海でベストバイがあった大型店舗を使って新規オープンしましたが、以前テーブルを購入したところ組立説明書が日本語しか書いて無く、本気でこいつら中国で売る気あるのかと疑問を覚えました。これならぎこちなく誤字も多いが、頑張って日本語でメニュー書いている飲食店の方が努力しています。

 このほか例を挙げて言ったら切りがないですが、東芝や三菱自動車、日本郵政、シャープの元経営者らはわざと会社を潰そうとしているのかと思うくらい頭のおかしい判断を繰り返していました。シャープに至っては最終的に鴻海に買われてよかったよかったですが、仮に最初の交渉時に素直に当時の株価で身売りしていれば、シャープに入ってくる現金は最終的な投資額の3倍だったともいわれ、無駄に時間をかけて価値を落として売ったようなもんです。まぁそれが狙いだったというのなら何も言いませんが。
 三菱自動車についても、燃費不正発覚時の社長は技術畑出身ということもあって待望された社長でしたが、過去に上司の命令を聞く振りして極秘で電気自動車「アイ・ミーヴ」の開発をやっていて「我々技術者の努力の賜物だ」と自慢していましたが、見方を変えれば現場が経営陣に従っていないのが常態で、さらにそれを自慢するような内部統制がまるで聞いていない風土であったことが見て取れます。しかもその「アイ・ミーヴ」自体がセールスとしては失敗作と言わざるを得ず、さらにこんなことやらかす人が社長に就いてしまうというのも私としてはあり得ません。

 「プロ経営者」という言葉が「ユビキタス」などの言葉同様に一時期出て、そして今はあまり聞かれませんが、真面目に日本はもっと経営者の能力を比較し、ダメな経営者と優秀な経営者をしっかり見分けられるようにしなきゃダメでしょう。はっきり言いますがダメな経営者がいればいるほど社会的にはマイナスで、この手の輩を如何に社会から追放するか、敢えて過激に言えば抹殺するかというくらいの勢いで潰さないと、真面目に日本の未来はないと思います。多分この問題を軽く考えている人は多いと思いますが、労働組合制度が全く機能しない今の日本の現状ではせっかくある資産をダメな経営者がヒアリの如く食い潰していくだけです。
 自然淘汰されないというのなら、直接間引くしかない。JALは破綻して初めて改革が行われ、ある意味で「プロ経営者」と言える稲森和夫氏の手腕で再生されましたが、稲森氏なくても自然に再生される、自然に経営陣が淘汰される仕組みこそ日本が作らなければならない課題でしょう。

2017年7月14日金曜日

このところ急上昇してる記事

何故戸籍制度はいらないのか
他人事ではない欠陥住宅訴訟

 どっちも自分の過去記事ですが、何故か今になってアクセス数が急上昇しています。上の戸籍制度の記事に関しては2009年の、自分がまだ髀肉の嘆をかこってた頃の記事だというのに。
 急上昇している理由は簡単に想像できます。戸籍制度は「R4」、「脱法ハーフ」こと蓮舫代表の無責任な発言によるもので、下の記事はこのところ猛威を振るっている松居一代氏の影響でしょう。

 松居一代氏については自分もなんか怖いのであまり記事とか発表を追っていませんが、蓮舫代表については最初に「戸籍を見せる」と言わなければそれまでだったのに、いったん見せると言ってからやっぱ見せないと発言を翻すなど、わざと民進党の支持を落とそうとしているようにしか見えません。そもそも戸籍公開が差別につながるとかいう発言も意味不明だし、政治家であればプライバシーはほぼ存在しなくなるということを考慮すると身勝手な物言いとしか言いようがないでしょう。
 そもそも論を言えば、戸籍じゃなく公開が求められているのは国籍変更時期です。戸籍謄本の国籍変更時期の箇所だけ見せればいいだけで、ここまで抵抗するということはやはりすねに傷があるというかクロなんでしょう。

 ちなみに戸籍と言えば実は今週、パスポートの更新のために上海領事館に行って手続きをしてきました。この時申請書に本籍地を書かなきゃいけないのですが、私の場合は祖父の遺言で何故か大阪市梅田に本籍が残っているため詳細な住所がわからず、わざわざ左遷先の名古屋から岐阜に旅立った親父に確認して聞き出しました。
 それにしても、パスポート更新を海外でするほど海外に定住するなんて10年前には全く思いもしませんでした。上記の2009年も日本で就職した会社で正直燻ぶっていましたが、よくもまぁ現在の自分の立ち位置にまでこぎつけたものだと我が身ながらその波乱ぶりには呆れてきます。っていうか最近、自分の本業ってなんだっけとマジでわかんなくなるから怖いです。

2017年7月13日木曜日

伝説の女性飛行士にまつわる報道について

伝説の女性飛行士イアハート、日本軍の捕虜に? 新たな証拠写真
女性飛行士イアハート「生存写真」、消息絶つ数年前に撮影 専門家(AFP=時事通信)

 少し目についた報道だったので触れておきますが、正直言ってどうしてこんな内容を時事もわざわざ報じるのか理解に苦しみました。記事内容は米国で伝説的な女性飛行士であるイアハートが1937年に消息不明となった事実について、遭難ではなく日本軍に捕虜にされていたのではないか、この写真がその証拠だ、と報じているものです。結論からいうと裏取り取材をするまでもなく事実としてはあり得ず、AFPが報じたからと言ってそれをそのまま和訳して報じる時事通信は何を考えているのだと呆れました。

 この報道が明らかに事実でない根拠は行方不明となった時期が1937年であるという点です。この時点で日本は米国はおろか、中国とも戦争を開始しておらず(行方不明から数日後に盧溝橋事件)、わざわざ著名な米国人女性飛行士を捕虜にして監禁する理由なぞ全くないからです。保護したのだったら普通に米国まで送り届けるに決まっており、一体何故捕虜にしたという説が流れたのかまったくもって理解に苦しみます。
 上のリンク先は初期報道、下のリンク先はその報道に疑義を呈すもので、案の定というか写真自体も1937年より以前に撮影されたものであるとほぼ確定のようです。っていうかなんでこんないい加減な主張の裏取りまでしなきゃならないのか、あほみたいな話ですしそんなあほみたいな話を何の注釈もなしに報じる時事も時事でしょう。ここはたまに呆れた報道をすると思っていましたが未だ変わりなくて何よりです。

 ちなみに少し言及した裏取り取材ですが、これは「発表、報じられた内容が本当に真実であるか」を確かめるための取材です。その裏取り取材について今、「『南京事件』を調査せよ」という本を読んでいますが、この本の作者である清水潔氏こそこの方面の第一人者で、まさに取材の鬼だと私は思います。同じく取材が非常に執拗であることに定評ある方として佐野眞一氏もいますが、程度でいえばやはり清水氏の方が明らかに上回っているように思え、その取材に欠ける執念たるや誇張ではなく異常者と言っていいレベルでしょう。
 これまでの経歴からもそうした徹底した取材ぶりの片鱗が見えますが、今読んでる本でも南京攻略戦に従軍した兵士の書いたスケッチ、事件前後の南京周辺を映したとされる写真を手に取るや、その背景に写っている地形や山の尾根が一致する場所を現地で探しだしてしまうという相変わらずの執拗さを見せています。

 ただ清水氏もこの件の取材については正式開始前、その想定される困難さから「こりゃ難しそうですね」と漏らして暗に中止を訴えかけたものの、横でそれを聞いていた上司が翌日ほかのメンバーを前に、「清水君がやる気を出しているからみんなで頑張ろう」的なことを言って梯子を外すどころか補強されてしまったというエピソードが載せられてました。思うに、この上司は清水氏の性格と能力をしっかり把握しているんだろうなという気がします。

2017年7月12日水曜日

自分に記者になるよう勧めた塾講師

新手の新興宗教

 私が学生だった頃、帰省中の私に対しお袋が、「(私の姉が)早く公務員になればいいのにと言っていたよ」と、暗に公務員を目指すよう勧めてきました。これを聞いたとき私は口には出しませんでしたが、(そこそこ長く自分と関わっているのに、自分の本質を何一つ理解してないんだな)というあきらめに近い感情を覚えました。
 直接私を知っている人間なら話は早いですが、リアルに公務員のことを「公僕」といえば警察官に対しても「国家の狗」と言って憚らないくらいに公務員に対するアレルギーめいた反感が強く、なおかつ型にはまった仕事を明らかに苦手としている私に公務員を勧めるなんてちゃんちゃらおかしい話です。実際周囲の友人も、「花園君は公務員だけは絶対になってはダメだ」とおくびもなくいってきました。まぁ中には、「まぁ性格的に大企業も絶対無理だろうけど」という奴までいましたが……。

 そういう意味では記者職、特に今やってるような半ばフリーで活動するような形が自分にはフィットしているのでしょう。この記者というかジャーナリストになろうと思ったのは中学二年の頃で、当時の塾講師に勧められたことがきっかけでした。
 当時から小説を書き始めた私は漠然と会社勤めよりフリーな立場で仕事したいと思い、小説家を目指そうと中一の時点で認識していました。そのことをマンツーマン教室で教えてもらっていた当時の講師に話したところ、「小説家は売れなければ食えないから、文章で書く仕事であり小説を書く機会もあるから記者になれ」と言われてから記者という職を意識するようになりました。。

 当時はまだ中学生で将来やりたい仕事があるとはっきり言えば格好いいというようなイメージもあって周りにも将来は記者になると言って憚りませんでしたが、高校時代も小説を書いて小説家を目指しており、どっちかっていうと妥協的な職業という認識でいた気がします。ただ高校時代から小説の傍ら評論文を書くようになり、やはり小説書くよりも物事をわかりやすく説明する、分析する方面で自分の能力は優れているかもという実感を持ち始め、大学に入ったころには小説家へのあこがれはもうほとんどなくなって記者以外になろうという考えはあまりありませんでした。

 こうして考えると、あの塾講師が記者になれと言わなかったら自分はマジでどうなっていたのかと思えてならず、地味に大きなアドバイスだったと今更ながら思えてきます。それにしてもまさか当時は本当に記者になれるとは思わず、新卒でマスコミ業界に入れてもらえず一度はあきらめたものの、中国で裏技的に編集職を得て経験を積み、環球時報にまで記事が引用されるようにまでなるとは物事というのはわからないものです。
 なおその恩人ともいうべき講師は当時早稲田大学に通う学生で、第一印象は当時流行の茶髪ロン毛だったことからチャラい人かなという感じでしたが、根は割とクソ真面目な人で、実際に自分の将来を考えてああしたアドバイスくれたのだと思います。また早稲田出身はジャーナリストが多いということも教えてもらったのと単純にその講師の後輩になりたかったことから一時は私も早稲田進学を志望しましたが、それからすぐに広末涼子氏の早稲田大学入学事件が起こり、その講師自身が私に、「早稲田には来るな。そんな価値はない」と言って止めるようになりました。本当に変なところでクソ真面目な人だった。

 その講師とは別ですが、高校時代に通った予備校の講師に一回原稿を見せたところ、この講師は小説家をそのまま目指すようにと期待されました。曰く、「坂口安吾の系統だなお前は」で、当時は何とも思いませんでしたが年取るにつれて白痴論が正しいように思えてくるあたり、この講師も私のことをよく理解してくれていたのだと思えてなりません。