2017年7月24日月曜日

足利尊氏は躁鬱なのか?

 時期にすれば大体2000年代後半あたりからだったと思いますが、室町幕府の開祖に当たる足利尊氏について、躁鬱症を持っていておかしな判断を繰り返していたというような主張が見えるようになりました。無論、14世紀に躁鬱かどうか判断するカウンセラーなぞ存在するわけではなく彼の事績や記録などからこういう風に言われ始めたわけですが、根拠としているのは急に突拍子もない行動を取ったりしたというだけで、これだけで躁鬱だと判断するのはやや早計な気が私にはします。それこそ愛人に死なれたショックで出家した天皇もいますが、これも躁鬱かと言ったらやはり違うでしょう。
 私自身は尊氏は躁鬱かと言われればそれはやはり違うように思え、どちらかと言えば責任感が非常に強い性格だったからああした行動になってしまったのではないかと考えています。その辺について久々にオリジナルな歴史コラムとして書いていきますが、こういうのを普通に夜中書いてて、最近何が本業なのかよくわからなくなってきました。

 具体的に尊氏が躁鬱だと言われる根拠としてよく挙げられるのは、以下のような行動です。

・鎌倉幕府を裏切り、救援先の六波羅探題を逆に攻撃した。
・後醍醐天皇の指図を聞かず弟の直義を助けるために関東へ出陣した。
・後醍醐天皇から討伐軍が差し向けられたのに、本人は戦準備もせず出家しようとした。
・後醍醐天皇軍に直義が負けてると聞いて出陣し、打ち破る。
・そうまでして助けた直義を、観応の擾乱の時には全力で殺しにかかる。
・おまけに直義を討伐するため、北朝を差し出して何故か南朝に降る。

 大体ざっと上記のような行動が躁鬱だと言われる具体的な事例じゃないかと思います。特に三番目の、敵軍が差し迫る中にも拘わらず出家しようとするなど、何故か緊急事態に追い込まれると逃げ出そうというか出家しようとする癖は何度か記録されており、これが躁鬱だと言われる一番の根拠でしょう。
 しかし私の見方は違います。尊氏の人生全体を見ていて思うこととして、その性格は以下のような特徴であったのではと考えています。

・鎌倉幕府(=北条家)に対する忠誠心はかねてから薄かった。
・後醍醐天皇に対しては非常に強い尊敬心を持っていた。
・一方で武家の棟梁として武士の立場や権利を守らなければという意識も強かった。
・足利幕府を主導するという式はやや薄かった。
・後醍醐天皇のいない天皇家に対する意識は低く、守る気もそんなになかった。

 最初の鎌倉幕府に対する忠誠心ですが、そもそも尊氏の爺さんが「子孫が天下取れますように」といって自殺したくらいの一家であり、源氏一族なのに北条家に敷かれるという立場に対してかねてから不満が高かったように思えます。次の後醍醐天皇関連ですが、これが一番のキーポイントであり彼の不自然な行動はこれによって説明できるでしょう。
 後醍醐天皇への尊氏の意識は崇拝に近いです。反乱を起こす前も起こした後も全く変わらず、後醍醐天皇を京都で一時軟禁しておきながら、京都を脱出して吉野へ逃れた際も特に追手を出すこともなくみすみす見逃し、結果的に南北朝の戦乱を招いたほどです。さらにその後醍醐天皇が吉野で崩御した際も嘆き悲しみ、怨念対策もあるでしょうがわざわざ元(当時の中国)と交易してまでして後醍醐天皇を弔う天龍寺を建立しています。

 なら何故尊氏は後醍醐天皇に歯向かったのか。理由はその次の武家の棟梁としての立場を優先したからでしょう。
 周りからの支持もさることながら本人自身もこの方面の意識が強く、恐らく尊氏本人は武家の棟梁として後醍醐天皇を守る皇室の藩屏みたいな存在になりたがっていたように見えますが、建武新政下では武家は徹底的にこき下ろされ、実質的に天皇・公家側との共存はできなくなりました。尊氏自身は建武新政下でも厚遇されてはいたものの、彼以外の武士が弾圧されるのを見て放っておくことはできず、後醍醐天皇への忠誠と板挟みになりながら武家の棟梁としての立場を取ったのが反乱の背景じゃないかと思えます。

 それだけに後醍醐天皇が崩御した後の尊氏はやや方向軸がなくなったように見えます。幕府自体は弟の直義が主導して実質的に組織や体制を整えたのは彼ですが、その直義が執事の高師直と対立するや尊氏は仲裁を仕切れず、結果的に両者の血で血を争う争いに自らも介入して、最終的には諸説あるものの直義を毒殺するに至りました。
 なお直義との争いは観応の擾乱と言われ、後醍醐天皇が亡くなって存亡の危機にあった南朝はこの混乱に乗じて勢力を盛り返し、その後も南北朝の戦乱が長く続くこととなりました。それだけに尊氏と直義の争いを「日本史上最大の兄弟喧嘩」という人もいますが、私もこの説を支持し、壬申の乱なんて目じゃない規模だったと考えています。

 話は戻りこの観応の擾乱の際、直義は南朝側について尊氏征討の綸旨を得ましたが、これに対して尊氏は自分も南朝に降伏して、南朝側から直義追討の綸旨を得て争うなど、全力で弟を殺しにかかってきています。この尊氏というか足利幕府の一時的とはいえ南朝に降伏した際、降伏条件として「北朝の三種の神器を譲渡」、「天皇家は南朝側が継いでいく」などと、これまで味方していた北朝の天皇家を投げ捨てるかのような条件を飲んでしまっています。この尊氏の降伏を受け、実際に南朝の天皇家は一時京都に戻ってきました。戦乱にあってまたすぐ吉野に戻ってきましたが。
 なお先ほどの降伏条件のうち三種の神器の譲渡という条件は、明治維新後の南朝北朝正当論争の中で南朝側が正当とする有力な根拠にもなっています。

 何故尊氏はこのような無茶苦茶ともみえる行動をとったのかですが、やはり彼にとっては後醍醐天皇がいる天皇家こそ守るべき存在で、いなくなった後の天皇家はただ単に幕府が利用する権威組織としか思っていなかったのかもしれません。その上で筋を通して世の中の安定を図るより、目前の敵を倒すために敵の権威を支える存在を引き込もうとしたのかもしれません。

 総じていえば、尊氏は後醍醐天皇の崇拝者であり、武家の棟梁であり、この二つのアイデンティティで揺れていたからこそ躁鬱だなんだと言われることになったのだと思います。ただ私はこの二つのアイデンティティに照らせば決して不自然な行動を取っているとは思えず、まぁ変に責任感が強いからこそ妙な戦乱の人生送ったんだろうなというふうに考えています。

 最後に、尊氏は責任感が強かったとは書いていますがそれは立場としての話で、家庭内では全く別です。というのも、尊氏をその人生の中で最も苦しめたのは誰かとなるならば、一人は上記にも上がっている弟の直義で、もう一人は若い頃ヤンチャして作った隠し子の足利直冬でしょう。
 この直冬は尊氏の長男である義詮よりも年上とみられていますが成人後も尊氏にはなかなか認知してもらえず、一門の頭数が足りないくらい忙しい時期になってようやく認知してもらえたものの、家督から外れるようにわざわざ当時は子供のいなかった弟・直義の養子にさせています。

 ただ尊氏の息子の中で、軍事的才能に最も秀でていたのはほかならぬこの直冬でした。尊氏と直義が争いだすや直義側についた直冬は各所で尊氏側の軍を打ち破り、特に九州・中国の西国では獅子奮迅の働きで何度も尊氏側を追い詰めています。尊氏としては何が何でも直冬が嫌いだったようで終生和解することはありませんでしたが、結果的に最大の敵を自ら、しかもヤンチャして作ってしまった辺りは皮肉な結果であり、若い頃のヤンチャは良くないものだという教訓になります。

2017年7月22日土曜日

ブログデザインの小幅変更

 前々から変えようかなと思っていたのですが、このブログのデザインを少しだけ弄りました。当初はもっと激しい変更を考えて最初なんか真っ青ブルースカイな背景を使ってみたりもしましたが、やはり発色が強く明るい背景だと目が疲れるというか文字が読みづらい印象を覚え、結局前とほとんど変わらず閲覧済みリンクテキストの色を少し変えたりした程度に留まりました。

 以前はそれほど意識しませんでしたが、きゆづきさとこ氏の漫画「GA 芸術科アートデザインクラス」では高校の芸術科クラスを舞台に様々な色の効果や印象について紹介しているのを読んでからというもの、前よりはこの方面に対して概念めいたものができてきました。さきほどの拝啓だとビビッドカラーは遠目にははっきり映るものの至近距離だとややきつく、またテキストを読む作業との相性も悪いため、比較的落ち着いた色を意識して選択しました。
 落ち着いた色としては茶色が割とベターですが、自分はやや錆がかったような朱色も悪くないと思え、これらの色に近い背景をまず選びました。この背景はあらかじめBloggerで用意されたものですが、なんていうかもっといいのなかったのかなという気がします。

 その後でテキストも、と言ってもこっちは基本的に以前のをほぼ踏襲する形で使ってますが、閲覧済みリンクが前だとやや区別しづらかったので、色をオレンジにすることでよりはっきりわかるようにしています。
 あとは地味に投稿記事部分、サイドバーの幅をほんのちょっと広げていますが、これはパソコンのモニター解像度が年々横に広がっているのに合わせただけで特に思想はありません。サイドバーはもうチョイ広げようかと思いましたが、実際広げてみると投稿記事部分を食うように目立ってしまったので結局わずかながらの広がりに留まりました。

 それにしても今日はほとんど家の中で過ごしましたが、リアルに最近の上海は外出るのが危険です。日中は40度にも達してますし、数年ぶりに猛暑というか夏らしい夏になっています。

2017年7月21日金曜日

求人倍率上昇に対する違和感

日銀の金融政策が景気拡大につながらなかった理由 企業マインドは国内投資より海外投資へ(NEWS PICKS)

 二度にわたって自分の記事の論評をやるのもどうかと思いますが、少し気になるというか激しい違和感が感じる点があるため語らざるを得ないでしょう。

 上のNEWS PICKSではなんかえらそうな先生方が私の記事についてあれこれ論評していますが、一見して私が感じたこととしてはなんか論点がずれたことを言う人が多いということでした。そもそも私は元の記事でアベノミクスについては一切触れておらず、あくまで金融緩和による投資促進効果はほとんどなく、むしろ資金の海外流出を招いている要素があるとだけ指摘したつもりでしたが、なんか記事を批判する方々は、「こいつはアベノミクスが失敗だと言っている!」という論調が多く、設備投資については何で触れないのかなというのが不思議に感じました。
 っていうか、真面目に全部読んでないのでは?「金融緩和」、「失敗」という見出しの単語だけ見て文句言われてるような気がしてなりません。

 その上で、現行の日銀政策とアベノミクスが成功していると主張する方々はその根拠をいろいろ挙げている中、強く違和感を感じたのは「アベノミクスで求人倍率は上昇し続けている」という意見でした。前々からこの求人倍率についてはどうして誰も指摘しないのか不思議でしたが、誇張ではなく本気で真面目に、この数字が上昇しているという意味について誰も違和感を感じないのでしょうか。自分だけがおかしいのか、日本にはまともな分析人材がいないのか、あまりうれしくない二者択一な気すらします。

求人倍率 バブル期超え 4月1.48倍、43年ぶり水準 (日経新聞)

 上のJBpressでは丁寧に書いたから上記のような反応が来たのかもしれず、中途半端に相手するのが良くないのかと思うので必要最低限で書くと、求人倍率がバブル期越えだというがなら何故バブル期並みに賃金は上昇しないのかと考えないのはおかしくないかと言いたいわけです。理由は言うのも馬鹿馬鹿しいですがで事業拡大に当たって人が足りないのではなく、今ある現状を維持するのにすら人(労働力)が足りていないからで、今の状態は景気がいいというより崖っぷちで労働力不足が経済の足を引っ張っていることを示すデータでしょう。
 もちろん失業者が世の中にあぶれるよりかは社会的にはいいでしょうが、この状態が続いても景気や経済や賃金は良くならず、むしろ求人倍率は今後も高まり続けて結構笑える事態になると予言します。多分その頃には、「雇用のミスマッチ」という単語で現状が糊塗されていることでしょう。このデータを見て経済が良くなっているとみるのは、まぁあれというか危険じゃないかってことです。

 皮肉な言い方をすると、狂人は一人でいいでしょう。今の日本が日本なら、自分はそれで構いません。

2017年7月19日水曜日

金融緩和記事に関するコメントについて

日銀の金融政策が景気拡大につながらなかった理由(JBpress)

 前回は面倒くさくてやらなかった、また自分が書いた記事へのコメントです。この記事は以前にもこのブログで理論だけ紹介した日銀の金融緩和は海外への資金流出を招いている恐れがあるという内容について、国内投資と海外投資を比較して具体的な論証を行った記事です。友人からも、「金融の記事だからアクセスは上がらないよ」と言われていた通りあんまアクセス数がよくなければ、Yahoo記事へのコメントもそんなに伸びていません。こっちもわかっていたことなので特に問題ありませんが、そこまで難しい内容を書いているわけではないのにちょっとハードルを挙げるとこうなる世間ってのが問題な気が。

 そんでもって恒例のYahoo記事へのコメントについてですが、結論から言えば読者とのずれを感じました。全体的にきちんと内容読んでないなと思う印象を覚え、金融政策、次いで現金についてメインで語っているにもかかわらずやたらと景気の話に触れるコメントが多く、特に違和感を覚えたのは「労働分配が悪いから景気が悪い」というような主張でした。
 全体的に一般従業員の賃金上昇が起こらない、ないから景気が悪いままという風に述べているのですが、私個人の率直な意見を申し上げると何故賃金が上がると景気が良くなるのかが結びつきません。私はこの記事で特に強調したのは国内投資、特に新産業への投資で、既存の従業員の給与上昇ではなく新規雇用こと雇用の拡大の重要性を訴えたつもりです。もちろん雇用拡大が後々賃金上昇につながるのですが、どうも普通の日本人と私とで投資に対する意味合いが違うのではないかという奇妙な違和感を感じました。なんていうか、日本人は「消費」でしか金の流れ、経済を見れないのかなと思いました。

 とはいえ内容が内容だけにとんちんかんなコメントは今回少なかったのは事実です。そんななか、目についたコメントは以下のものでした・

「要約すると、結論は、観光業以外先行きがない、何をやっても日本の経済はダメだ、もちろん金融緩和も、という記事。」

 この記事の結論は日銀の金融緩和は景気拡大にはつながらないであり、観光業についてではありません。観光業については末尾に書いていますがこれは結論ではなく補足で、また何やっても日本経済はダメだなんてことは一言も言っていません。知ったふりして記事を要約しているようですが、まともに文章を読めてないというのを露呈しているだけのコメントに見えます。
 ちなみにこのコメントで触れられている「観光業」という言葉ですが、これは末尾にて文字数が余ったのと、この言葉に触れた人間を一撃で殺すためのキラーワードとして敢えて入れました。どういう意味かというと、何故金融緩和や投資の話で観光業を持ち出したのか、その関連性に気付けるかどうかです。

 私はこの記事で日本には投資先がなく、また日系企業は海外投資を優先するが海外で得た投資リターンが日本になかなか還元されないという事態を指摘しています。その上で観光業くらいしか期待できるものはないと書いているのですが、この意味はというと観光業への投資は海外に一切漏れないからです。
 想像してみてください。日本の観光業を盛り立てる、成長させるための投資は一体どんなものになるかというと、国内の宿泊施設や土産物、飲食店など、すべて日本国内で完結する投資です。海外旅行客へのPRのためパンプレットなどを作るというのもある意味投資ですが、どちらかと言えばこれらは販促費であって、純粋な投資という意味では資金はすべて日本国内で流通します。

 またこうして行った日本観光業への投資によって海外旅行客が来た場合、基本的には日本国内で現金が消費され、とりっぱぐれなく日本に現金が落ちてきます。つまり観光業は投資からリターンに至るまで全部日本国内にお金が回り、なおかつ落ちてくるお金は外国の現金という地味に珍しい産業であり、意外とおいしい面が大きい産業だったりします。うまくいけばの話ですが。
 だからこそ海外流出の恐れがない投資先として観光業を挙げたのですが、ここまで読み込めている人は果たしているのか、ハードルを上げ過ぎているのか期待しすぎなのかいろいろと考えがこみ上げてきます。

2017年7月18日火曜日

日野原重明氏の逝去について

 既に各所で報じられているように、聖路加国際病院名誉院長である日野原重明氏が御年105歳に手逝去されたとのことです。
 「生涯現役」をリアルで貫き、90歳を超えて医療の現場で常に立ってこられるなど有言実行の徒であるだけでなく、ユニークな人生観の持ち主であったことから、大往生とはいえその逝去には私も一抹の寂しさを感じさせられます。私の中でタフな人とくれば水木しげるとこの日野原氏でしたが、いつか来るとは言え両名ともがこの世を去る時代に至ったことにはいろんな思いが浮かんできます。

 日野原氏についてはこれまでもこのブログで何度も取り上げており、特に文字通り魂を込めて書いた「地下鉄サリン事件、医療現場の奮闘」の記事(今見たらものすごいアクセスが上がってきてます)では、老人の心配性だと揶揄されつつも治療したくともできなかった戦時中の体験から、チャペル内にすら酸素吸入器を導入するなど聖路加国際病院内のあちこちに医療用設備を配備していたことが功を奏し、地下鉄サリン事件で出た大量の急患を受け入れた話を紹介しています。
 世の中、いざって時の対応がなかったり、していてもあまり役に立たなかったという例も少なくありませんが、この日野原氏と聖路加国際病院の取り組みはまさにいざって時に備え、いざって時に機能を見事果たした例だったと言え、このような事態を想定していた日野原氏はまさに慧眼の持ち主だったと言えるでしょう。

 日野原氏を語る上でもう一つ忘れちゃならないのがよど号ハイジャック事件です。今回の訃報と合わせてこの時のことについても取り上げている記事がありますが、それら記事でも報じられている通りに日野原氏はこの事件に遭遇し、犯人らが乗客へ暇潰し用に本の貸し出しを行ったところ怖がって誰も求めない中、日野原氏だけが「カラマーゾフの兄弟」を借りて読んで「面白かった」という感想を後に述べるなど往時から面白いエピソードに溢れています。

 このよど号ハイジャック事件について私の方からやや特別な内容を書くと、本当に昔ですが文芸春秋でこの時の体験について自ら語っていたことがありました。その記事によると、ハイジャック犯の中には東大医学部に通っていた小西隆裕がおり、日野原氏は当時東大医学部で講義を持っていたことから、「なんか見たことあるな」と思って本人に、「東大にいなかったっけ?」と実際聞いたりしたそうです。小西の方でも、「うわ、日野原先生じゃん」とわかってたそうで、本人に聞かれても、「いや、初対面っすよ」とごまかしていたと書かれてありました。

 またメンバーの中に関西弁を使う人間がいたことから、「なにお前、同志社なの?」と、こちらも本人に聞いたそうです。何故関西弁を使うから同志社だと判断したのか不思議ですが、不思議に感じる一方で当時からそうだったのかなと妙に納得する面もあります。実際、よど号メンバーにいる若林盛亮が同志社の学生でしたが、日野原氏が尋ねた相手は若林ではなく確か大阪市大出身の赤木志郎だったようなことが書かれていました。

 日野原氏については他にも紹介するべき内容に溢れているものの、恐らく他の執筆者も書くであろうから、敢えて自分にしかなかなか紹介できないように限ると上記の通りとなります。その価値観、実績、生き方のどれをとっても模範となるべき人間で、亡くなったことは非常に惜しく感じるとともに余計な延命治療をせず大往生を遂げられたことはまさに有言実行であったと称えるべき人生でしょう。改めて、この場にてご冥福をお祈り申し上げます。

2017年7月16日日曜日

正常な判断の利かない経営者

 結論から書けば、日本の中小企業にはもはや正常とは言えないレベルで判断力がおかしい経営者が多にも関わらず、変な感じで会社が生き残ってしまうから社会全体で効率悪いと私は考えています。

 経営者が頭おかしいといえば、多分一定のサラリーマン層は「そらそうや」と思うかもしれませんが、ブラック企業を見ているか否かでその言葉の重みは変わってくるでしょう。一例を挙げると、昨日元同僚と会って食事をしていましたが、なんでも中国の駐在手当てが何故か国内の単身赴任手当より低くなっていたと言っていました。またその人がすべて交渉して取りまとめた実績が何故かその人の実績とはならずに貿易事務をやっている人の功績になり、月間売上を就任前と後で1000万円くらい増やしたにもかかわらず何故かボーナスまで減らされたそうです。早く辞めて別の会社行けと言ってはいるものの、「家から近いし」というのでまだしばらくは続けるそうです。

 こうした例はなにもこれだけに限るわけではありません。私も夢想家ではないの世の中不条理と悲劇に満ち溢れていることは重々承知ですが、意識してか知らずか明らかに会社を誤った方向へ導く判断を繰り返す経営者が日本の場合は特に多く、何故この手の人間が淘汰されずに生き残ってしまうのかが不思議な上に、逆を言えば淘汰される仕組みがないから日本の景気も悪いままなのかもなと思えてきました。
 本当に些細な点でもやるとやらないとでは全然違うのに、どうして売り上げを増やそうとすることに努力しないのかと思う会社が多くてなりません。具体名を挙げるとニトリはこの前上海でベストバイがあった大型店舗を使って新規オープンしましたが、以前テーブルを購入したところ組立説明書が日本語しか書いて無く、本気でこいつら中国で売る気あるのかと疑問を覚えました。これならぎこちなく誤字も多いが、頑張って日本語でメニュー書いている飲食店の方が努力しています。

 このほか例を挙げて言ったら切りがないですが、東芝や三菱自動車、日本郵政、シャープの元経営者らはわざと会社を潰そうとしているのかと思うくらい頭のおかしい判断を繰り返していました。シャープに至っては最終的に鴻海に買われてよかったよかったですが、仮に最初の交渉時に素直に当時の株価で身売りしていれば、シャープに入ってくる現金は最終的な投資額の3倍だったともいわれ、無駄に時間をかけて価値を落として売ったようなもんです。まぁそれが狙いだったというのなら何も言いませんが。
 三菱自動車についても、燃費不正発覚時の社長は技術畑出身ということもあって待望された社長でしたが、過去に上司の命令を聞く振りして極秘で電気自動車「アイ・ミーヴ」の開発をやっていて「我々技術者の努力の賜物だ」と自慢していましたが、見方を変えれば現場が経営陣に従っていないのが常態で、さらにそれを自慢するような内部統制がまるで聞いていない風土であったことが見て取れます。しかもその「アイ・ミーヴ」自体がセールスとしては失敗作と言わざるを得ず、さらにこんなことやらかす人が社長に就いてしまうというのも私としてはあり得ません。

 「プロ経営者」という言葉が「ユビキタス」などの言葉同様に一時期出て、そして今はあまり聞かれませんが、真面目に日本はもっと経営者の能力を比較し、ダメな経営者と優秀な経営者をしっかり見分けられるようにしなきゃダメでしょう。はっきり言いますがダメな経営者がいればいるほど社会的にはマイナスで、この手の輩を如何に社会から追放するか、敢えて過激に言えば抹殺するかというくらいの勢いで潰さないと、真面目に日本の未来はないと思います。多分この問題を軽く考えている人は多いと思いますが、労働組合制度が全く機能しない今の日本の現状ではせっかくある資産をダメな経営者がヒアリの如く食い潰していくだけです。
 自然淘汰されないというのなら、直接間引くしかない。JALは破綻して初めて改革が行われ、ある意味で「プロ経営者」と言える稲森和夫氏の手腕で再生されましたが、稲森氏なくても自然に再生される、自然に経営陣が淘汰される仕組みこそ日本が作らなければならない課題でしょう。

2017年7月14日金曜日

このところ急上昇してる記事

何故戸籍制度はいらないのか
他人事ではない欠陥住宅訴訟

 どっちも自分の過去記事ですが、何故か今になってアクセス数が急上昇しています。上の戸籍制度の記事に関しては2009年の、自分がまだ髀肉の嘆をかこってた頃の記事だというのに。
 急上昇している理由は簡単に想像できます。戸籍制度は「R4」、「脱法ハーフ」こと蓮舫代表の無責任な発言によるもので、下の記事はこのところ猛威を振るっている松居一代氏の影響でしょう。

 松居一代氏については自分もなんか怖いのであまり記事とか発表を追っていませんが、蓮舫代表については最初に「戸籍を見せる」と言わなければそれまでだったのに、いったん見せると言ってからやっぱ見せないと発言を翻すなど、わざと民進党の支持を落とそうとしているようにしか見えません。そもそも戸籍公開が差別につながるとかいう発言も意味不明だし、政治家であればプライバシーはほぼ存在しなくなるということを考慮すると身勝手な物言いとしか言いようがないでしょう。
 そもそも論を言えば、戸籍じゃなく公開が求められているのは国籍変更時期です。戸籍謄本の国籍変更時期の箇所だけ見せればいいだけで、ここまで抵抗するということはやはりすねに傷があるというかクロなんでしょう。

 ちなみに戸籍と言えば実は今週、パスポートの更新のために上海領事館に行って手続きをしてきました。この時申請書に本籍地を書かなきゃいけないのですが、私の場合は祖父の遺言で何故か大阪市梅田に本籍が残っているため詳細な住所がわからず、わざわざ左遷先の名古屋から岐阜に旅立った親父に確認して聞き出しました。
 それにしても、パスポート更新を海外でするほど海外に定住するなんて10年前には全く思いもしませんでした。上記の2009年も日本で就職した会社で正直燻ぶっていましたが、よくもまぁ現在の自分の立ち位置にまでこぎつけたものだと我が身ながらその波乱ぶりには呆れてきます。っていうか最近、自分の本業ってなんだっけとマジでわかんなくなるから怖いです。

2017年7月13日木曜日

伝説の女性飛行士にまつわる報道について

伝説の女性飛行士イアハート、日本軍の捕虜に? 新たな証拠写真
女性飛行士イアハート「生存写真」、消息絶つ数年前に撮影 専門家(AFP=時事通信)

 少し目についた報道だったので触れておきますが、正直言ってどうしてこんな内容を時事もわざわざ報じるのか理解に苦しみました。記事内容は米国で伝説的な女性飛行士であるイアハートが1937年に消息不明となった事実について、遭難ではなく日本軍に捕虜にされていたのではないか、この写真がその証拠だ、と報じているものです。結論からいうと裏取り取材をするまでもなく事実としてはあり得ず、AFPが報じたからと言ってそれをそのまま和訳して報じる時事通信は何を考えているのだと呆れました。

 この報道が明らかに事実でない根拠は行方不明となった時期が1937年であるという点です。この時点で日本は米国はおろか、中国とも戦争を開始しておらず(行方不明から数日後に盧溝橋事件)、わざわざ著名な米国人女性飛行士を捕虜にして監禁する理由なぞ全くないからです。保護したのだったら普通に米国まで送り届けるに決まっており、一体何故捕虜にしたという説が流れたのかまったくもって理解に苦しみます。
 上のリンク先は初期報道、下のリンク先はその報道に疑義を呈すもので、案の定というか写真自体も1937年より以前に撮影されたものであるとほぼ確定のようです。っていうかなんでこんないい加減な主張の裏取りまでしなきゃならないのか、あほみたいな話ですしそんなあほみたいな話を何の注釈もなしに報じる時事も時事でしょう。ここはたまに呆れた報道をすると思っていましたが未だ変わりなくて何よりです。

 ちなみに少し言及した裏取り取材ですが、これは「発表、報じられた内容が本当に真実であるか」を確かめるための取材です。その裏取り取材について今、「『南京事件』を調査せよ」という本を読んでいますが、この本の作者である清水潔氏こそこの方面の第一人者で、まさに取材の鬼だと私は思います。同じく取材が非常に執拗であることに定評ある方として佐野眞一氏もいますが、程度でいえばやはり清水氏の方が明らかに上回っているように思え、その取材に欠ける執念たるや誇張ではなく異常者と言っていいレベルでしょう。
 これまでの経歴からもそうした徹底した取材ぶりの片鱗が見えますが、今読んでる本でも南京攻略戦に従軍した兵士の書いたスケッチ、事件前後の南京周辺を映したとされる写真を手に取るや、その背景に写っている地形や山の尾根が一致する場所を現地で探しだしてしまうという相変わらずの執拗さを見せています。

 ただ清水氏もこの件の取材については正式開始前、その想定される困難さから「こりゃ難しそうですね」と漏らして暗に中止を訴えかけたものの、横でそれを聞いていた上司が翌日ほかのメンバーを前に、「清水君がやる気を出しているからみんなで頑張ろう」的なことを言って梯子を外すどころか補強されてしまったというエピソードが載せられてました。思うに、この上司は清水氏の性格と能力をしっかり把握しているんだろうなという気がします。

2017年7月12日水曜日

自分に記者になるよう勧めた塾講師

新手の新興宗教

 私が学生だった頃、帰省中の私に対しお袋が、「(私の姉が)早く公務員になればいいのにと言っていたよ」と、暗に公務員を目指すよう勧めてきました。これを聞いたとき私は口には出しませんでしたが、(そこそこ長く自分と関わっているのに、自分の本質を何一つ理解してないんだな)というあきらめに近い感情を覚えました。
 直接私を知っている人間なら話は早いですが、リアルに公務員のことを「公僕」といえば警察官に対しても「国家の狗」と言って憚らないくらいに公務員に対するアレルギーめいた反感が強く、なおかつ型にはまった仕事を明らかに苦手としている私に公務員を勧めるなんてちゃんちゃらおかしい話です。実際周囲の友人も、「花園君は公務員だけは絶対になってはダメだ」とおくびもなくいってきました。まぁ中には、「まぁ性格的に大企業も絶対無理だろうけど」という奴までいましたが……。

 そういう意味では記者職、特に今やってるような半ばフリーで活動するような形が自分にはフィットしているのでしょう。この記者というかジャーナリストになろうと思ったのは中学二年の頃で、当時の塾講師に勧められたことがきっかけでした。
 当時から小説を書き始めた私は漠然と会社勤めよりフリーな立場で仕事したいと思い、小説家を目指そうと中一の時点で認識していました。そのことをマンツーマン教室で教えてもらっていた当時の講師に話したところ、「小説家は売れなければ食えないから、文章で書く仕事であり小説を書く機会もあるから記者になれ」と言われてから記者という職を意識するようになりました。。

 当時はまだ中学生で将来やりたい仕事があるとはっきり言えば格好いいというようなイメージもあって周りにも将来は記者になると言って憚りませんでしたが、高校時代も小説を書いて小説家を目指しており、どっちかっていうと妥協的な職業という認識でいた気がします。ただ高校時代から小説の傍ら評論文を書くようになり、やはり小説書くよりも物事をわかりやすく説明する、分析する方面で自分の能力は優れているかもという実感を持ち始め、大学に入ったころには小説家へのあこがれはもうほとんどなくなって記者以外になろうという考えはあまりありませんでした。

 こうして考えると、あの塾講師が記者になれと言わなかったら自分はマジでどうなっていたのかと思えてならず、地味に大きなアドバイスだったと今更ながら思えてきます。それにしてもまさか当時は本当に記者になれるとは思わず、新卒でマスコミ業界に入れてもらえず一度はあきらめたものの、中国で裏技的に編集職を得て経験を積み、環球時報にまで記事が引用されるようにまでなるとは物事というのはわからないものです。
 なおその恩人ともいうべき講師は当時早稲田大学に通う学生で、第一印象は当時流行の茶髪ロン毛だったことからチャラい人かなという感じでしたが、根は割とクソ真面目な人で、実際に自分の将来を考えてああしたアドバイスくれたのだと思います。また早稲田出身はジャーナリストが多いということも教えてもらったのと単純にその講師の後輩になりたかったことから一時は私も早稲田進学を志望しましたが、それからすぐに広末涼子氏の早稲田大学入学事件が起こり、その講師自身が私に、「早稲田には来るな。そんな価値はない」と言って止めるようになりました。本当に変なところでクソ真面目な人だった。

 その講師とは別ですが、高校時代に通った予備校の講師に一回原稿を見せたところ、この講師は小説家をそのまま目指すようにと期待されました。曰く、「坂口安吾の系統だなお前は」で、当時は何とも思いませんでしたが年取るにつれて白痴論が正しいように思えてくるあたり、この講師も私のことをよく理解してくれていたのだと思えてなりません。

2017年7月11日火曜日

冷やし中華はいつ始まったのか

 昨日同僚と一緒に近くのラーメン屋に行ったところ、「冷やし中華、はじめました」という言葉がメニューの上に踊ってたので頼んで食べました。麺を太麺にしたのがやや失敗でしたが一応はおいしかったです。
 その際に同僚と話をしたのですが、一体いつからこの「冷やし中華、はじめました」というキャッチコピーが使われるようになったのかが少し気になったわけです。ちなみに中国で冷やし中華は「冷中華麺」と書きますが、そもそも冷やし中華は日本発祥で中国には存在しなかったのを考えるとこの訳もいろいろ思うところがあります。

 話は戻りますが上記のキャッチコピーは何もこの店に限らず日本全国どこでも使われており、地味に浸透力の高いキャッチコピーの一つとしてみることができます。例えるなら「土用丑の日のウナギ」に匹敵するレベルで、冷やし中華を始めることと本格的な夏シーズンが到来したことを浮かばせるコピーとなっており、誰が言い出したかは知りませんがここまで広まるのだったらついでに自分の名前も平賀源内みたく売り出しておけばよかったのにという気がします。
 このコピーについて同僚とも少し話しましたが、「始まるのはいいんだけど、冷やし中華終わりましたってコピーはねぇよな」などと、始まりがあるものには必ず終わりがあるという自然原則に反しているのが私としては気になります。毎年夏が来るたびに始まってばっかで誰に知られることもなく終わってはまた夏になって始まるという無限のループが、冷やし中華を取り巻いていると思うとなかなかに因果なものを感じます。

 それにしてもやはり食品についてはキャッチコピーが付くと強くなるものだとも覚えます。先ほどのウナギにしろ、季節と絡めればシーズンごとの大幅な出荷が見込めるわけで、そうしたものを促すコピーを作るというのはなかなかに偉大な仕事でしょう。
 なお以前にも少し書きましたが、近年はこうした世間に浸透するようなキャッチコピーが減りつつあるというかほぼ聞きません。昔はゲームソフトなどでいろんな名キャッチコピーが生まれましたが最近だとゲームでもそういうものは聞かれず、一時期は人気職だったキャッチコピーライターも最近は存在しているのかと疑うくらい目にしません。

 なおコピーとは違いますが記者の腕が問われるのは記事文章はもとより見出しのつけ方です。特にネット記事については見出しでアクセス数が決まると言っても過言ではなく、如何に限られた文字数でドキッとしたり目を引くような言葉を盛り込めるかは実力が左右するところです。
 私が書いているJBプレスの記事ではまずは「中国」という単語を入れるようにしていますが、やはり「中国」と書いているだけで間違いなくアクセス数は上がります。その上で比較的刺激的且つ挑発的な言葉を入れるとさらに上がるわけですが、実は最近見出しつけるのが下手になってきてJBプレスの編集部にちょくちょく直してもらってたりします。

 また話が変に戻りますが以前はゲームソフトで名キャッチコピーが良く生まれてました。敢えて自分もこれに乗っかるというか最近非常にはまった「ルフランの地下迷宮と魔女の旅団」にキャッチコピーをつけるとするならば、「魔女と幼女と迷宮と、エロス溢れる人形兵たち」かなぁ。既存のキャッチコピーで一番うまいなと思うのは「サイレン」の「どうあがいても絶望」ですが。

2017年7月9日日曜日

昨日書きそびれた内容

 昨日の記事で小泉進次郎氏を取り上げた際、オチに持ってこようとしていた話を書きそびれていたことに今気が付きました。

 どんなオチを考えていたのかというと、進次郎氏は割とイケメンながらそこそこ年齢も上がってきたこともあって、なんとなくスーツ姿を見ていると「売れずに年齢重ねてしまった芸人」っぽく見える時がたまにあり、演説の際に聴衆を弄る(=客弄り)のも得意なんだからなんかの機会に漫談でもやってくれないかと密かに期待しています。
 漫談の内容は折角議員なのだから身内ネタことやはり政界を茶化す風刺ネタをやってもらいたいところです。それこそ何かにつけて「忖度忖度……」と言い続けて、ツッコミをする際は「違うだろ、このハゲ!」みたいな形で相方を叩いたりしてくれればいうことなしで、真面目に一回でいいからこれ見たら安心して成仏できるような気がします。

 ちなみに政治ネタのコントに関して、最近一部のお笑い芸人がえらく真面目に政治や社会について意見を発信することが増えていますが、個人的に私は非常に不満です。というのも芸人だったら茶化すように風刺し、聴衆に別の観点を見せてなんぼであって、政治や社会について真面目に語るなんて言うのは仕事放棄もいいところではないかと勝手に考えています。如何に真面目な問題について面白いことを言うのが芸人の仕事だというのに、真面目に答えることに違和感ないのかと非常に疑問です。
 そういう意味で昔から政治お笑いコントグループのザ・ニュースペーパーが気に入ってたりします。最近は日本のテレビ見てないから知りませんが、もっと地上波で取り上げられるべき存在なのではないかと思うのですが是如何に。


2017年7月8日土曜日

次の総裁選のキーマン


 市内でシビックType Rを見つけたので撮影。左下に指入ったの撮影当時は気づかなかった。
 微妙にフロントグリルが今度日本で発売するバージョンと異なっていて果たして本物かやや疑念はあるものの、車体やサイズなどは明らかにレースカーです。どちらにしろ、既にこうして中国で納車されているというのがちょっと驚きです。

 話は本題に入りますが、来年行われる自民党総裁選がこれまで通りとはいかない状況になってきました。説明するまでもなく安倍首相への支持率が下がっているだけでなく党内求心力もダダ下がりの状態で、前回は向かうところ敵なしの状態で再選を果たしましたが果たして次回はどうかといえば前回ほど楽にはいかないことは必定です。
 目下のところ総裁選に出馬してきそうな候補としては石破議員と岸田外務大臣で、特に岸田外務大臣は明確安倍首相からも後継候補として目されているものの、安倍首相からの禅譲を待たずに今回打って出るかが注目されています。私個人としては年齢もそこそこだし多少関係を悪くするにしても岸田大臣は一回は出てみた方がいいのではないかと思ってはいますが。

 仮に誰かしら候補が出て投票にもつれ込む場合ですが、その際に地味にキーマンとなるのは私が見る限り小泉進次郎氏です。言うまでもなく彼は党内外を問わず非常に人気があり、特に一般市民からは大人も子供もおねーさんもと言わんばかりに男女問わず幅広い年齢層から指示されていて、仮に彼が特定候補の応援に回るとしたら総得票の2~3割は動くのではないかとすら私は考えています。そしれ彼が応援に回るとした場合、彼が何を要求するのかも重要で、具体的には大臣ポストを狙うのかでしょう。
 そこそこ在任期間もついてきたので私としてはここで進次郎氏が閣僚入りするのもいいと思っています。自民党は恐らく、特に長老連中は彼を次の次の首相にすることを一つの切り札としてみているところがあり、このスケジュールに載せるのであればそろそろ大臣経験を積むべき時期です。速成させるなら官房長官ですが、さすがにこれは任が重いと思うのでその他の大臣で何かやるべきでしょう。

 こうした大臣ポストを総裁選での応援の代わりに要求するか、その逆に候補のどれかがこうしたポストで彼に応援を依頼するか、こう考えると必然的に彼が次の総裁選のキーマンことキングメーカーに近い立場を演じるのではないかと考えるわけです。もっとも、敢えてここで特定候補の応援に回らず中立を保つというのも一つの選択で、この場合ですと大臣ポストがいきなり得られるわけではないものの下手に特定候補につかず政策で選ぶなどという姿勢を示すことで市民からの人気はさらに高まる可能性があるでしょう。まぁこの辺は本人の選択次第なので私がとやかく言うべきものではないのですが。

 敢えて進次郎氏が誰かの応援を行うという前提で話を進めると、安倍首相が取り込みに成功した場合は十中八九で三選が決定でしょう。逆に岸田大臣が取り込んだ場合、真面目にどうなるかわからず、総裁選前後のスキャンダル状況によっては一気に安倍政権が終わる可能性もあるのではと思います。まぁ私としてはそこそこ長くやったのだし、制度疲労も起こしていて、なおかつそろそろ次代の政治家を育成する時期であることを勘がるとここで安倍首相は引くべきだと個人的には考えているのですが。

2017年7月6日木曜日

両足のマメと私の歩き方

 先週、既に革靴の底部と上乗部の一部がはがれるくらいに酷使していたので、古い革靴を捨てて新しい革靴を購入しました。なお中国の革靴についてですが友人曰く、「高くても安くても耐久性は同じ」とのことなので、その友人は安いのを買ってはすぐ履き潰しています。
 私もこれに倣ったというか、前回は200元(約3200円)の革靴でしたが今回は100元(約1600円)のを購入して今秋から履いていますが、何もこの革靴に限るわけじゃないものの新品でなじんでないことから今両足に半端ないマメができて歩行が苦しいです。

 私に限らず新しい革靴だと靴擦れなどで同じようにマメとか擦過傷ができる人もいるでしょうが、私の場合は多分人と違うというか何故か前足、それも足指の付け根辺りに大きなマメができます。こうなる理由というのも歩き方がおかしいせいで、具体的に言えばあまり膝を曲げずに腿も上げず、どちらかといえば足首を左右に動かすことですり足のようにして歩くからで、体重をかけた地面との接触面はかかとよりも前足にかかることが多いです。そのせいか靴下も爪先やかかとが破れることはほぼなく、上記の前足部にしか穴は空きません。

 一体何故こんな妙な歩き方しているのかというと、単純に早いからです。中学時代に様々な歩き方を通学路で研究して最終的にこの歩き方へと至り、その甲斐あって日本人相手に歩行で抜かれることはまずなく、っていうか一緒に歩いた人は悉く、「足が痛いんだけど……」と途中で私の速さについてこれずギブアップします。
 また中国人は平均的に日本人よりも歩行速度が高いですが、ここ上海でも後ろから歩いてきた人間に抜かれることはほぼ皆無です。昔は中国人は足が速いなと思いつつよく抜かれてましたが、今や自分の方が早くなってしまいました。

 ただそんな私でも、香港人にはリアルでガンガン抜かれます。真面目に歩行世界最速は香港人だと思え、次元の違う歩き方で異常なスピードを彼らは維持しています。

 もっとも両足にマメのある今の私の状態ではリアルに歩くことすらおぼつかず、今日なんか通勤中に杖が欲しくてたまりませんでした。オフィスで水をコップに入れに行くのすら辛かったし。
 最後に余談ですが、この前何の気なしにスニーカーの靴底を見たら、何故か前足の一点部だけ深く掘りぬかれており、一体どういう歩き方したらこんな靴底できるんだよと自分で呆れました。

2017年7月5日水曜日

今思うと理不尽だった陸上部顧問

 以前にも書きましたがまた今度書いてもいいなと思うネタとして、日本の教育は突き詰めれば子供の自我を徹底的に破壊した上で従順にさせるところに狙いがあるというものがあります。真面目な話、私は大半の日本人には自我なぞなく、その思考から行動まで自分がどうしたいかよりも周りと同じであるように振舞おうとするところがあり、だからこそ戦前もあんなむちゃくちゃな戦争ムードに流されたと考えています。

 その話にもつながりますが日本では上記の通り自我を取り除くという意識が強いことから、教師の指示には疑うな、ただ従えしかありません。ご多分に漏れず私も子供の頃は「あれ、変だぞ?」と思いながらも渋々従ったことが何度もあるのですが、今思い返すと小学校の頃の陸上部顧問は正常であるかどうか以前に非常にやばい指導してたなと思えてなりません。

 具体的にどんな指導したのかというと、全体練習で何故か片足ケンケンで数十メートル走らせ足りするなど、運動量はともかくとして体のバランスを崩させるような動作を何故か定期練習に組み込んでいました。また当時私は選択種目としてハードルを選んでいましたが、4月生まれとあって人より早く成長痛が来るようになり、ある日あまりの痛みからジャンプすることもままならなくなって顧問に「足が痛いのですが」と伝えたところ、「ハードルやってる人の宿命です」といってそのまま練習を続行させられました。
 今思うと、詳しい痛みの症状も聞かなかったばかりか成長痛起こしている子供にただでさえ足を痛めやすいハードルの練習を続けさせるなど、よくこんな了見で部活の顧問やってたなと甚だ呆れます。ちなみに結構症状ひどかったのでこの時期は病院に通って赤外線治療とか受けていました。

 この私の顧問に限らず、熱中症対策など明らかに把握しておくべき内容を把握していない運動部の顧問は世の中に多いと思います。しかし最近は顧問に対してもいろいろクレーム就くことが増えているは言え基本的に日本の教育は指導者への絶対服従を是とするところがあり、あからさまに間違った、具体的に言えば体を壊すような指導をする人間は本人の自覚もないまま指導を続けてるんだと思います。
 あまり反逆的なことを言うべきではないものの、やはり指導に関しておかしいと感じたらその気持ちは簡単には捨てず、自分の体を守ることを第一に考えて指導者を疑うべきでしょう。どうしてもそのスポーツを続けたければ外部のクラブに入るといった選択肢も入れるべきで、唯々諾々と従うべきではないと主張したいです。

2017年7月3日月曜日

皆殺しの百合子

 昨日の都議会選挙は小池新党こと「都民ファーストの会(トファー)」が案の定大勝するという結果に終わりました。もっとも選挙前にこの結果は十分予想されており、むしろ予想できなければやばいというレベルなくらいに確実な結果だったので何の驚きもなく、勝因敗因分析とかもあらかじめなされているので私の方からは特にこれといって何か言うことはありません。
 強いて言えば、そもそも都議会選挙は公明党を除けばそこまで重要度の高い選挙戦ではないにもかかわらず、自民党が小池潰しのためにやたらと力を入れ過ぎて準国政選挙並みに注目度や重要度を高めてしまい失敗した感があります。やるんだったら「都議会選挙は都議連に一任してます」と言い切って、安倍首相も応援演説とか一切しなければよかったし、いわんや稲田防衛大臣といったところでしょうか。

 そんなわけでこの都議会選挙についてはブログで書くことはないなと内心思っていたのですが、今日ふと観点を変えてみたところとんでもない事実に気が付きました。その事実というのも、小池百合子都知事と対立した政敵はほぼ例外なく返り討ちに遭い、辞任が引退に追い込まれているという事実です。
 百聞は一見に如かずなので、これまで小池都知事が切り伏せて来た面々は以下の通りです。

小林興起(郵政族議員):。2005年郵政選挙で刺客候補としてきた小池氏に敗北し議員落選。
守屋武昌(防衛事務次官):2007年に小池防衛大臣と刺し違え退官。後に収賄罪で逮捕。
石原伸晃(自民都連会長):2016年都知事選敗北の責任を取り都連会長を辞任。
内田茂(都議会のドン):2017年に小池都知事と対立し都議引退。
下村博文(自民):2017年都知事選敗北の責任を取り都連会長を辞任。
松原仁(民進都連会長):2017年都知事選敗北の責任を取り都連会長を辞任。
川井重勇(都議引退):元都議会議長、2017年都知事選で落選。

 自分が知る限り上記の面々は皆すべて小池都知事と明確に対立し、その結果として役員辞任や議員落選、果てには引退まで追い込まれています。もしかしたらほかにもまだまだいるかもしれませんが、総理総裁や党首の地位ならまだしも都知事クラスでこれほどまで多くの政敵と渡り合い、なおかつすべて斬り伏せてきたいう戦績はどう考えても異常です。
 そもそも小池都知事が全国的に脚光を浴びたのは2005年の郵政選挙で落下傘候補、いわゆる刺客候補として立てられた時からで、そう考えると彼女はこの時から「政界の殺し屋」としてのキャラを確立させていたのかもしれません。なお今回の記事見出しを考えた時は「皆殺しの百合子」のほかに、「殺し屋百合子」「スナイパー・リリー」などの言葉も浮かんでどれにするか少し悩みました。

 個人的に小池都知事の上記抹殺リストの中でとりわけ印象深いのは守屋事務次官との対立です。この時に小池都知事は防衛大臣をしていてその大臣職を辞職する代わりに無理矢理と言っていいくらい強引に守屋事務次官を辞めさせたことから当初は「強引な手法」、「自分勝手」、「ケンカしすぎ」などと批判されていましたが、退官直後に山田洋行事件で守屋元次官が逮捕されるや早めに対処しようとした小池氏の判断、並びに自腹を切る行動は評価され、私としても胆力のある人だと感心させられました。
 なおこの山田洋行事件について平沢勝栄議員が、「この事件で一番わからないのは、(守屋元次官が)嫁と一緒に接待ゴルフに行っていたことだ。ストレス解消どころかストレス溜めるだけだってのに……」と言っていたのが印象深いです。

 私見ですが、小池都知事は政治家としての地力やメディア対応力などそこそこ見られる能力を持っているとは思うものの、一番恐ろしいのは強運とはまた少し異なる、一旦波に乗ったらもう手が付けられなくなるくらいの実力を発揮する点だと思います。野球に例えればヤンキースの田中のマー君みたいなもので、普段もそこそこ実力があるものの、エンジンがかかりだすやもうどうやっても止められないような突破力こそがこの人の最大の武器でしょう。
 そう考えると、前回の都知事選でわざわざ推薦を求めてきたにもかかわらず無碍に扱い敵にしてしまった自民党都連、並びに自民本部はつくづく馬鹿な判断をしたものです。都連が推薦をどうしてもしないとしても本部だけでもパイプ作っておけば全然状況は違ったというのに。

 それにしても小池都知事は残りの政治家人生であと何人を政界から葬るのか、最低でも二桁は乗っけてほしいなと密かに期待しています。

2017年7月2日日曜日

第二次長州征伐の取り扱いについて

 今日まで「ラーメン大好き小泉さん」の1巻が10円というセールがされていたのでマルクス主義的に(=意味なく、空虚な)購入しました。同じ作者の鳴見なる氏による「渡くんの××が崩壊寸前」は以前にも読んでいましたが、この作者は表情の描き分けが別格と言っていいほど優れており、実質的に表情の描き分けが最重要なグルメ漫画とはやっぱ相性がいいなと感じました。なお「渡くん~」については巻末の予告が毎回詐欺もいいくらいに一致せず、話づくりに関しては下手だと評価してます。
 さてさて梅雨の期間一ヶ月を経て久々に自転車で1時間走行したら脱水症状で死にかけ昨日はブログ更新できなかったのですがそれは置いといて、ちょっと真面目な歴史解説をしようとネタを探った結果で思い当たったのが第二次長州征伐でした。

長州征討(Wikipedia)

 長州征伐というのは幕末に禁門の変を起こした長州藩に対し、幕府が朝廷の命を受ける形で諸藩に動員号令をかけて行った征伐です。もしかしたら小さいものとかでほかにも存在するかもしれませんが、私が知る限り幕府がこの時動員をかけて兵を起こしたのは1637年の島原の乱以来で、実に200年ぶりとなる戦争行動であったと考えられます。
 歴史の授業でもきちんと解説されているので知っている方も多いでしょうが長州征伐には二回実施されており、一回目となる1864年の第一次長州征伐においては諸藩の兵が動員されて実際に長州藩の目の前まで進軍したものの、禁門の変の活躍から最高軍事指揮権を委ねられた参謀の西郷隆盛自身が長州藩の実力を惜しみ、斡旋活動を行ったことによって実際の開戦前に藩主の毛利敬親が謝罪、並びに三家老の斬首をすることによって攻撃は取りやめになりました。

 今回この記事で取り上げたいのは1866年の第二次長州征伐です。一度は謝罪したものの依然と幕府の要求に応じない長州藩を叩くため二度目の動員がかけられたのですが、この時既に薩長同盟が成立していたことから薩摩藩箱の動員に拒否したばかりか、外国との取引を禁じられていた長州藩へ密かに名義を貸して大量の武器を購入させるなど暗に支援する有様でした。
 開戦前に話し合いで決着した第一次とは異なり、こちらの第二次では実際に火蓋が切られ、中国、北九州地方で諸藩連合と長州藩が激突しましたが、兵力で圧倒的に劣る長州藩が各戦場で悉く勝利し、また一向に勝機が見えない状況で14代将軍徳川家茂が逝去したこともあり、幕府軍はこれを口実に撤退したことで長州藩の圧勝に終わります。

 以上が主な歴史的事実ですが、私がこの第二次長州征伐についてこのところ思うこととしてはやはり歴史上での扱いが小さすぎやしないか。戊辰戦争は鳥羽・伏見の戦いから始まったということになっているが、明治維新にかけての革命戦争はこの第二次長州征伐からと始まったと考えるべきではないかと思うわけです。
 確かに朝廷の勅許を得てからの討幕戦争という意味では鳥羽・伏見の戦いからですが、徳川幕府VS長州(+薩摩)という構図は既にこの第二次長州征伐の時点でできており、なおかつそれまで日本を支配してきた徳川幕府が圧倒的兵力差で攻め込んだにもかかわらず惨敗するという結果はインパクトがあり、恐らく当時の人々の間でも「幕府の力はここまで衰えたのか……」とはっきり認識するに至った大事件であったように思われます。
 敢えて例えるなら、現代の米国軍がアーカンソー州軍に撃退されるような事態だったと言えるでしょう。何故ここでアーカンソー州がでてくるのかは私にもわかりません。

 このように考えると、一連の討幕戦争はこの第二次長州征伐から始まったと考える方が筋であるように思われ、同時にその歴史的意義も、騎兵隊という農民中心の部隊が武士の部隊相手に勝って見せたという事実も相まって、その重要度は今の日本史における扱いでは小さすぎやしないかと言いたいわけです。

 なおこれは私の勝手な推察ですが、恐らく薩摩藩もこの第二次長州征伐を見てそれまでの公武合体から本気での討幕に意識を変えたのではないかと思います。薩摩藩はこの長州征伐において陰で長州を支援するものの傍観者の立場で、恐らくはある程度戦況が込み入ったところで再び和解斡旋に動いてその発言力や地位を高めようとしていたのではと考えられますが、思ってた以上に幕府が惨敗し、もうこれなら長州と組んで幕府に取って代わろうと、ここで考えたのではないかという気がしてなりません。仮にそうだとすると、薩摩藩は非常に強かな外交戦略を作り実行していたということになります。

 まとめますと、鳥羽・伏見から始まる戊辰戦争はその時系列的な意義から考えると第二次長州征伐からカウントすべきではないかというのが私の意見です。もっともそうなると年号がずれるため「戊辰戦争」とは言えなくなってしまうのですが、討幕戦争、明治維新の始まりという意味ではやはりここがスタートであるべきではないでしょう。

2017年6月29日木曜日

稲田防衛大臣の「防衛省として応援」発言について

 昨日は疲労から記事書けなかったので報道から1日遅れですが、例の稲田防衛大臣の発言をみて思ったこととしては、「これサッカーなら値千金のオウンゴールだな」ってところです。よくもまぁ都議選を直前にしてこれほどまで自勢力を苦しませる目も眩むような一手を打てるものだと感心するレベルです。

 話をまじめに戻すと、やはりこの発言は見過ごせません。稲田氏については元々資質もなくただ戦前回顧という趣味(趣味であって思想ではない)が安倍首相に気に入られているだけで政治家、というより公人としては相応しくない人物だと私は見ており、森友学園問題や日報問題で案の定ぼろを出していました。しかし先の問題と比べて今回の発言は明らかに防衛相を私物としてみているとしか思えない発言で、実際にそう思っているのでしょうが、非常に危険な思想であることはもとよりそうしたことをうかつに口に出す節操のなさは、自覚していないのであれば本当にどうしようもないレベルでしょう。
 それにしてもここで麻生財務大臣が豊田真由子議員に向け先に言った、「あれ女性ですよ」という発言を稲田大臣にも言えたら、凄い説得力感じるとともにマジリスペクトするところなのですが。

 話をもっかい戻すと、やはり今回の発言で一番割を食ったというかダメージがでかいのは安倍首相で間違いありません。このところの自民党議員の不祥事、ひいては自身の森友、加計問題も相まって国民の支持率はおろか党内の求心力すら落ち込み、実際に現時点においても稲田議員の処遇について、ほかの不祥事を起こした議員は離党させたり降格させたりしているのに何故かばう上に留任させるのかと、党内からも公然と非難する声が出てきています。
 前々から思っていますが、安倍首相はびっくりするくらい人を見る目がないというか問題を起こしそうなやばい奴ほど引き立てようとするのが理解に苦しみます。稲田議員なんて普段の発言からみても戦前を礼賛するように見えその実、何も中身が伴っていないというか口先だけの上っ面だけなのが分かるというのに、どうも安倍首相はそうではないとみていたようです。

 また女性という点についても、世の中には優秀な女性はたくさんいるというのに野田聖子議員(総裁選に出馬しようとしてからは極端に冷たくなったが)やドリル小渕議員など、明らかに異常者と思えるようなレベルの女性ばかりを引き立て、私が非常に頼りになると考えている小池都知事にはそっけなくしたため今脅かされるような始末になり、重ね重ねになりますが何故こうも人を見る目がないのか不思議でしょうがありません。

 ただ今回の稲田議員の鮮烈オウンゴールについては時期的にやや同情します。言うまでもなく現在は都議選の直前であり、仮に本気で安倍首相も問題だと感じたとしても、ここで大臣職を更迭させれば選挙にマイナスイメージが出るのは必至で、かといって留任させても非難の材料となってしまいます。選挙のことを考えれば即更迭は確かに難しいと私は思いますが、それだけに稲田議員のこの狙いすましたかのようなタイミングには逆にほれぼれしてしまいます。
 なお自分はこのタイミングについて、2009年時の選挙戦における赤城徳彦農水大臣(当時)の再来ではないかと思い出しました。この人もまぁ「狙って自爆してるんじゃないか?」と思うくらいに不祥事のオンパレードで当時自民党を大敗させた一因というか主犯でしたが、この赤城元大臣同様に稲田大臣も都議選後は多分降ろされるでしょう。本当に降ろすべきだったのは先の日報や森友学園問題の時であっただけに今更ですが、さすがに今度降ろさなければダメージがますます広がるのは確実です。
 まぁここだけの話、稲田大臣を更迭させずとも今回の一件のダメージを回避する方法は全くないわけじゃないのですが、稲田大臣本人がそれを選択することはないでしょう。

 今後の展望ですが、都議選は間違いなく小池新党が圧勝し、これによってオリンピックに関する準備や運営で都側の発言権が増すだろうと考えられます。これまでとは発言権がないにもかかわらず責任ばかり膨らんでいたので、少なくとも現況よりは状況は好転します。
 問題はその後で、都議選にとどまらず国政選挙でも小池新党は余勢をかって候補者を送れるかです。維新はこの間、候補者の質を維持できず自滅しましたが、小池新党もこうした問題に今後さらされるでしょう。仮にこの問題をクリアして国政にも候補者を送れるならば、今回の都議選で公明党は小池新党と歩を合わせているだけに、なかなか大きな勢力となっていくのではと思えてきます。

2017年6月27日火曜日

嵐の中で( ;∀;)

 日本も今、毎日雨が降り続ける天気ではないかと思います。中国も今年は非常に梅雨らしい梅雨でずっと雨が降っており、水不足に悩む北京など華北地域でも今年は降りすぎて逆に水害が起こっているとまで聞きます。
 しかしこれで困るのは言うまでもなく洗濯。私の方も先週一週間ずっと雨が降りっぱなしだったため全く洗濯できず、ついには通勤用靴下が弾切れを起こしてリアルに「アパームッ!」と「プライベート・ライアン」みたいなセリフを言いたくなるような状況にまで追い込まれました。関係ないけど、上記のアパムシーンでは靴下に爆薬詰めたくっつき爆弾使ってたな。

 さすがに裸足で会社行くわけにもいかないので一か八かのかけで昨夜思い切って選択し、夜中ずっと干しておきました。幸いというか夜半に雨が降ることはなく朝起きた時点でそこそこ乾いていたものの、天気もやや良かったのとまだ乾き切ってないためそのまま干したままにして出勤しました。
 相変わらず納期のきつい仕事を会社でこなしながら昼食後、これまたいつものように30分ほどの仮眠を取ろうと12時半に腕組んで昼寝していたところ、わずか10分で耳を突く音で目が覚めました。私のオフィスは7階にあってちょっとやそっとの雨くらいでは窓ガラスに水滴はつかないというのに、思いっきりガラスを叩くかのような水滴音がするくらいの豪雨が上海の街の空を埋め尽くしていました。ほんのちょっと前までマシな天気だったのに……。

 こりゃあ干してた洗濯物も全滅で、下手すりゃ雨に叩き落され階下のベランダに落ちてるかもなとやや沈鬱な気持ちのままカレー食べて帰宅したところ、玄関開けるなり隣の大家一家から、「昼に大雨になったから、あんたの洗濯物取り込んでおいたわよ」とファイインプレーをかましてくれていたことを明かしてくれました。以前にも布団を干していた時に合鍵使って取り込んでくれていたこともありましたがその時は小雨程度で、今日に関しては間違いなくやばいくらい、外に突っ立っていたら雨に叩かれマジであざできそうな降りっぷりだったので、合掌しながら何度もお礼言いました。明日何かお礼持ってかないとなぁ。

 なお昔の記事に書いたと思いますが学生時代は立場が逆で、下宿の後輩の布団を夕立の前に部屋の中に放り込んでおいたことがありました。この時は隣の別の後輩の部屋からベランダを伝って渡り入れたのですが、勝手な行動ながらその部屋の後輩からは後でお礼言われました。
 問題ったのは隣の別の後輩です。彼は私と同じ学科(専攻も同じ)だったのでこの時の出来事を学科内に広め、「花園君と知り合いになっておけば洗濯物を取り込んでくれる」と一時期噂されました。ちなみにその前は私が短パンにTシャツをインせずに登校したら学科内でいちいちニュースになったそうです。

2017年6月26日月曜日

出版社のルーズな内部統制

とある新人漫画家に、本当に起こったコワイ話【試し読み】(マンガハック)

 上記ページで試し読みできるマンガを私は冷凍たこ焼き好き(あと納豆も)の友人から紹介を受けたのですが、一見して読んだ後の私の感想はというと、「ダボって言葉使ってるから作者は岡山辺りの人だろうね」でした。
 そんな私の感想を横目にこの漫画はよく売れており、ついこの間までAmazonのKindleコミックのランキングでずっと3位につけていました。もっとも当時の1位と2位は作者が同じ、「中間管理職トネガワ」と「1日外出録ハンチョウ」でワンツーフィニッシュだったというのがもっとすごかったけど。トネガワは私も買いました。

 そろそろ真面目な話題に移すと、この本の中身は言ってしまえば杜撰な漫画編集者に振り回された作者がその内実を暴露するという内容です。見る人によって感想は異なるでしょうが、私の感想は上記の通り作者の岡山弁が気になったのと、「進撃の巨人」作者に対し「漫画じゃなくてジャンプ持ってこい」といった少年ジャンプの編集者を思い出したのと、まあこの業界なら珍しくもないなという感想でした。先二つに関してはそうでもないでしょうが最後の三つ目の感想は一時期とはいえメディア業界に所属した、っていうかいまでも実質付き合いのある身であるが故の感想で、多分一般的ではないでしょう。

 結論から言うと、出版会社を含むメディア業界は契約や業務執行など諸々の面で内部統制が非常にルーズです。特に原稿の外部発注に関しては基本的に正式な契約書を交わさず、メールや口頭で述べた原稿料を源泉徴収して向こうへ振り込むのが普通で、ライターに関してはまだしも漫画家さんについては企業に勤めた経験がない人も多いだけに結構喰われている(カイジ風に)人も多いのではと思います。
 また業務に関しても規範化はほとんどなされておらず、個人情報の取り扱いなどについてもいろいろ緩いです。いくつかその一端をうかがわせる事件を挙げると以前にあった「少年チャンピオン」の懸賞品未送付問題とか、「テルマエ・ロマエ」の映画原作契約を作者へ一切の説明なしに出版社が締結したなど、これらの問題は多分多かれ少なかれどこの出版社でもよくあることでしょう。

 最近この方面の企業統制に関わることが多いので気になってしまうのですが、出版社の内部統制は一体どうなっているのか疑問に感じることが多いです。上記漫画の相手となったKADOKAWAグループは一応上場して監査も受けてるはずなんですが、それでもあんま従業員の業務統制はしっかりできてなさそうです。
 いわんやと言っては何ですが、ほかの出版社はどうなのか。基本的に出版社は大手でも上場していないのが当たり前ですが、きちんとした監査を受けず内部統制もしっかりやってないから案外自分たちの危機的状況もわかっていなければ、何のために給料もらってるんだかわからない編集スタッフも数多く抱えたりしているのではと密かに疑っています。もっともこの分野、内部統制がしっかりしているからと言って立派な編集が育つかと言ったらまた別で、ある程度偶然に頼らざるを得ないというのもわかってはいるんですが。

 なお今回記事を書くにあたって前情報とかないのかなと思いネットで「出版社 内部統制」などで検索をかけましたが、出版社が出版している内部統制関連の本しかヒットしませんでした。こういう本出してる連中がいい加減な契約とか業務をしているのかと思うとなんか複雑な気分となります。

2017年6月25日日曜日

加計学園問題における特区の問題点

 わざわざ自分が書くほどの内容とは思わないもののあまり論点としてまだ軸になっていないため一応記事にします。

 さてこのところ世間を騒がせている加計学園問題ですが、この問題の焦点となるのはそもそも何故「獣医特区」が設けられたかに尽きると思います。細かく調べてはいませんが、なんでも愛媛県今治市に獣医学部を新設するに当たって先に今治市を獣医特区として認定し、その上で加計学園に獣医学部を新設することとなったわけですが、改めてこの過程を見ると疑問点が多すぎます。

 まず、なんで獣医学部を設置するのにいちいち特区を設ける必要があるのか。学部新設は文科省の権限範囲で行うべきであって、「特区にするから獣医学部が必要」というのはむしろ順番が逆です。
 次に、そもそも獣医特区は何なのかです。多分政府としては獣医研究、臨床の拠点としてうんぬんかんぬんいうでしょうが、獣医学を特区でやるから何のメリットがあるのか私には見えません。医療機器特区とかならまだしも、学術研究や臨床で、しかもこう言っては何ですが今治市でやることに必然性はなくむしろ疑問点しか浮かびません。
 最後、何故今治市なのかです。これの答えはいたって簡単で加計学園が今治市にあるからで、京都産業大学などほかの新設候補を蹴落とすために今治市を特区にして加計学園に新設を認めるという算段だったからでしょう。

 このように考えると、加計学園に獣医学部を新設させるために今治市をいちいち獣医特区にしようとしたというのがこの問題の枠組みです。誰が何というと「加計ありき」というのは間違いなく、またこの誘導のためにわざわざ国家戦略特区制度まで利用されたということで、皮肉を言えば非常に豪華な布陣です。
 私個人として一番不満なのは、まともな特区は作らないでおいてこういうわけのわからない利益誘導のために特区制度が利用されているという点です。それこそ審議にも上がった最低賃金特区や外国人雇用特区などは悉く無視されておきながらこういう無意味な特区が作られるだなんて、順序として明らかにおかしく本当に怒るべきはこの点でしょう。一応、獣医学会が学部新設に反対していたのでそれを突破するための特区設置と言い訳は立ちますが、だからと言って手続き順序がおかしく、なおかつ本当に価値のある特区が設置されない点は見過ごせません。

 それにしても前の記事でも書きましたが、安倍首相はどうしてこうも変な連中ばかりと付き合おうとするのか不思議でしょうがありません。金と権力のある所にはすり寄ってくるものがあるとはいえ、人を見る目こそもっと鍛えるべきだったでしょう。

2017年6月24日土曜日

真夜中の怪音

 昨夜、後輩とともに極楽湯に行ってきて、「花園さん、背中やばいっすね」と、ダニに噛まれまくった背中を見た後輩に言われました。これでも大分治ってきたのに……( ;∀;)
 入浴後、あんまおいしくなかった食堂でのご飯を食べた後、いい感じにダラダラしてから自宅に戻ったところ、何やら入り口付近で数分ごとに「ピー」という機械音が聞こえてきました。ちょうど何かドアを挟んだかのような音で外でなっていると思いましたが、あまりにも何度もなるのと、やはり玄関付近で聞こえるのでよく調べてみたところ、ガス給湯器が音を出していることに気が付きました。

 現在の自宅のガス給湯器は戸棚の中に入っているので、そのせいで音がくぐもって気が付くのが遅れました。改めて戸棚の戸を開いて確認したところ、給湯設定温度が何故か70度となっていておかしいと思い、さらに調べてみたところ、どうも「温度アップ」のボタンが触ってもいないのに押されているような状態であることが分かりました。そのため「温度ダウン」ボタンを押しても70度から全く下がらず、試しにお湯出してみたら70度かどうかはわかりませんがやばいくらい熱いお湯が垂れ流されました。

 そして音の正体ですが、給湯器の温度設定ボタンをいじると「ピー」となるわけで、要するに「温度アップ」ボタンがほぼオン状態でありながら、ごくたまにオフになってまたオンになるとともに音を鳴らしていたというわけです。原因はわかったものの、ボタンはどう押しても反応がなく、このままの状態が続いたらシャワーも浴びれなくなるぞとやきもきするものの、既に深夜を回っていたためもう何もせずに寝ましたが、その後もしょっちゅう「ピー」となってうるさかったです。

 開けて翌日の今朝8時から試しに外枠の金属板を外して温度設定パネル部分を取り出し中を見てみると、どこもおかしなところはありません。ただなかの基盤を出しスイッチ部の端子を少し触ってみると、心なしか「温度アップ」のやや左側を強く押したところオン状態からオフに切り替わりました。その後しばらく左側を強く押し続けスイッチ端子をやや左に傾かせたところ、うまいことというかオン状態が止まり、通常通りに操作できるようになりました。
 もっともここに至るまで、外枠外してから約一時間半かかりました。この間、何故か朝飯も食べなかったし。

 今回こうして作業してて思ったこととしては、最近はこういうことするの減ったなという感想でした。というのも中国は住宅設備、建材ともに非常にもろく、トイレをはじめやたら目ったら壊れるのが当たり前です。そのたびに大家と交渉したりしますが直せるものは自分で直すように自然となっていき、実際に私も水が染み出るトイレやガス漏れゴムホースの修理を過去に何度もやってるのですが、今の借りている部屋は比較的環境が良くこれまでそういった問題に悩まされることはありませんでした。
 現時点で今の部屋は約1年半住み続けていますが、2010年以降は2年と同じ部屋に住んだことはなく、あまりにも引っ越すことが多いため家具や家電(電子レンジが常にない)もあまり買わないようにしていますが、割と今の部屋は親切な大家ともども気に入っているのでなるべく長くいたい、というかもうそんな転職とか引っ越しと化したくないのが本音です。

  おまけ
 住宅に関してはこのところ2年以内に引っ越していますが、会社に関しては3年以上同じ会社にいたことがありません。周りの同僚にも冗談で、「今回は3年の壁を越えたい」と話していますが、「いや、ハードル低すぎるだろ」と突っ込んでくれる辺りいい同僚に囲まれています。

2017年6月22日木曜日

文科省と安倍政権

景気判断、半年ぶり上方修正=消費持ち直し―6月の月例報告(時事通信)

 なんで上の記事はCPIもPMIも産業別投資額も書かれていないのに成立するのか自分にはわかりません。シャレや冗談ではなく、根拠とするデータもなく政府が発表する情報をただ垂れ流すだけだなんていつから日本のメディアは大本営発表するようになったのか。そして誰もそれを疑わないのが自分には理解できません。

 話は本題に入りますが、加計学園問題や豊田議員の暴言問題(いじめ、かっこ悪い)といい安倍政権から身の問題が続いています。にしても後者は久々にあんな「ハゲーー!」って絶叫聞いたよ。
 前者の加計学園問題はその前の森友学園問題ともいくらか重なりますが、この両事件を見ていて断言できることとしては文科省は安倍政権に対しはっきりと対立姿勢を持ったというか牙をむいています。内部文書や萩生田官房副長官のメモなどこれ以上ないタイミングで突然出され、それもほぼリークに近い形で明るみとなったことから、政権へのダメージを期待して文科省が流したものと思っていいでしょう。問題なのは何故文科省は安倍政権と反目したのかというきっかけで、結論を言えばあくまで私自身の推察によるもので支持根拠の類は一切ありませんが、今年初めに発覚した文科省OBの早稲田大学への天下り事件だったのではと考えています。

 この事件、100%悪いのは文科省です。天下りは禁止して職員の再就職は人事院を通すようにって言われてんのに平気で無視してやったわけですから。まぁそれ以上に、それらをわかっていながら受け入れた早稲田って大学の方に私は呆れますがね。
 ただ文科省としてはこの件を槍玉に挙げられた挙句、OBの省庁建物への出入りもこれで禁止となったことから、逆恨みと言っては何ですが安倍政権に対する意識がこれで変わったんじゃないかという風に私は見ています。これ以降から森友学園問題がマスコミに、それこそ彗星の如く突然騒がれ始め、元事務次官や現職の匿名職員などが次々と不利な証言や文書公開に動き始めたような気がします。

 恐らくは上のタイミングで間違いないかと思うものの、もう一つ候補を挙げるとしたら森友学園問題も入っています。この事件の主犯は誰かと言えば用地を破格の値段で売却した財務省ですが、政権側はその財務省よりも学校開設を認可した文科省をどちらかと言えば叩くようなスタンスを取り、現時点において土地売却に関してはもうすっかり話題にもならなくなりました。しかしこの件でやはりまた槍玉に挙げられた文科省としては多分あまりいい気分しなかったことでしょう。

 あとこれはタイミングとは別の話になりますが、一連の齟齬についてキーマンとしてみるべき人物は菅官房長官でしょう。かつて田原総一郎氏をして「今の政界で唯一官僚に睨みを利かせ手綱を取れる男」とまで激賞され、言葉だけでなくリアルに完了を殴る蹴るして従わせられると言われただだけあってこれまでの官房長官としての仕事には卒がなく、実質彼あっての安倍政権を作り上げていましたが、ここにきて例の「怪文書」発言などからするに、文科省の反乱を食い止めきれていない印象を覚えます。この状況を菅長官のパワーダウンとみるべきか、それとも官僚側が力を盛り返してきたのかどちらであるかによって見方は大きく変わってきます。

 その上で述べると、恐らく今後も官僚の反乱は文科省を超えて広がると思います。こう思う理由としては抑え続けられた期間が長かったのと、やはり第一次の頃といい安倍政権に対してあまりよく思っていない省庁が多いのではないかと思う節があるからです。安倍政権側に立つとしたら原発村の経産省と防衛省くらいなもので、TPP問題の農水省や消費税増税延期を飲まされた財務省辺りなんかはスキがあらばという感じじゃないでしょうか。次の総裁候補がはっきりすればするほどに。

 最後にこのところ安倍政権にまつわる問題について私から言わせてもらうと、はっきり言って安倍首相の教育概念は狂ってておかしいと思っています。理由は籠池氏のような詐欺師と親しく交際を続けたり、現在の加計問題もほぼ言われている通り真実だとするなら頭のおかしい連中による教育をやけにプッシュしているようにしか見えず、私としては安倍首相が教育にコミットするのは、自分には関係はありませんが見ていて楽しくないし、むしろむかつきます。
 逆を言えば、もう今後一切教育関連にコミットしないというのであれば安心して支持し続けられますが、教育に関して妙な信念があって何が何でも関わろうとするのは目に見えていることから、代わりがいるならそろそろ変えた方がいいと思う心境です。経済政策に関しても黒田総裁に丸投げで何もやってないし。っていうか本人が任期を意識しなくなってから明らかに綻びが見え始めるようになっただけに、明確に引退時期を決めた方が本人のためにも自民党のためにもいいのではというのが私の意見です。

2017年6月20日火曜日

中国都市部における地方出身者への差別事情

 先日、コメント欄にて以下の質問を受けましたので今日は中国の都市部における地方出身者への差別事情について紹介します。結論から言うと、差別は確かに存在するものの、日本人が想像するよりはひどくはないといったところです。

<質問>
「中国都市部の他民族性(注:恐らく「多民族性」)について、ちょっとお伺いしたいと思います。
『中華』の称号を持たない出稼ぎ組との、極端な差別は本当にあるのでしょうか?
彼らは「国歌」を歌わないというウワサなど、今さらながらの愚問ですが、
改めてお伺いしたいと思います。機会ありましたら一筆お願いいたしたく存じます。」
<終了>

 まず都市部で差別される対象についてその定義をはっきりしますが、これは都市部へ出稼ぎにやってきた地方出身者であって少数民族ではありません。中国では満州族、朝鮮族、回族、苗族をはじめとして非常に多くの少数民族が存在しその系統については戸籍ではっきりと管理されており彼ら自身も自覚がありますが、こうした少数民族への直接的な差別というのは些細なものはあれども社会問題となるようなレベルではなく、米国の黒人差別に比べれば取るに足らないレベルです。むしろ少数民族は民族維持のため前まで続いていた一人っ子政策の対象外となるなど社会的な優遇策も受けており、貧富の差でいえばそりゃ漢族の方が圧倒的に豊かですが、その間族同士でも貧富の差が大きいので少数民族が特別差別されているようには私には思えません。

 唯一例外と言えるのはウイグル人で、彼らに関しては都市部に住む漢族は明確に差別意識を持っております。実際の統計を見たわけではないのでわかりませんが漢族はウイグル人には犯罪者が多いと考える人間が多いというかほぼ全員信じ切っており、街中で歩いていてウイグル人を見つけるや大げさに鞄を抱えたりして盗まれないような仕草を見せます。
 ただこうして差別されているウイグル人ですが、都市部ではラーメン屋を経営するなど常住している人も少なくなく、料理はものすごい安いものの店内は非常に汚く如何にも貧しそうなのですが、店の裏に回るとマジでベンツがおいてあったりすることもあり、薄利多売ながらも意外に金持ちが多いという話もよく聞きます。こういうところが中国はいつもながら不思議だ。

 話は戻りますが少数民族に関しては上記のウイグル人を除きそれほど目立った差別はありませんが、定義を「地方出身者」とするなら差別は確実にあります。子供の教育や年金、医療といった行政サービスが都市部では受けられないということはもちろんのこと、地方出身者が多く集まる場所にはあまり近づかなかったり、彼らのことを汚いとか臭いなどと陰口を言います。
 ただ、都市部住民がこのように地方出身者を差別することについて、いくらかは仕方ないと私には思います。

 というのも地方出身者は基本的に都市部の人たちと比べて洗練されていないというか基本的なマナー意識が欠如していることが多く、大勢でぞろぞろ歩きながら路上に平気でごみやたばこを捨てたり、場所や時間をわきまえず非常に大きな声でしゃべったり、夜中に騒いだりなんていうのは日常茶飯事です。また部屋の賃貸に関しても、中国人全体で日本人と比べると借りた部屋を粗末に扱いますが、地方出身者の場合は特にその程度が激しく家具や壁などを破壊したりなんていうことすらままあるそうです。そのため大家としては、同じ家賃なら割とマナーのいい日本人とかに貸したがるということがあり、実際に私の友人は私の部屋探しの際に、「日本人が借りるんだからもっと家賃をまけろ」という交渉をしました。

 こうした地方出身者のマナーや振る舞いの悪さは我々日本人から見ても怪訝なものに映り、以前に地方出身者も多くやってくる上海の観光地に後輩を連れてきたところ、粗暴なふるまいを続ける地方出身者たち(方言ですぐわかる)を見てその後輩は、「別に僕は上海人じゃないけど、あいつらに街を汚されているような気がして腹立ちますね」という感想を述べ、私も全く同じ感想でした。
 なおその後輩は当時中国の地方に留学していたところ上海へ初めてやってきたもんだから、朝ホテルを出る時に、「花園さん、さっきホテルのボーイに荷物預けたら僕にニコっと笑ってくれましたよ!」とマジで驚いていました。変な話ですが、それだけ地方と都市部でマナーや価値観、サービス精神で差があるということです。

 こうした中国の都市部住民が見る地方出身者への見方は、言い換えるなら日本人が日本にやってくる中国人旅行者を見る目とほぼ同じだと思います。さらに言えば、バブル期に欧米人が見ていた自国に旅行へやってくる日本人を見ていた目も同じだったことでしょう。要は価値観や意識のレベル差であり、属性による差別ではなく文化度の差であるというのが私の見方です。なので地方出身者であってもマナーが良い人には、最初は警戒されるかもしれないものの、それほど差別されたりすることはないんじゃないかと思います。

 もう一つ付け加えておくと、都市と地方(農村)の収入格差は未だに大きいものの、十年前と比べれば確実にその差は縮まってきているように思います。ちょうど明日JBpressに掲載される私の記事でも収入差についてグラフを引用していますが、昔は貴族と奴隷くらいな差があったものの、今だと地方でも仕事が見つかるようになってきており、無理して沿岸部の大都市に出ず近くの都市への近距離出稼ぎ者も増えていると聞きます。

 最後に「国歌」に関してですが、そもそも中国人自体がそれほど国歌を意識せず歌うこともほとんどないため、たぶん中国人に聞いても「何それ?」という感じで関心ないと思います。国家への帰属意識については多分韓国、下手すりゃ日本よりも低く、むしろ中国が嫌いだから(地方出身者に多い)といって国外へ留学する人もいるくらいです。自分も大体わかってきましたが、中国人で愛国を叫ぶ人間は大抵は面従腹背で、国家のことなんて何にも意識ないからこそ国を言い訳にして破壊活動をしてるような奴ばっかです。

2017年6月19日月曜日

国会閉会すれば逃げられると思ってる自民党の勘違い

首相「国民に説明」具体性なく 森友・加計・「共謀罪」(朝日新聞)

 なんか誰もこの点に突っ込まないので要点だけ書くと、どうも自民党と安倍首相は森友学園や加計学園の問題について国会を閉会すれば逃げ切れると思ったのか会期延長もせず、共謀罪を通過させたところで閉会に持ってきましたが、断言しますがこれは大きな勘違いで、閉会したからこそ問題の追及は深まり支持率も今後30%台で推移することになるでしょう。

 何故このように私が判断するのかというと、国会が開会している方が野党がまたわけのわからないことを言って逆に支持率上がるからです。ほかの評論家も述べている通りに安倍政権を一番支えているのは自民党支持者でもなく一般有権者でもなくほかでもなく野党の連中であり、何かある度に明後日の方向のとんちんかんな意見や批判をするので、それによって安倍政権は続けられるのです。
 然るに国会を閉会してしまえばそういった野党の応援演説(?)もなくなり、メディアによって疑惑について報道だけが続いてしまいます。多くのメディアがそもそも安倍政権に懐疑的であり、また今回の問題は上記リンク先で朝日新聞が言っている通りに説明に具体性を欠くなどしていることからクリティカルな問題であることはほぼ間違いなく、野党の支援なくしては支持率は下がっていき、自民党内でも反安倍勢力がちょっとずつ活動を始めてくるかもしれません。

 真面目な話、今からでも遅くないから臨時国会を開いた方が政権延命のためにはプラスだと私は思います。我ながらまた凄い意見を言うなという気もしますが、案外共感してくれる人は多いんじゃないかな。

ゲームレビュー「ブレイズ・ユニオン」

 なんか自分のブラウザだと下記リンク先のフラッシュが起動しませんがそれは置いといて、前回記事で取り上げた「ユグドラ・ユニオン」というゲームの事実上の続編である「ブレイズ・ユニオン」というゲームについて今日は取り上げます。

ブレイズ・ユニオン(STING)

 先にも述べたとおりにこのゲームは「ユグドラ・ユニオン」の続編にあたる作品で、ゲームの基本的なシステムは共通しています。もっともシミュレーションRPGとして「変態的」とまで言われるほど複雑なシステムしてるんですが、やってるうちに慣れるけど。
 ゲームの流れは面クリア型のシミュレーションRPGで、ゲームとしての骨格は前作のユグドラ・ユニオン同様に非常によくできてて弄りがいがあり、また明らかに難しすぎると思うくらいの難易度だったユグドラ・ユニオンに比べればやや抑えられててユーザーフレンドリーに作られており、実際ゲームで遊ぶとアイテムコンプリートなどこだわりさえなければサクサク進むような内容になっています。

 そんなブレイズ・ユニオンですが、私の中の評価は他の人にも是非お勧めしたい前作のユグドラ・ユニオンと比べると悪い、というよりむしろユグドラ・ユニオンを遊んだことのある人にはあんま勧めたくないような出来で、結論から言えば「失敗した続編」という評価を下さざるを得ません。何がダメなのかというと、ゲームシステムと難易度に関しては既に述べた通りにやりこみ性も高く文句はないのですが、それらをすべて台無しにするくらいストーリーが悪いです。

 何度も繰り返す通りブレイズ・ユニオンはユグドラ・ユニオンの続編ですが、ストーリーとしてはユグドラ・ユニオンの前日譚に当たり、ユグドラ・ユニオンにて敵役となりユグドラの王国を攻め滅ぼした皇帝ガルガーサが一傭兵から皇帝となるまでの活躍を描いた作品です。
 ちなみにやったことがある人には早いですが、ユグドラ・ユニオンにて敵キャラとして出てくるガルガーサは半端なく強く、真面目に初回プレイした際は「あれ、これ強制負けイベント?」と思ったくらいの無双っぷりで、そのあまりの強さに恐怖を覚えた人間は多数いたようです。っていうか初回は必ずこいつ一人にゲームオーバーへ追い込まれる。

 このガルガーサ自体はやはりその強さなどから前作でも印象に残っていただけにこのブレイズ・ユニオンで主役を張ると聞いて結構楽しみにしていたのですが、皇帝になる以前の話ということもありますが、この作品におけるガルガーサはユグドラ・ユニオンのガルガーサとはまるで重ならず、はっきり言って別人としか思えないキャラになっています。またそのガルガーサの部下達についても、前作ユグドラ・ユニオンで敵ながら印象に残るキャラが多数出ていただけに実際にプレイヤーキャラとなるならどんな活躍するのだろうと思って期待していましたが、前作キャラは出るには出るもののアイギナとネシアというキャラクターを除きその大半がチョイ役程度の出演にとどまり、ストーリーにもそれほど絡んできません。
 おまけに一部キャラクターに至っては、途中にあるステージセレクトで特定の面を選ばないと登場すらしない冷遇ぶりです。一方、主軸となるのはブレイズ・ユニオンで始めて出演するキャラクターたちで、決してこうしたキャラがつまらないというわけではないものの、せっかくの続編なのだからもう少し前作に出たキャラクターを活躍させてほしかったというのが私の本音です。

 こうしたキャラクターの出演だけでなく、途中にあるステージセレクトもどうしてこの仕様にしたのかと疑問に感じる内容です。ある程度ゲームを進めると次の戦闘に出るステージを複数から選ぶのですが、実はどのステージを選ぶかによって仲間になるキャラクターが変わってきて、さらには最終的なシナリオ分岐にも影響してそれによってエンディングが変わります。ただ、そのステージを選ぶとどのシナリオに進むかは明示されていないというかマスクデータで管理されており、はっきり言って攻略サイトを見ない限りは進みたいシナリオには思った通りいけないというやや不満を感じる仕様になっています。

 最後に、私が最も不満だったのはメインシナリオのストーリー展開とラスボスの描き方です。先に述べた通りにこのゲームは主人公のガルガーサが荒廃した帝国の一傭兵から皇帝になるまでの活躍を描いた作品なのですが、後半のシナリオ展開はものすごいハイピッチで、直前までパトロンとなる貴族配下の一傭兵だったのが突然反乱軍の盟主となり、そのまま皇帝も殺害して帝国を乗っ取るという異様な展開へと進みます。
 しかもこの時に倒される皇帝ですが、暴政を尽くしたことから国内が荒廃しそれによって反乱が各地で相次いでいるというストーリ背景にはなっているものの、ゲーム中では彼が何か暴政を犯していたり国民を虐げるような描写は一切なく、それどころか周囲からは深く尊敬されて最後まで忠実に付き従う忠臣も多くいることから、ゲームをプレイしている側からすると、「なんでこの人は下剋上されなきゃいけないの?」という疑問すら湧いてきます。そもそも、皇帝という立場の敵役にしては一昔前のビジュアル系みたいにピッチリ系タイツ履いた優男という外見をしており、なんというか威厳にも欠けるし攻略していて複雑な気持ちにさせられました。

 聞くところによると、このブレイズ・ユニオンはシナリオに関してはメーカーのスティング社内ではなく外注によって制作されたそうですが、はっきり言って「こんなクソみたいなシナリオを外注してどうする?」と私は思いました。真面目に、こんな内容に金払っちゃだめだと思う。

 誉められる点としては前作同様にBGMは文句のつけようがないくらいにどれも素晴らしいのと、声優陣がやたら豪華でどれもイメージに合うといったところです。シミュレーションとしての攻略の楽しみも悪くはありませんが、やっぱユグドラ・ユニオンと比べると劣ってしまうというのが残念なところです。

 なおこのブレイズ・ユニオンの後、同じシステムを使った「グロリア・ユニオン」というゲームも発売されておりますが、現在私は既に購入済みであるもののまだ遊んでいません。理由はつい先月に購入したものの、まず「ルフランの地下迷宮と魔女の旅団」を遊び(裏ボス、隠しボスも撃破済み)、現在は「討鬼伝 極」を必死で遊んでいるからで、手が回らないからです。聞くところによるとグロリア・ユニオンはどうも味方キャラが強すぎるのとシナリオが明るすぎるという点が批判されているようです。
 ブレイズ・ユニオンについては決して駄作ではないものの、やはり前作のユグドラ・ユニオンが名作過ぎるため、どうしても見劣りしてしまうというのが私の評価です。システム面でも上記の通りやや問題があり、もう少し煮詰められればと思うと惜しい作品に思えます。

  おまけ
 ちらっと書きましたが、「ルフランの地下迷宮と魔女の旅団」は真面目に凄い名作だと思うので興味ある方はぜひ遊んでほしい作品です。ジャンルはダンジョンRPGで、最大で40人のパーティを組めるという構成ながら戦闘を含めゲームテンポは非常にスピーディであり、厄災の魔女フルーラ、夕闇の魔女ドロニア、ドロニアの見習い魔女ルカという三人の魔女がそれぞれ主役となって広げられるストーリーはショッキング且つ感動的で、二周してようやく内容が分かってくる深いシナリオになっています。
 なおルカというキャラの「ギャー」という声は非常に癖になります。

2017年6月17日土曜日

ゲームレビュー「ユグドラ・ユニオン」

 あんまゲームのことばっか書いちゃだめだと思いつつも、好きなこと書いてストレス減らしたいので個人的にイチオシな「ユグドラ・ユニオン」というゲームについて書きます。

ユグドラ・ユニオン(STING)

 ユグドラ・ユニオンとは2006年にゲームボーイアドバンス向けに発売され、2008年にPSPへ移植されたシミュレーションRPGゲームです。私がこのゲームをやってみようと思ったきっかけは、制作したのがかつて遊んだ(でもって印象に残った)ことのある「バロック」というゲームを作ったSTINGであったことと、批評サイトで変態的システムRPGだと書かれていたためです。実際、この批評は間違っていません。

 簡単にゲーム概要を説明すると、ストーリーは亡国の王女が国家再興を期して生き残り(+山賊)と協力して戦うというシミュレーションRPGの祖たる「ファイアーエンブレム」並みにオーソドックスなものです。ただシステムが上記にも挙げた通りに変態的というか他の同ジャンルのゲームと一線を画す内容で、初見で見てみた人は多分ビビると思います。
通常のシミュレーションRPGではターンごとに出撃しているユニットキャラを動かし、攻撃を指定し、その結果によって味方がやられたり敵を倒したりします。然るにこのユグドラ・ユニオンでは、ユニットキャラを動かして攻撃するという点でこそ共通しているものの、攻撃できるのは1ターンにつき全キャラ含めて1回こっきりで、しかも1ターンに移動できるマスの数はターン冒頭に選んだカードによって決まり、それを出撃している全キャラで共有します。

 具体的に説明すると、冒頭で選んだカードの移動距離が4マスだったとしたら、出撃しているユニットキャラが5体いる場合、どれか一つのキャラを4マス動かすか、4体のキャラを1マスずつしか動かすことができません。もちろん2体のキャラを2マスずつ動かすこともできますが、このようにユニットキャラ個別に移動距離が決まってるわけじゃなく、その気になれば単騎で突出させることも可能で戦術がかなり広く設計されています。
 また上記に書いた通り攻撃できる機会も1回だけで、あるユニットキャラで隣接する敵ユニットを攻撃したらそれでそのターンの攻撃は終わりで、ほかのユニットは一切攻撃できません。もっとも、攻撃を仕掛ける際にその当事者であるユニットキャラの周囲に別の仲間ユニットがいれば、二戦目、三戦目、四戦目とばかりに連戦が発生して攻撃に加わることができますが。

 このように文字で説明していても一切意味が分からないようなやたら面倒くさいシステムしていますが、実際にはゲームの進行とともに徐々に機能が解放され、ゲーム内でのチュートリアルも丁寧であるためシステムが分からず困るようなことはありませんでした。ただ全部分かった上でも複雑かつ奥の深いシステムで、何故こんなものを作ったのか誇張ではなく理解に苦しみます。

 こうした戦闘システムもさることながらこのゲームの別の大きな特徴として、漫画家のきゆづきさとこ氏による丸っこくて非常にかわいらしいキャラクターによって、血生臭く情け容赦一切ないスパルタンなストーリが展開されるという点です。簡単にその概要を明かすと、主人公の王女ことユグドラは国の再興を目指して戦い、ストーリーの途中で見事に元の領土や首都を奪還します。そしたら今度は、「攻めてきた国を叩き潰さないと平和は来ない」と述べ、今度は逆に攻め込むという展開になります。
 その結果、エンディング時には敵軍のキャラクターは民間人を含めほぼ例外なく死亡し、味方キャラも自爆特攻したりするなどして死屍累々たる有様が広がります。しかも選択によっては、下界でもう必要ないから聖剣を返せという天使に対し、「聖剣の振るうところに正義あり」と言って神界にすら牙を剥きます。一体何故こうなった。

 なんか書いてていろいろあれですが、ゲームとしての骨格は非常によくできており、難易度もシミュレーションRPGとしては非常に難しくできてて歯応えがあります。なお私がプレイしたのはPSP版ですが、ゲームボーイアドバンス版はもっと難しかったようで、クリアさせる気あるのかよと思うくらいです。またやりこみ要素も半端じゃなく、特にアイテムに関してはマップ上にノーヒントで埋まっており、1週目でコンプリートした人は恐らくエスパーでしょう。

 最後にこのゲームの主人公というかヒロインである王女ユグドラは非常に高い人気を得て、メーカーのスティングもこのキャラをよく前面に出してコラボ企画に乗っています。そんなユグドラですが序盤はやたらと弱く下手すりゃ二軍行きレベルなのですが、後半にクラスチェンジするやすぐステータスがカンストするなどあり得ないほど強くなり、決め台詞の「寄らば斬ります」は「寄ってこなくても叩っ斬ってるじゃん」と誰もが思っただろうし、公式でも「寄ってこなけりゃ寄って斬るだけですけどね」というセリフを続編で言わせています。
 なおこのユグドラはあるステージに限ってバトル勝利台詞がいつもの「みんなの勝利です!」ではなく、「絶対に、許さない……」に変わるのですが、正直このセリフを音声で聞いたときはぞっとしました。それもそのはずというか演じる声優は中原麻衣氏で、「ひぐらしのなく頃に」の竜宮レナをはじめとして数多くのヤンデレキャラを演じてきたヤンデレ声優の代名詞というべき人であり、普段はすごくお嬢様っぽくかわいらしい声してるのに突然人間変わったかのような暗く沈んだ冷たい声に切り替わるため、中原氏の声聞くのは何気にこのゲームが初めてでしたがこの声マジこえぇと心の底から思いました。

 次回はこの続編の「ブレイズ・ユニオン」を取り上げます。こっちは先に書いておくと、私の中で評価めっちゃ低いです。

2017年6月16日金曜日

戦国時代はなぜ起こった?


 なんか笑えたので紹介。なおこの画像は「クレイモア」という漫画のワンシーンですが、同じ作者である八木教広氏のひとつ前の作品の「エンジェル伝説」は多分自分が生涯で一番笑ったギャグマンガだと思います。それだけに「クレイモア」でシリアス路線貫いたのは意外だった。

 さて私の知らないところで日本では空前の応仁の乱ブームらしいですが、以前親父の知人にも話しましたが何故応仁の乱がこれまで手つかずというかあまり話題にならなかったのかという理由ついて私は以下の原因があると考えています。

・応仁の乱を舞台にした有名な小説作品が出てこなかった(司馬遼太郎とかが書かなかった)
・対立構図や背景が複雑過ぎて理解するのが困難

 おそらく上記の理由に反対する人はいないかと思います。その上で、一体何故応仁の乱がおこったのかという問いにすぐ答える人なんてそんな多くはいないと思います。なので私が答えるとすれば、単一相続がまだ定着せず分割相続が相次いだ上、分家がやたら力を持ったという点に尽きると思います。

 日本語で「たわけ」というのは「阿呆」という意味ですが、この言葉の由来は「田分け」こと農家の分割相続を指しています。田んぼを分割相続してしまうことで生産力が大きくそがれ、結局別れた二つの家ともども没落するということを指しており、要するにこの言葉が生まれた背景としては分割相続の弊害を指摘することにあると言えるでしょう。

 江戸時代でこそ嫡男による単一相続が徹底されごく一部の例外を除いて大名、一般武士ともども単一相続が行われましたが、鎌倉時代においては分割相続することが当たり前だったそうで、当時には女性の地頭もいたことから女性にも相続権が存在したことが確認されています。室町時代前半に至ってようやく単一相続が定式化していきますがそれでもまだ後継者は嫡男とは限らず、また元から存在していた分家の存在もあり、いわばまだ制度が未整備の段階で単一相続時代へと突入してしまったことから本家跡取りの後継者争いが物凄く激しくなり、応仁の乱に参戦した武将、並びに関わった人間はすべてこの後継者争いが絡んでいます。
 そもそも一番大きな戦争理由は足利幕府九代目将軍が義政の弟か息子かという点でも後継者争いですし、そしてそれにのっかった細川家も山名家も、そしてそれぞれの側についた各家も後継者争いに端を発しています。

 また中央の京都だけでなく関東では足利家は古河公方と堀越公方に分かれ、それを補佐する関東管領の上杉家も本家と分家で争っており、いわば日本全国で後継者争いが勃発したのが戦国時代だったと言っていいと思います。さらに言えば、戦国時代のひとつ前の南北朝時代は天皇家の後継者争いとも言えますし。

 古来からやはり後継者争いほど争いの種はなく、欧州の百年戦争や薔薇戦争など枚挙に暇がありません。それだけに相続という制度がどれだけ社会不安の要素となるのか結構重要な概念だと常々私は思っているのですが、最近の日本だとみんな財産なくなってきたのか前ほど相続でこじれるような話が聞かなくなってきており、相続そのものの概念が危うくなってきたなとも思います。

  おまけ
 以前税理士の方に聞いた話で、ある資産家から相続へ向けて生前に遺書を作成するという依頼を受けてほかの税理士仲間ともどもいろいろ計算した上で作成し終え、ようやく内容がまとまりみんなで打ち上げ会をやっている最中、「いやー実はさ、若い頃遊んで隠し子いるんだよね♪」と資産家が口走ったため、全員宴会どころではなく真っ青となり、ある人に至っては宴会場で電卓叩き始めたということ聞きました。

2017年6月15日木曜日

オウム事件を分析する上で必要な三つの視点

 家の近くのあるお店のドアに、「当店は観賞用の魚販売店であってレストランではありません」と書いてあってなんか笑えました。さすが中国。

 それで本題ですがちょこっと前に書きましたが1997年発行の村上春樹氏による「アンダーグラウンド」という本を先日購入しました。この本は前から興味を持っていながらなかなか手を出さなかったもののようやく購入する決断ができたのですが、一体どういう本かというと小説ではなくルポルタージュで、その内容というのも地下鉄サリン事件被害者への直接インタビューしたものです。まだ読み途中ですが冒頭にて村上氏は、「事件後に様々な報道がなされたが、どれも自分が見たい内容の報道ではなかった」と述べ、自身が見たかった、聞きたかった内容こと事件の直接の被害者へのインタビューをわざわざ行って書いた本であると述べています。

 この村上氏の心境ですが実は私も全く同じ考えを持っており、むしろ私の場合はオウム事件の被害者報道には偏りがあるという風に見ていました。どのように偏りがあるのかというと、オウム関連報道では地下鉄サリン事件以前のオウム事件の被害者ばかりがしょっちゅう取り上げられ、地下鉄サリン事件の被害者については全くないとは言わないもののその比重が極端に軽いという風な印象を覚えました。具体的に言えば坂本弁護士一家殺人事件をはじめとした、サリン事件以前の教団が関わった拉致殺害事件が中心です。
 一体何故このような報道の偏りがあったのかというと理由は単純に、オウムの被害者団体がこれら事件の遺族らが中心となり、またオウム関連のジャーナリストや支援者たちもこれらの被害者団体と行動を共にすることが多かったためで、恐らく報道側にはそれほど意識はなかったものの結果的に被害者報道ではこちらへの比重が大きくなってしまったのではないかと思います。

 その上で地下鉄サリン事件に関しては、この事件が発生して以降は一連のオウム事件がようやく明るみに出たため徐々に地下鉄サリン事件自体がフェードアウトし、またこの地下鉄サリン事件で被害者となった方々もあまり取材に応じなかったなどの要因も考えられます。この取材対応については「アンダーグラウンド」の中でも、メディアに誤った報じ方をされて警戒心を持つ被害者が多かったことなどが書かれてあります。
 こうした前提があるだけに、この「アンダーグラウンド」は事件発生から約1年半後に当事者たちへ直接インタビューした、しかも余計なバイアスや質問をかけずに自由に被害者へ語らせているため、資料的な価値としては非常によくできた本だと思え、よくぞこうした記録を残してくれたと村上氏には感服させられるような内容です。実際そのインタビュー内容も同じ場面にいながら証言者によって内容が変わったり(駅員の対応や反応など)、各者の視点で語られてあって微妙な違いが事件当時の現場の状況について考えさせられます。

 さてこのまま「アンダーグラウンド」について語り続けてもよいのですが、この本を手に取って自分がようやく手にしたものの紹介について話は移らせてもらいます。その手にしたものというのも、オウム事件を語るには複数、最低でも三つの視点が必要だということです。
 本を取る前からなんとなくはイメージできていたものの、先ほど挙げた同じ現場にいながら微妙に異なった状況を証言するという個所を見てようやく文字化できるほど意識するようになったのですが、単純にオウム真理教と言ってもその構造や経歴、そして性格と犯罪は非常に複雑であり、現実に今の今に至るまでこの事件を総括したというか分析しきった解説はまだ出ていません。何故エリートたちがオウムに走ったのか、何故国家転覆を企てたのか等々、納得のいく説明や分析があったら私が教えてもらいたいです。

 どうしてオウムの分析が難しいのかというと既に述べた通りに内包する要素が非常に多く且つ複雑であるからです。またその要素によっては、互いに相反する内容も含まれてあって理解や分析を妨げるものになりうるもの少なくありません。
 グダグダ説明してもしょうがないのでもう述べますが、私はオウムを分析する上では少なくとも以下の三つの視点、それぞれで見る必要があるのではないかと思います。三つの視点と、それに含まれるキーワードのまとめは以下の通りです。

(視点:キーワード)
宗教:ヒンズー教、キリスト教、救世、創価学会、選挙立候補、終末論
カルト:土地取引、マインドコントロール、マハポーシャ、個人崇拝
テロリスト:国家転覆、毒ガス、犯罪、指名手配、教団省庁制、ロシア

(視点:被害者)
宗教:修行中の事故死者
カルト:坂本弁護士一家など非教団関係者
テロリスト:サリン事件被害者

(視点:その視点でオウムを語る記者や著名人)
宗教:島田裕巳、吉本隆明
カルト:江川紹子、小林よしのり
テロリスト:佐藤優、田原総一郎

 上記はあくまで暫定的な分類ですが、このように一口でオウム事件とは言ってもその見方や分析の仕方は上記のように三つの視点で分かれており、その三つの視点で語るべき内容を無理やり一つの「オウム事件」として語るから訳が分からなくなるのではないかというのが私の仮説です。もっともこれを見る方には「宗教とカルトは一緒ではないか?」と思われる人もいるかもしれませんが、それを敢えて分けて見る試みが必要なのではないかと主張したいわけです。
 例えば実際に、この三つの視点をごちゃまぜにして上記キーワードを当て込むとこうなります。

「オウム真理教はヒンズー教を柱に終末論を掲げた新興宗教で、次第に信者のマインドコントロールや個人崇拝を進めて土地取引に絡む事件を起こし、さらに国家転覆も企みサリンなどの毒ガスを使って都内で大規模な無差別殺人事件を起こした」

 これを見てオウム真理教がどんな団体か、事件をあまり知らない世代の人に見せたらどんな反応を示すでしょうか。これを敢えて三つの視点で分割するとそれぞれこうなります。

「宗教としてのオウム真理教はヒンズー教を柱に終末論を掲げた新興宗教である」
「カルトとしてのオウム真理教は信者のマインドコントロールや個人崇拝を進め、土地取引に絡む事件を起こした」
「テロリストとしてのオウム真理教は国家転覆を企み、サリンなどの毒ガスを使って都内で大規模な無差別殺人事件を起こした」

 こうなるわけですが、やはり視点を分割して各事件、特に被害者や実行犯を見なければ見えるものも見えなくなるのではと思います。そしてさらに言えば、それぞれの視点でそれぞれの結論も必要ではないかと思え、一緒くたにした結論というのは本当は存在しないのではないか、あってももう訳が分からないものになるのではと言いたいわけです。そして地下鉄サリン事件の実行犯に関しても、「宗教」と「テロリスト」の間に横たわるズレを見ることで、今までにないものが見えてくるような気がします。逆を言えば、視点を分けなかったことがこれまでのオウム分析における最大の躓きだったのではというのがこの記事の結論です。

 最後に、もし私がこの三つの視点の中からどの視点を中心に据えるのかと、自分の属性に最も近いものをやはり選ぶことになるでしょう。

2017年6月12日月曜日

根本的にいじめをなくす方法

 「うみねこのなく頃に」の漫画版エピソード5~8、計30冊を読破しました。個人的にはエピソード8の6巻に出てくるサヨトリーチェの姿が一番美しいと感じたけど、ほかの部分は一気読みならまだしも連載や単行本を追っかけていたらグダグダした展開に音を上げてたかも。

 最近自分でも本業が何なのかわからなくなってきていますがまだやり残した仕事があるのでまたすぐに書ける内容ですが、大分以前に私は日本の教育現場からいじめはなくならない、何故なら誰も発生頻度や地域に発生しやすい環境についてきちんと統計を取って調べることはおろか印象論だけのいじめ対策しか出さないからだと指摘しました。我ながらいいところをついているというか、現時点においても地域別、学校別いじめ発生件数の統計がほとんど出回っていない状況を見ると間違った指摘ではないと自負しています。
 そんな自分に言わせると、日本のいじめ問題は「ある仕組み」を利用することで一瞬で根本的にかつ完全に排除できるのではないのかなという案が一つだけあります。長く書くつもりないので(「うみねこ」については書いたが)単刀直入に言えば、いじめを行ったと認定された生徒の内申点は大きく減点されるという制度にすれば一発で万事解決行くのではと主張したいです。

 こんなことを書いていますが私は中学から私立校だったためいまいち中学校の内申点についてきちんと理解してないのですが、やはり公立中学出身者から話を聞くとその威力は絶大で、生徒らの常に気にしていたと話すなど意識も非常に高いと感じました。実際これは千葉県の一地域における話ですが、公立高校受験時において仮に内申点がほぼ満点だった場合、受験テストにおいてほぼ半分の点をはじめから取得しているという状態になると聞きます。無論成績のいい生徒は内申点も高い方が多いと思いますが、それでもこのハンデはあるとないとでは受験で大きく変わってきます。
 あまり大人は意識しませんが、子供というのは基本的に「打算」で行動する傾向が非常に強く、何をすると自分が特になるのか損得勘定がその行動を大いに左右します。実際に上記の内申点についても比較的教師の成績裁量権が強い美術や書道や家庭科などの科目においていい評定をもらおうと媚びていたという人間にも会ったことがあり、いじめをしたら内申点が大きく下がる、具体的には半減化するという処置をつけると言ったら大半の中学生は震え上がり、いじめと疑われるような行動すら避けるのではないかなと勝手に考えています。

 もっともこの意見に対する反論はいくらでも作れるし実際に私からいくつか述べると、中学校はそれでよくても小学校と高校の場合ではどうなのかというのがあります。小学校に関してはそこは教育現場でどうにかしてもらうしかないですが、やはりいじめ認知件数が最も高まるのは中学校の現場であるため、この時期に楔を打ち込むという意味では上記案は悪くないのではないかと考えます。この間に楔を打ち込んでおけば高校時代の行動にも影響すると思えますし。
 また高校でのいじめに関しては、果たしてそこまで対策を行う必要があるのかなという疑念が少しあります。高校生ともなれば自ら逃げることも可能な年齢と思え、災いをただ受けるだけで避けようとしないのであればどの道といったところでしょう。まぁその点については、日本の教育はストレスの堪え方ばかり教えて避け方や流し方をあまり教えないので求めるのはやや酷かなという気もしますが。

2017年6月11日日曜日

Kindleのダウンロードエラー回避方法を発見!

 クソ忙しい時期を乗り越えてこのところ平穏となってきたこともあってか、このところ頭の回りがいい上に視力も心なしかよくなっているというか回復している気がします。先月までやはり疲労が目にも来ていたのか買い換えたパソコンの画面がやけに見づらく、「フルHDはあんまよくない」などとレビューに書こうとまでしていましたが、書かずにおいてよかった。ただまじめな話、解像度がやや低い画面の方が線がはっきり出るのでテキスト作業が多い人にはそっちの方がいいのかも。

 さて話は本題ですが、今Amazonでスクウェア・エニックス発行の漫画に対し全品価格の半分にAmazonポイントが付くという、実質的な半額セールが行われています。スクウェア・エニックスの漫画作品はそんなに興味ない上に漫画雑誌としてもあまり評価してないためそのままスルーと思いきや、実は前からサウンドノベルゲーム「うみねこのなく頃に」のここから出ている漫画版は読んでみたいと思いつつも、巻数の多さから我慢しつつ見送ってきていたのですが、半額とくれば迷っている場合じゃないと思い一気に大人買いしました。
 「うみねこのなく頃に」はエピソード1から8までそれぞれやや独立しており、全部買うとほんとに果てしない量となるため、アニメ版で見たエピソード1から4は試しで購入したエピソード2を除いて見送り、エピソード5~8をまとめ買いで購入したのですが、それでも購入冊数は約30冊にも及び、現時点においてもまだ全部読み切っていません。

 そんな大人買い自慢は置いといて、実は購入する際に少し懸念がありました。その懸念というのもダウンロードです。
 日本国内ならいざ知らず中国だとKindleコンテンツのダウンロード速度が遅く、途中でしょっちゅうエラーも起こるため、これだけの量を読みたいときに読められるほどダウンロードしておけるのかという不安がありました。幸い今使っている華為のメディアパッドは通信部品がいいのか前のASUSのメモパッドより比較的安定しており、ダウンロード速度も割と高く出ます。その甲斐あって通信状況のいい午前中などは割とご機嫌にダウンロードできていたのですが、それでも30冊超のダウンロードとあって途中で厄介な問題が起こりました。その問題というの、「ダウンロードできなくなる」というエラーです。

 具体的にどういう症状かというと、ダウンロード中にエラーが発生してそのままダウンロードができなくなり、再度一からダウンロードしなおそうとしてもダウンロードを開始してくれなくなるというエラーです。この状態にはまるとコンテンツのダウンロードを要求しても一瞬だけ「ダウンロード準備中」という表示に切り替わった後、すぐそんな要求なかったかのように「ダウンロード中」の表示が消え、その後何度試みても同じような繰り返しで一切ダウンロードができなくなります。
 この現象は通常のノートPCでは起こらずタブレットPCでしか起こらないため、どうしてもコンテンツを楽しみたいというのならばノートPC用(別にデスクトップでもいいが)Kindleでダウンロードを行えばこうしたエラーも起こらず普通にみられます。

 ノートPCで見ればいいだけの話ですが、やはり移動中とかに漫画とかを読みたいことを考えるとあまり起こってほしくないエラーでした。特に今回はまとめ買いということもあって、読んでる途中で1冊だけタブレットからノートPCに切り替えて見るというのも非常に面倒だと感じ、このエラーが目の前で起こった際は怒りよりも寒気を覚えたほどです。
 しかし再ダウンロードしようにも既にエラーは発生済みで再ダウンロードは全く行えず、これまでもこのような症状は何度も見て煮え湯を飲んできていただけに、仕方ないからこの本だけはノートPCで見ようかと思って、この日は通常とは異なる操作を行いました

 通常、私はノートPCにコンテンツをダウンロードする際はノートPCにインストールしたKindleのソフトを立ち上げ、購入済みコンテンツの中から選んでダウンロードするという方法を取っています。ただ今回はエラーが発生した時点でまだノートPCを起動しておらずタブレットでダウンロード済みのコンテンツを読んでいた最中だったので、そのままタブレットからノートPCのKindleにコンテンツのダウンロードを行うよう指示することにしたのです。
 具体的にはAmazonのウェブサイトをブラウザで開き、アカウント登録を済ませた上で「アカウントサービス」メニューの中の「コンテンツと端末の管理」を選びます。すると開いたページではこれまでに購入したコンテンツ一覧が表示され、その中から端末にダウンロードさせたいコンテンツを選び、「配信」というコマンドを選びダウンロードさせる端末(この場合、登録済みのノートPCかタブレットPC)を指定してGOさせます。

 私はこの時、タブレットPCでブラウザを開き、あらかじめノートPCへのダウンロードを指示させようと考えていました。こうしておけばノートPCでKindleのソフトを開いた時点でダウンロードが始まるので、どのコンテンツがタブレットPCにダウンロードできなかったのかをいちいち調べなおしてダウンロード指示させる必要がないと考えたからです。
 ただこの時、ノートPC同様に登録してある手元のタブレットPCもダウンロード先の候補として表示されていました。そこで何の気なしに、あとほんのちょっとの期待とともにタブレットPCもダウンロード先として指定したところ、なんとエラー起こしてうんともすんともダウンロードを始めなかったコンテンツが再びダウンロードし始め、そのまま完了してタブレットPCでも見ることができるようになりました。

 今回のまとめ買いで上記のダウンロードエラーは2冊で起こりましたが、2冊とも同じようにブラウザからダウンロード指定することで無事ダウンロードできるようになり、エラーとともにダウンロードできなくなるというこれまでのKindleにおける最大の不満点を克服することに成功しました。なんとなくこの問題はサーバー上のコンテンツ管理、具体的にはダウンロードを終えているか否かの判定にあるのではないかと思っていただけに、もしやと思ったひらめきでうまくいって正直ビビりました。
 とはいえこれで無事に「うみねこのなく頃に」を楽しむことができ、また今後の海外における書籍購入でも実質最大の懸念を払しょくしたこととなります。冒頭の体調回復と言い、なんとなく自分に向かって風が吹いてきたなと思え、無駄にテンション上がってきました。

 なお今回うみねこと同時期に、前から読みたかった村上春樹氏の「アンダーグラウンド」も購入していますが、購入する際に「アンダーグラウンド」と入力して検索したところ検索範囲が「コミック」であったため引っかからず、かわりに「レッする!ジ・アンダーグラウンド」というなんかえっちそうな漫画が引っかかって、「なんやねん!」とリアルに声上げてびっくりしました。レビューを見る限りだと、この漫画は4巻で打ち切りにあったようです。

2017年6月9日金曜日

顔に出る政治家

 なんかこのところ疲労がたまってるようなのでささっと書きあげますが、例の加計文書問題について政府や文科省はようやく再調査を決めましたが、何故今頃になって再調査を決めたのかというと私が見るに理由は大きく二つあり、一つ目はしらばっくれようとも世論に抗しきれなかったということ、もう一つは国会のスケジュールからでしょう。国会のスケジュールとは単純に6月末に閉会する予定であることから(延長の話は出ていない)、国会さえ閉会してしまえば議会での追及もできずある程度世論をコントロールできるようになります。また今国会の大きな議題であった天皇退位特別法と共謀罪についてもある程度通貨スケジュールが見えてきたこともあるでしょう。

 しかしそれにしてもこの加計文書ですが、安倍政権にとっては本当に耳の痛い問題というか恐らくは噂されている通りに「総理の意向」と「忖度」が働いた結果なのだと思われます。このように思う理由としては既に報じられている種々の根拠もさることなら、安倍首相の動揺っぷりと顔色こそが何よりも物語っています。

 あまりこの手の話をするメディアはいませんが基本的に鋭い政治家というのはどんなに苦しい立場であってもそれを顔にはあまり出ません。代表的なのだと中国の前の総書記であった胡錦涛氏と、同じく今の総書記の習近平氏で、二人も笑顔も硬すぎるという弱点こそありますが(胡錦涛が米国のマイクロソフト本社を訪問して帽子被りながら硬すぎる作り笑顔をしていた姿はマジ笑えた)、政策でうまくいかないときや、嫌いな人間が目の前にいるときであっても一切イライラしたような表情は見せず、その点では手ごわい相手だとよく感じました。
 日本の政治家で挙げればやはり小泉、福田の元首相二人がまさにこのタイプで、小泉元首相の方はまだうれしい時なんかは黄色満面を恐らくわざと見せることがありまだ感情が見て取れましたが、福田元首相ともどもあからさまにイライラした表情はほとんど見せずこの点ではポーカーフェイスで政治家としては及第点でした。もっとも福田元首相は退任会見で怒っちゃったため、なんとなくそのイメージが強いですが。

 これらの政治家に比べ現在の安倍首相ですが残念ながらかなり顔に出るタイプの政治家で、痛いところを突かれるとすぐそのまま顔に出ちゃい、大体逆切れするかのようにイラついて怒るような態度を取ってしまいます。それでもまだ第二期政権が発足した当初は余裕もあってあまりそうした姿は見せず成長したなぁとか思っていましたが、どうも去年あたりから景気もそれほど戻らないのもあってかまたしばしばイライラする表情を見せるようになり、特にこの加計文書問題に関しては「印象論」という言葉を何度も連発するなど、苦しい胸の内を自ら明かしているようにすら見えます。

 念のため書いておくと、私自身は安倍政権が今すぐ倒れることは望んでいません。しかし安倍首相が望む2020年の東京五輪まで政権を維持しようというのはさすがに長すぎるし、アッキーナ事件を始めいろいろとしがらみが出始めていることもあることから、個人的には来年か再来年あたりで区切りつけてそろそろ退任すべきではないかとも思っています。既に自民党内でも岸田大臣を始め早く後任に席を空けろという声も出てきており、求心力はこの一、二年でガクンと落ちてきていることには間違いありません。
 これはあくまで私の勘ですが、ヒヤリハットの法則ならぬ1つの大きな政界スキャンダルの前にはいくつものヒヤリハットスキャンダルというのがあり、ちょうど今の森友学園や加計文書などがそうしたヒヤリハット例ではないかと思え、もしかしたら年末あたりにどえらい安倍政権のスキャンダルが出てくるのではないかと勝手に予想しています。火元はもちろん文科省で、今回の事件を受け文科省も安倍政権と距離を置くようになったように見えるだけに何かすごいリークとか出てくるのではと、あくまで勘ですがこんなことも覚えています。

2017年6月8日木曜日

日本の統計の怪しさ

 今朝北朝鮮がまた日本海に向けて短距離ミサイルを撃ったそうですが、正直なところ福岡県の母子殺害事件の方が気になって仕方なく、北朝鮮のニュースの方はほんとどうでもいいと思いました。北朝鮮ももっと空気読めよな。
 あとまたマッドシティこと松戸市で一般人のアパートが銃撃されるという事件が起こったそうですが、ぶっちゃけ事件の起きた場所は前に潜伏していた箇所からめっちゃ近く、リンク先の記事の写真からも大体どの辺か特定できるくらいなため個人的にはめっちゃ興奮しました。いろんなことがあるけど、私、この街大好きです。

実質GDP年率1.0%増に下方修正 1~3月改定値 (日経新聞)

 そんな数あるニュースの中で私が今日一番気になったのは上記の日本のQ1GDP確定値に関するニュースです。真面目に深く問いたいのですが、このニュースを見て日本人は誰も何も疑問を持たないのか、仮にそうだとしたら私はとしては信じ難く、日本の将来に対しても先行きは暗いと言わざるを得ません。随分偉そうな口をきいていると思われるかもしれませんが、決して挑発目的ではなくこれは私の本心です。

 果たして記事をきちんと読んでいる人がいるのかわからないため簡単に記事内容を説明すると、GDPというのは基本的にまず測定機関から約1ヶ月後くらいに速報値が出され、その後2~3ヶ月後によりデータを整備した確定値が出されます。今回発表されたのはQ1(1~3月)GDPの確定値ですが、年率プラス1.0%という数値以上に自分が驚いたのは、速報値の年率2.2%から大きく数値が変わっているという点です。伸び幅で考えれば2分の1以下で、これでは一体速報値とは何だったのかと疑いたくなる内容です。

ユーロ圏:1-3月GDP、前期比0.6%増に上方修正-内需主導(ブルームバーグ)

 いくら数値が変わったとはいえ絶対値では約10ポイントの差に過ぎないという方もおられるかもしれませんが、速報値と確定値でここまで開きのある数値が出されるなんて私からしたら信じがたく、実際に今日たまだま同じく発表されたユーロ圏の同期GDPは速報値が前期比0.5%だったのに対し確定値は同0.6%でその差はわずか0.1ポイントに過ぎません。通常の速報値と確定値の差と言ったら大体この程度で、速報と確定で10ポイント以上も変わるなんていうのは本当に起こりうるのか、はっきり言ってしまえばどっちかが作為的に数字がいじくられているのではという疑いを持ちます。

 中にはビッグデータの統計だからありうるという人もいるかもしれませんが、仮に同じことが中国で起きたら果たして大衆はどう反応するでしょうか。中国のGDP発表で速報と確定で2倍も開きがあったとしたら、それ見たことかと恐らく多くの日本人がこれだから中国のGDPは全く信用できないと口汚く罵ることが目に見えています。
 中国のGDPについては私の立場から言ってもいくらか数字が弄られているというのは間違いない事実で、地方別GDPを合計したら毎回確実に全国GDPを上回る結果となることがその証左です。しかし国家発表のGDPと地方発表で異なるということは中国政府も認識しており、実態に即したデータを出すよう中央は各地方に要求している点では私はまだマシだと思います。日本の場合は発表されるデータに対して誰も疑問にすら思わないのですから。

 ここだけの話、私はかねてから日本のGDP発表データについては疑念を持っており、果たして実態に即した正しいデータなのかと疑っていて、中国のデータ以上に信用できないとすら思っています。そう思う理由としては中国では誰もが疑いの目を持ってデータを見ているのに対し日本では誰も疑わず、また発表時にどうしてこのような結果になったのかほとんど誰も分析しないからです。中国の場合は毎回必ずアナリストが何がプラス要因で何がマイナス要因になったのか、消費者物価の変動がどれほど影響しているのか、輸出入の変動はどうだったのか様々な角度で活発に議論され、また中国政府自身も毎回必ず分析所見を発表しています。
 然るに日本の場合は一体何がどうなってこの数値になったのか全く改設されず、検証もほとんどされません。その上で私の肌実感からも程遠い数値が毎回出されており、さらに私個人として非常に信じられないのは都道府県別GDPこと県民経済計算が四半期毎に出されていないどころか、隔年でしか調査発表されていない点です。中国は省・市別GDPを四半期毎に発表しており、数字が改ざんされている可能性を考慮してもある程度の傾向は見て取ることが可能です。

 恐らくですが、今年Q1の日本のGDPは実質的にはマイナスだろうと考えています。理由は確定値をここまで下げているからで、改竄した値を次期以降にやや実態に近づけるための処置に見えることと、今の日本経済は実質的に経済力や国際競争力ではなく為替変動ですべて決まると思うからです。
 もともと日本人というかアジア人は全体的に統計が下手ですが、今の日本の経済統計指標は私から見て全く宛てにならず、むしろ時期毎に改ざんされている可能性が高いのではとすら思います。しかもそうした改竄されたデータを基にあれこれ政策を立てるのだからうまくいくはずもなく、出生率とかに関してもいくらか怪しんでみた方がいいというのが個人的な意見です。

2017年6月6日火曜日

紫式部の人物評

 紫式部が会ったこともない清少納言を非常に悪く言っていたことは有名ですが、この発言の根拠とされるのは彼女自身が書いたと言われている「紫式部日記」からです。平安当時ともなると産業力も高まってまだまだ貴重だったとは言え紙と筆を調達して日記を書く人間も増えていたものの、やはりその量、質でこの紫式部日記は第一級の宮中記録資料ともいえる代物で、藤原道長を始め当時の主だった人物の生の姿が生き生きと描写されています。
 もっともそれを言えば枕草子も同じですが。

 そんな紫式部日記について、とかく清少納言への人物評ばかり取り上げられますがもう一人個人的に面白いと思うのが和泉式部への人物評です。和泉式部もまた当時第一級の歌人、随筆家であり、歴史の教科書では和泉式部日記という単語が出てきます。ただ私は彼女もさることながらその娘の小式部内侍が詠んだ、「大江山 生野の道も遠ければ まだふみもみず 天橋立」という百人一首にも収録された和歌が群を抜いてすごいと考えています、

 話はその和泉式部に対する紫式部の人物評に戻りますが、具体的に言えば、「和歌や文才は認めるが、男性関係にだらしなさすぎる」ということを本当に書いています。実際、和泉式部日記では、「ああこの人のこと気になって夜も寝られないけど、身分違いだしどうしようもないわ私。ここは私から身を引くべきなんだけど、強引に迫られて困っちゃう♪ ちょっと気を引くために比叡山に行って尼になるとか言ってみたりとか……(実際行った)」みたいなかまってちゃんな内容が延々と書かれてあり、紫式部に限らず当時のほかの人からも、「面倒くさい女」と言われてます。

 それだけに紫式部の人物評は決して間違っているものではないものの、「散々エロい小説書いてるお前が言うか!」と、私個人としてはツッコミたくなります。よく源氏物語は日本で初めての小説だと紹介されその事実に間違いはないものの、実態としては恋物語としての小説というよりかはレディース小説だと思え、紫式部については「日本レディース小説の祖」として扱うべきだとも思います。っていうか平安時代にレディース小説が成立していて、菅原孝標女(更級日記の作者)が子供時代に「続きが読みたくて読みたくてしょうがない」と激しくねだってたあたり、読者層もばっちり少女なのもレディース小説としての条件を備えています。

2017年6月5日月曜日

書評「でっちあげ」、「モンスターマザー」

 なんか最近Amazonの広告載せた書評ばかり書いていて自分がさも広告料目的で書いているかのように見えてきますが、ここだけの話Amazonから入ってくる広告料なんて雀の涙もいいところで、数ヶ月に一回500円程度が入ってくるという小学生の小遣いレベルのようなもんです。なおGoogle AdSenseならこの陽月秘話は4ヶ月くらいで1万円、企業居点なら2ヶ月くらいで1万円入ってきます。前にも書きましたが、ブログで金稼いで生活しようなんてよほどの知名度やテクニックがない限り、いくらか悪さしないと難しいと思います。

福岡市「教師によるいじめ」事件
丸子実業高校バレーボール部員自殺事件(どちらもWikipedia)

 話は本題に移りますが、正直に言えば私は今の今まで福田ますみ氏の著作「でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相―」と「モンスターマザー―長野・丸子実業『いじめ自殺事件』教師たちの闘い―」をこれまで読まなかったことを深く後悔しています。どちらも面白いルポルタージュであると噂には聞いていてそれとなく気になってはいたもののなかなか手に取らず、繁忙期が終わってプライベートでいくらか体力的にも余裕が出てきたことと、タブレットPC(HuaweiのMedia Pad)買って電子書籍が読みやすい環境となったこと、やたらと活字が読みたくなったことから、上記の二冊のうち文庫版が出ており安かった「でっちあげ」を先に購入して読んでみました。
 なおよく人から「いつもたくさん本を読んでいるんでしょう?」と言われますが、実のところ普段はそれほど本を読まず、ネットで読む活字量は膨大ですが書籍の読書量はあまり人に言えるようなレベルではありません。むしろ冷凍たこ焼きを常備している友人の書籍購入量とかかなりやばい。

 話は戻しますが、初めて「でっちあげ」を読んだ際は素直に衝撃を受けました。本当に数年ぶりかともいうべきページを読む手が止まらないという感覚を覚え一気に読み終えると、すぐそのまま「モンスターマザー」も、文庫版がまだ出てなく高かったものの迷わず購入しました。でもってこっちも鎧袖一触するかのように昨日一瞬で読み終え、今こうしてレビューを書いています。

 各本の概要を簡単に説明すると、いわゆるモンスターペアレントに翻弄される学校現場を取り上げたノンフィクションのルポルタージュです。取り上げられた事件は冒頭に掲げた二つの事件、福岡市の「教師によるいじめ」とされた事件と、長野県丸子実業高校のバレーボール部員の自殺をめぐる事件で、どちらも目と耳と感覚と自分の常識すら疑いたくなるようなセンセーショナルな事件の実態を丹念な取材の基に詳細な形で描かれています。
 どちらの事件でも共通している点としては、小学生児童と高校生生徒が学校で、しかも教師らからいじめを受けていたとセンセーショナルに全国で報じられた事件が実は、そもそもいじめと言えるような事実は初めから存在しなかったという点です。いじめがそもそも存在していないにもかかわらず、被害者とされた児童と生徒の親がさもいじめが既成事実であるかのようにマスコミ各社に喚き散らしたことで、周囲の教師や無関係の生徒が冤罪と言ってもよい激しい報道被害に遭い、実際に裁判にまでかけられてしまう(丸子実業高校の例では校長が「殺人罪」で刑事告訴までされた)という事態にまで発展します。

 事件の大まかな概要については各Wikipediaの項目の中で紹介されておりあらかじめそれら記事を読んではいたものの、改めて福田氏の書籍を読んだところその事態の経過、振り回される教師たち、そして何より教師らを何の怨みがあってここまで追い詰めようとするのかと言いたくなるような、モンスターペアレントの異常極まりない所業の数々には息を飲みました。同時に、教師らの言い分は聞かずにモンスターペアレントの異常極まりない言動を真に受けて報じるメディアたち、さらには自ら支援を名乗り出て実際に裁判まで起こしてしまう自称人権派弁護士の数々など、果たしてこの国に理性はあるのかと誇張ではなく本気で疑いたくなるような事態の連続は、下手なミステリー小説などよりもずっと続きが気になり、ぐいぐいと引き込まれる内容となっています。

 ただ、どちらも同じモンスターペアレントによる異常な騒動を取り上げられているものの、内容というか状況においてはやや差があります。具体的には「でっちあげ」の事件では担任教師単独が狙われた一方、学校や市の教育委員会はモンスターペアレントに屈し、教師をほとんど支援しないどころか彼の不利になる証言や行動までとってしまい、教師はよくこの状況を耐え抜いたと思うくらいの孤立無援の状況が続きます。もう一つの「モンスターマザー」の事件では、担任教師、部活顧問、学校校長、教育委員会、そして同じ部活の生徒が早くから生徒の親に問題があることを認識し、裁判となっても一致団結して協力して苦境を乗り越えています。
 このようにモンスターペアレントに狙われた対象という意味では「でっちあげ」の事件の方が不憫この上ありませんでしたが、ことモンスターペアレントそのものでみるならば、「モンスターマザー」に出てくる人物の方が桁違いでした。「でっちあげ」は徐々に徐々に周囲がおかしくなっていきある日突然「殺人教師」に仕立て上げらえるという風に段階がありましたが、「モンスターマザー」に関しては初めからフルスロットルで、裁判で徐々に状況が不利になっていくにも関わらず変わらずに嫌がらせやわけのわからない主張を繰り返す有様で、どうして嫌がらせにここまで行動力を発揮できるのかと読んでるだけでも恐ろしさを覚えるレベルです。

 このほかにも内容面で紹介したい話がたくさんありますがそろそろまとめに入ると、取り上げられた二つの事件はメディアや周辺から謂れのない批判を受けつつも、最終的には、特に「でっちあげ」の事件では奇跡的にも裁判でモンスターペアレントの主張が誤りであることが認められ、読後感も悪くなく終わりますが、こうした教師側の主張が認められる例は果たしてどれだけなのかという点が少し気になります。現実には謂れのないモンスターペアレントの批判に屈し、望まぬ担任交代や異動、そして実際にありましたが自殺に追い込まれる教師は日の目を見ないだけでたくさん存在すると思われ、それらの社会的影響を考えるうえでも福田氏の著作はいいきっかけになりました。

 そもそも取り上げられている事件は最初のいじめ報道後、何年にもわたって裁判が繰り広げられており、その経過を最初から最後まで双方の関係者に取材しつつ一冊の本にまとめた福田氏のお手並みには舌を巻くというか恐れ入り、今の自分の中では日テレ報道部の清水潔氏と並び尊敬する記者に入ってきました。
 その福田氏自身も独白部で語っていますが、「でっちあげ」の福岡市の事件に関わるきっかけとなったのは「児童に激しい暴力をかける殺人教師がいる」という他社の報道を追いかける形で取材したからで、それこそ自分も当時に一歩取材を間違えていれば、他社報道と現場取材との間に疑問を覚えなかったら、無実の教師を激しく糾弾する側に回っていたかもしれないと書かれていたのが特に強く印象に残っています。恐縮ながら私自身も過去の取材中に何度も、「もし自分が現地取材を怠っていたらどうなっていたのか」と思う経験が多々あり、正直他人事だとは思えないという体験があっただけに言いようのない気持ちを覚えます。

 私は基本的に自分が買った本、読んだ本しかこのブログでは紹介せず、内容がそれこそ「総理」のようなクソみたいな本は紹介はしてもバナー広告はつけません。しかし今日紹介したこの二冊に関しては胸を張ってお勧めできる本で、もし興味があられればぜひ手に取っていただきたい本です。


  

2017年6月4日日曜日

魔の収納椅子

 自分自身ではあまりそのつもりはないのですが、皮膚が弱いのかよくダニに咬まれます。ダニは咬まずにその死骸やフンがアレルギーになるだけという人もいますがそんなのは眉唾で、実際には蚊に刺されるのと一緒でダニもヒトの皮膚を咬み、特に特徴的なのは一回に二箇所を咬むため赤い丸ポチの腫れが二つセットでできてたらダニだと思ってオッケーです。
 日本国内にいた頃もリアルで疥癬(ダニが皮膚の下に潜る症状)になったこともありますが、マジであれは一回起こすと夜中に一睡もできないくらいかゆくなります、もし自分が拷問官であったら水攻めとかむち打ちのような無駄に労力かかるようなことはせず、安心手軽に疥癬にさせて自白に追い込むという手段を取っていることでしょう。マジで。

 で、話は中国になりますが、中国のダニは明らかに日本のダニと比べて異常にパワフルです。私以外にもダニにかまれたという人は数多い上に、ゴキブリは日本より小さくて量も多くはありませんが、害虫全体でやたら体力があるというか蚊も下手すりゃ4月くらいから飛んできてブスブス刺してきます。
 そんな中国だからこそ私もダニ対策には力入れており、夏場はよく布団を干したりシーツを洗ったりする傍ら、どうしてもダニが減らないと思ったら電気カーペットを布団の中に入れてフルパワーでスイッチオンしたりします。こうすると布団乾燥機のように布団の内側から熱によって乾燥させられるため、ほぼダニを一掃することができます。またこうした布団対策以外にも、こまめな部屋の掃除も効果があるため悩んでいる方はしょっちゅう掃除することをお勧めします。

 で、話は本題ですが、私は昨年に上海へ戻ってきたばかりの頃、部屋に手ごろな椅子がなかったため暫定的に収納ボックスにもある椅子を購入して使っていました。最初のころはそうでもなかったのですが代替去年の秋口くらいから太ももや臀部あたりをしょっちゅうダニにかまれるようになり、布団をいくら対策しても効果がなく、でもって会社での就業中もそこまで痛むことはないので、もしかしてこの収納椅子が原因ではないかと疑いました。
 かといって、その収納椅子は合板を組み合わせて外地にキルトを張り、天井部にクッションを付けただけの椅子です。真綿とかだったらわかりますがまさかこの椅子にダニが発生するとはと疑いつつも新たに藤椅子を購入してみたところ、自分でもびっくりするくらいダニに咬まれることがなくなりました。

 その後、収納椅子は実質的にほぼ使わなかったのですが、最近リラックスチェアに座ってゲームをすることが増えたので投げ出した足を乗せるのにちょうどいい高さだったことと、大分時間がってるしかかと載せるくらいなら無害だろうとまた収納椅子を寄せて使っていたら、なんかえらいことになりました。
 載せている間、はっきりと近くできるくらいに何か小さいものが私の足を上り、でもって裁縫針で刺したかのような痛みとともに、その痛む箇所にまた小さい丸ポチの腫れが浮かんできました。っていうか半年くらい使ってなかったのに何故まだ刺されるのか、マジで自分の目を疑いました。

 真偽はともかく、この収納椅子が私の部屋の中でダニの繁殖源となっている可能性が高いと判断し、収納スペースのところにDVD-ROMとか小物をあれこれ入れていてそこそこ便利だとは思っていたものの、このまま置いておくとダニが繁殖する恐れもあることから思い切って捨てに行きました。それを実行したのは今日の昼過ぎでしたが、外のゴミ捨て場に持っていった直後、抱えていた二の腕のあたりが赤くかゆみだしてきて、一体俺はどんな椅子を持っていたのかと真面目に空恐ろしくなってきました。

 それにしても収納椅子なくなってそこまで不便じゃないけど、やっぱり足を乗せる台がほしいです。昨日ニトリで、「夏でもこんな冷たく感じるのに冬に使ったらどうなるんだろう」と思う冷感夏蒲団買ったばかりですが、また来週も行って収納椅子でも買おうかな。

卓球世界選手権の平野選手に関する中国の報道

平野美宇、世界1位・丁寧に完敗 中国の徹底研究に屈し銅メダル 48年ぶりVならず(THE ANSWER)

 自分はテレビ中継を見ていませんでしたが、ドイツ・デュッセルドルフで開かれている卓球の世界選手権での日本の平野美宇選手と、現世界一位である中国の丁寧選手の試合が大きな話題となっています。先のアジア選手権で平野選手は丁寧選手を含む世界トップランカーの中国選手を悉く打ち破り優勝しており、この世界選手権でも「アジア女王から世界女王へ」という期待も高かったのですが、結果は4対1で丁寧選手が平野選手を下し、世界一位の貫録を見せるとともに見事アジア選手権での雪辱を果たしました。

 Yahoo記事のコメント欄を見ると見ていて手に汗を握る試合だったと語る人が多いとともに、平野選手、丁寧選手双方へ賞賛を送るコメントも多くみられます。丁寧選手については、「さすが中国」、「平野選手もすごいが中国の壁は厚い」などと書かれてあり、素直な感想を述べさせてもらうとヘイトなコメントがほとんど見られず熱闘を見せてくれた両者を惜しみなく称えるコメントが多くて中国住まいの長い私としても読んでるだけでうれしくなりました。

 ここでふと中国側ではこの試合についてどう報じているのかが気になり、さっそく中国のニュースサイトを覗いてみました。

日本吐槽:丁宁这次不用写检查 穿旗袍绝对大美女(新浪体育 )
邓亚萍:平野还是经不起研究 一切在丁宁掌握中(新浪体育 )

 さっと見る限りでは、やはり先のアジア選手権での平野選手の躍進もあったからでしょうか、この試合については中国でも注目されていてニュースでも大きく取り上げられています。
 上の記事ではこの試合前、そして試合結果に対する日本側の反応を取り上げており、中でもちょっと驚いたのが「日本の2ちゃんねるでは3つの異なるスレッドが立ち、試合開始からリアルタイムで討論が続けられた」と書かれてあって、実際にその下では第1から第4まで各セット毎に書き込まれたと思われる内容を中国語に翻訳して書かれてありました。
 なお私が見ていておいおいと思った書き込みは、「さすが丁寧の兄貴は王者の風格だ」という記述でした。

 下の記事は既に引退した元オリンピック金メダリストの劉亜萍氏の試合結果に対するコメントで、平野選手については中国も絶え間なく研究していることと、大舞台での経験がまだ足りていないことが今回の敗因だと指摘した上で、最初の3セットはアジア選手権で見せたような状態ではなく、やや緊張していたように見えたとも述べています。その上でこの試合に勝ったか負けたかに関係はなく、今後も相手選手については研究を続ける必要があるとも述べられています。
 平野選手の実力に関しては、非常に高い攻撃力(「殺傷力」と表現されている)を持ち、将来性も豊かな申し分ない選手であるとべた褒めしてくれています。しかし上記でも述べた通りにまだ経験面が浅いことが欠点だと述べ、中国チームは徹底的に一人の選手に対しても研究してくるので今後はそれにどうやって立ち向かうかが重要だとも話しています。

 そのほかのいくつかの記事も読みましたが、こちらも日本での報道同様にフェアに報じられており、丁寧選手が雪辱を果たしたものの平野選手は依然として中国チームにとって恐るべき相手であることに変わりはないなどと、平野選手に対しても惜しみなく絶賛し、「2020年の東京五輪において中国にとっての最大の脅威となるだろう」とまとめる記事もありました。

 私個人としては、やはり日中は距離も近いこともありスポーツ面ではもっと交流し、お互いに実力を高めあっていける関係になれればと願っています。今回取り上げた卓球に関してもそうですし、日中ともに人気なサッカーでも、そしてまだ中国では人気でない野球も、中国が実力をつけてくれば日本も実力を高められると信じています。
 普段私が中国コラムを書くと呆れるくらいにヘイトなコメントに溢れますが、それだけにこうしてお互いを称えあえるコメントを見るだけでなんとなく気分が和らぐ思いがしてくるあたり自分も年を取ったなという気がします。

2017年6月2日金曜日

中国人技術者を日本に招く価値

 最初に断りを入れると、この記事で書く内容は中村紀洋氏並(?)に特殊な経歴を歩んだ私だからこそ書ける内容だと思え、なかなかよそではお目にかかれないのではないかとも思います。

 話は一か月前に溯りますが、日本に一時帰国した際にビックカメラで携帯電話用フィルムを探していたところ、ほしいサイズの在庫があるかを確認しようと店員に声をかけてしばらく話をした後、「もしかして中国人?」と、店員の名札を見て私から聞きました。
 聞いてみるとやはり中国人だったのでそのあとは中国語に切り替えて少し雑談をしましたが、なんでも日本にはもう7年間住んでるとのことで、日本については「暮らしやすい」という風に話していました。

 その後店を出た後で少し考えたこととしては、現在中国へ進出する日系企業の業種はその大半がサービス業で、特に小売りや飲食が目立って多いのですが、日本語の使える中国人は探せば簡単に見つかるものの、更にこうした小売りや飲食といった業種を経験していてノウハウが分かっているという条件を付けるとなるとなかなか見つからなくなるという話を、以前に人材会社総経理から聞いたことがありました。恐らく、いまだと少しは改善されてはいると思うものの、サービス系企業の進出はずっと右肩上がりであることを考えればやはり今でも不足し続けているかと思います。
 それであればむしろ、上記のビックカメラの店員のように日本の大学を出てそのまま日本で就職した従業員を中国に派遣したらどうなのかなという案が浮かんできました。こうした中国人従業員ならノウハウもわかっており、且つコミュニケーションにも問題がなく、そして何よりも日本で研修を受け業務を学んでいるという点が大きなメリットです。唯一の難点としては、中国に帰りたがらない中国人が案外多いということですが。

 まぁ私がこう思うあたり、恐らく実際に日系小売企業とかでは既に上記のプランを実行しているでしょう。むしろ日本国内でそうした中国人従業員をあまり雇っていない企業が中国に進出するのであれば、上記のような大手小売りや飲食系企業の店員をスカウトするのが手かなと言えます。

 ここまで考えた後でふと、「逆はどうかな?」と思いました。つまり日本で働く中国人を中国に送るのではなく、中国で働く中国人を日本に送る、という案です。どうでもいいですが「案です」と入力したら「アンデス」と表示され山脈を思い浮かべました。
 ここでいう「中国で働く中国人」とはそのまんまの意味ではなく、日系企業ではたいている中国人、特にメーカー系企業を指します。先ほど私はサービス業を経験している日本語の話せる中国人を現地で見つけるのは難しいと書きましたが、これがサービス業ではなく製造業であれば話は違い、既に日系メーカーが長年中国で事業を行っていることもあってか工場長をやれるようなクラスであっても日本語を使える中国人はすぐに見つけられます。いわんや技術者もです。

 技術大国日本がどうしてわざわざ中国から技術者を呼ばなきゃいけないのかと思われるかもしれませんが、はっきり言いますが技術者が不足しているのは日本の方です。特に30代から40代の中堅クラスはどの中小企業でもぽっかり穴が空いたように不足しており、企業コンサルしてる友人も「20年後には日本の製造業は成り立たなくなる」とガチで予言されました。

 実際、私自身もそれを目の当たりにしています。冒頭で書いたように私は歪な経歴をしていて貿易事務やってからライターとなり、そのあとでまたメーカーで品質管理やらされるという明日をも知れない経験をしてきました。最後のメーカーのところですが、ここなんかまさに中小メーカー企業というようなところで、上があまりにも計画なかったから無意味に工場で半年も勤務させられましたが、工場内の年齢構成に正直ぞっとしました。
 すでに述べている通りに30代、40代の技術者、工員がほとんどいないにもかかわらず、50代、60代は呆れるほど多く、しかもその一部は確実に老害となっていました。その老害は面倒くさい仕事は数少ない30代と40代社員に投げるせいでこの層は非常に忙しくしてるのに高い給与をもらい、さらにはしょっちゅうトラブル起こすなどで、企業コンサルしてる友人の言は正しかったと確認させられました。

 技術者というといろんなものを開発したり発明したりというのを思い浮かべがちですが、実際にはプレス機の整備や運転、熱処理の管理、金型のメンテナンスなど地味な仕事が多いです。しかしそうした地味な仕事を担うには経験と技術が必要なのは間違いなく、パッと来たばかりの人間に任せられるようなものではありません。にも関わらず本来中核となる30代、40代の年齢層は大手は知りませんが中小ではほぼ絶滅危惧種となっており、技術の継承以前に設備を稼働させたり維持したりする上でも危険な領域にあると断言できます。

 一方、中国では皮肉なことですがまだまだ景気も悪くないこともあって、日系企業が工場内で結構忙しく育成しており、割とこの年代の技術者は豊富にて、しかも日系企業内であれば日本語の使える技術者も珍しくありません。これから日本で若手技術者を育成するくらいならばいっそ、日本での勤務を希望する中国人技術者をこういうところから日本に連れてきた方がいいのではと、真面目に覚えました。

 繰り返し言いますが技術というのは天才的なひらめきではなく経験と知識によって生産を維持する能力の方が重要であり、これは質もともかくとして量も強く求められる要素です。日本は質も最近怪しいですが量の方面は致命的な水準にまで落ち込んでおり、何も中国人技術者に学べとまでは言いませんが、彼らの力を借りる価値がある経済状況にあると思う、というよりもうそうなっています。幸いというか日本国内での勤務に興味を持つ中国人は少なくなく、募集をかけたら家族ぐるみで来ようと思う中国人はいると私には思えるだけに、こうした動きが今度高まっていけばと本気で考えています。

2017年6月1日木曜日

奈良の奥地


 上記画像はネットで拾ってきた奈良県の地図ですが、実によく奈良の実態を表してるなと感じ入りました。この地図に書かれている通り、我々が一般にイメージする奈良とは北部のほんの一部だけであって、あとは上記画像の通り「?」と言いたくなるくらいの未開……というにはさすがになんですが、かなり常識を超えるくらいの山深い地域が広がっています。


 続いてこちらは奈良県周辺丸ごとの航空画像ですが、何故ネットで検索せずとも自分のパソコンに最初の画像ともども入っているのが不思議です。この航空画像で見てもわかる通り、吉野郡とかもやばいぐらい青々としています。でも南北朝時代はここに南朝本部があり、今も人が住んでいる場所すらあるというのだからいろいろすごいものです。
 少しまじめな話すると、やはり奈良北部とそれ以外の地域では地域の帰属が変わるというか、南部の方は奈良県というよりは和歌山県に帰属が近いのではないかと思います。和歌山県の熊野地域と連続するような森林群で、もし道州制とか取り入れるならばそのあたりを考慮して奈良北部は京都、南部は和歌山とするのもアリではないかと思います。

2017年5月31日水曜日

書評「東芝解体 電機メーカーが消える日」

 

 いつもAmazonの商品バナーは下部につけていますがたまには商品説明もかねて上からつけてみようと思います。まず結論から言えば非常に「買い」な本で、日系エレキ業界の現状を量る上では文句なしにお勧めできる内容です。

 この本は私が「総理」というダメ本読んで勧めてくれた友人に文句言った後、「これならどうだ?」と訪問販売のセールスマンのように続けて勧められた本です。著者の大西康之氏はこれ以前にも「会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから」という本を読んでおり(勧めたのはまた例の友人)、その内容と取材ぶりにはかねてから評価していたのでこの本も言われるがままに手を取りました。

 概要を簡単に話すと日系エレキ業界(電機と言わないのはシステムメインの富士通も入ってるから)の成り立ちから現状、そして何よりもその「親方日の丸」な構造について詳しく解説されており、さらに東芝やソニー、シャープなど各大手企業について個別に現状と今後について分析がなされています。長年エレキ業界に携わっていたという筆者名だけあってどのようにして紹介されている大手がのし上がり、そして衰退していったのかについてライブ感たっぷりに描かれてあり、特に富士通のニフティ売却について明確に「悪手」と評した上でその理由と背景を説明している点についてはよそではあまり見られない分析なだけに、読んでて大いに唸らされました。

 そうした個別記事もさることながら、前半部に書いてある日系エレキ業界の構造こそがやはりこの本の肝でしょう。説明されてみるとごくごく当たり前の事実なのですが、逆を言えば指摘されない限りは気づきづらい「親方日の丸」の構造について、NTT(電電公社)と東電を頂点とする親子構造によって説明しており、具体的に述べるとNTTと東芝がそれぞれ通話料、電気料金という自分たちで自由に価格設定できる実質的な税金によって設備投資を行い、それらをNECや富士通、東芝や日立が受注することで成り立っていたと喝破しています。
 しかしいうまでもなくこの構造は既に崩れており、それらがエレキ企業の衰退を招く一因となったと指摘しています。言われてみれば本当に簡単な構造ですが、恥ずかしながら自分は今の今までこうした構造を意識することがなかっただけに強く感銘を受けました。

 このほか見どころとしてはソニーの出井時代について肯定的な評価がなされている点や、エレキの中で唯一の勝ち組と言われている日立の収益構造が先細っているという現状があり、内容的にはおっさんも学生もエレキ業界についてしっかり学べる内容になっています。
 本来は少しは批判したりしないと書評として成り立たないのですが、この本については私から批判できる点は何もありません。前に読んだ三洋電機の本も見事でしたがそれ以上の鋭さを持って書かれており、あとがきにもありましたが著者の集大成的な本だと思えるので興味がある方はぜひ手に取ってもらいたいと思います。

  おまけ
 勧めてくれた友人に感想を伝えた際、第一声は「最初に出てきたお魚さんの絵がいい」でした。何故あそこでお魚さん使ったのかちょいちょい不思議ですが、不思議と私の心はがっちり捉えられてしまいました。

2017年5月30日火曜日

コメダ珈琲上海店

 (邪魔やおっさん)

 (こっち見んな)

 前から噂には聞いてはいたものの足を運んだこととがなかった上海のコメダ珈琲店に一昨日行ってきました。写真下のキャプションは私の心の声です。

 コメダ珈琲とは愛知県在住なら言わずもがな、最近は東京周辺にも増えてきていてマッドシティこと松戸にすら存在する日本の喫茶店チェーンのことです。私自身は名古屋で何度も訪れているだけでなくマッドシティ店にも友人といったことがあり勝手知ったる喫茶店ですが、特段ひいきにしているわけでなくメニューを覚えている程度の店という感覚です。
 なお、やはり喫茶店チェーンで一番評価しているのは京都のイノダコーヒです。あそこは他の喫茶店関係者に聞いても、「イノダには勝てない……」とみんな口を揃えて言います。


(店内は日本とまんま)

 場所は上海高島屋の隣にあるオフィスビル一階で、入り口は正面からではなく高島屋の地下鉄側一階入り口の脇から入った方が近いです。

 レイコー大は32元(約480円)

割と既視感の強いメニュー

 ざっと見た感じは日本の形態をそのまま持ってきている感じで、言い換えれば中国向けのローカライズはあまり見当たりませんでした。なお上記の写真にはありませんがシノワールも置いてあったもののそれ以外の甘味系メニューはほぼなく、ケーキとか食べようと思っていたのでこの点は個人的に残念でした。

 この時所持金が心もとなかったのですが携帯決済することができて一安心であったものの、それ以上はこの日はもうお金が使えず、家にずっと籠ってました。お金がない辛さを学生時代ぶりに思い出してます。

2017年5月29日月曜日

「総理」レビューとジャーナリスト山口敬之氏の疑惑

総理(Amazon)

 つい先日、というか先々週に上記の本を読みました。この本を手に取ったきっかけは友人からの猛プッシュを受けてのことで、「単独の政治本でこれほど好評なレビューが集まることはまずない」とまで言われて購入はしたものの、当時タブレットPCを故障により紛失していたことからなかなか読めず、新たにファーウェイのタブレット(性能めっちゃええけどビックカメラの店員、パスポートのこと聞いてくれたらよかったのに)を購入したことからようやく先々週に読むことができました。
 読了後、上記の勧めてくれた友人にさっそく感想を伝えましたがその内容というのも、「一体何故こんな本を俺に勧めたんだ?」という、自分でもかなりびっくりするくらい辛辣なものでした。さすがにストレートでここまでは言わず、「正直、勧められもののそれほど評価できない。というより、一般に読まれるべき本ではないしむしろ『読むなこんなもん!』というべき対象だ」というくらいやんわりとは言いました。

 私が何故これほどまでに辛辣な感想を持ったのかというと、政治解説本として単純に恐ろしく質が悪いからです。書かれている内容というのも筆者の山口敬之氏と安倍首相、麻生大臣との距離や関係性についてしかなく、途中に至っては、「あの政治的決断は自分が両者のメッセンジャーをやったからなされたんだぞ」という具合ではっきり書かれているところがあり、言い換えれば安倍首相と距離が近いことをあからさまに自慢する内容すら書かれています。

 一応、消費税増税先送りや総裁選再出馬の前後については詳細に書かれてはいますが、これらに関しては他の政治本でも十分把握できる内容だし、後者に至っては安倍首相をよく見せるために露骨なミスリードすらなされています。
 具体的に言うと、安倍首相が何故一度降りた総理の職を再び目指したのかという点について山口氏は、「東日本大震災と中川昭一の死が影響した」と指摘していますが、これは政治家の分析としては大いに間違っていると私には思います。まず東日本大震災について「影響を受けた」という政治家はたくさんいる、というか思想や感情に影響を受けていない人は日本人全体を含めてまずおらず、それた大多数の人たちと安倍首相の間では何が違うのかが書かれていません。強いてあげれば、「被災地訪問に山口氏が同行していた」という点だけが異なり、こう書くことで安倍首相の話を引き立てられるからでしょう。

 次に中川昭一の急死についてですが、確かにこれは安倍首相も少なからず影響を受けていますが、私が見るに現在の安倍首相のメンタリティに最も強く影響させた死は間違いなく松岡利勝でしょう。覚えている人には早いですが戦後初めての現役大臣(農水)の自殺にまで発展し、やはり今の安倍首相を見ていてリスク管理や大臣クラスの失言に対し、松岡自殺事件を意識していると思う節が多々見られます。中川昭一の自殺はお涙頂戴になりますが松岡利勝の自殺は安倍首相を貶める書き方になるから敢えて全く言及しなかったのではないかと私は見ています。

 そのほかこの本の欠点を述べると、安倍首相と麻生大臣しか政治家が出てきません。恐らくこの二人以外にあんま友達がいないのと、だからこそこの二人に利用されたんじゃないかなと思うのですが、文章を読んでいても安倍首相の政敵となる相手、具体的には石破氏に対してはやや辛辣な書き方が見え隠れしています。言い換えれば、安倍首相の忖度を受けて書かれた本じゃないのかなと思えてならず、内容からして読んでて事実を見誤る要素がふんだんに盛り込まれ、必要以上に安倍首相を持ち上げる記述があるため正直言って私は不快感を覚えました。
 唯一評価できる点を挙げるとすると、日本の政治記者というのはしばしば派閥単位で志向を巡らせることが多く、政治家個人単位で分析したり書いたりすることは案外少なかったりします。それら一般の政治記者の本に比べると派閥の話がほとんど出てこず安倍首相個人を中心に据えて書かれているため、観点としては悪くはありません。もっとも派閥単位で書けるほど人づきあいがなかっただけかもしれませんし、安倍首相個人を語る上では彼の御母堂を無視するというのは私の中ではありえませんが。昭恵夫人に対してすらも全く言及されていないし。

 それがためAmazonのレビューで好評意見が多いというのも、私からすればやや奇妙に移りました。何人かは私と同じような感想を持っており上記に挙げた点についても指摘されている人がいましたが、この本を評価した方々についてはもっといい政治解説本があるのだからそっちの方を読んだ方がいいのにと思えてなりません(友人を含め)。
 具体的には、文芸春秋にある赤坂太郎氏の定期コラムが一番簡潔でいいでしょう。これ書いている人は朝日新聞の記者だという噂がありますが、すでに十年以上も同じ調子で書かれていることを考えると複数人のペンネームかもしれません。

「私はレイプされた。不起訴はおかしい」著名ジャーナリストからの被害訴え、女性が会見(BuzzFeed Japan)

 そんな具合で友人に対しても遠慮なく不満をぶつけるくらいフラストレーションたまっていたところ、出てきたのが上記疑惑です。事件の訴え自体はその友人からも知らされていましたがこうしてトップニュースになるあたり本人もニュースな男になったじゃないかと感心しています。
 件の疑惑が真実であるかどうか私には判断する根拠や術はもちろんありません。ただ先ほどの本の内容、特に自分と安倍首相の近い関係をジャーナリストでありながら自慢するという記述の仕方を見る限り、自尊心が高い上に何か自慢せずにはおられず、思想に偏向がある人物のように私は感じたため、疑惑が事実であっても何も驚きがありません。

 繰り返しになりますが、政治家との距離を自慢するというのは私の価値観ではジャーナリストとしてまずあり得ない行為で、友人や記者仲間とかに自慢するだけならまだしも、堂々と本に書いてしまうあたりは正常じゃない気がします。私個人としては、こういう方にはあまりジャーナリストと名乗ってもらいたくないというのが結論です。

2017年5月28日日曜日

今そこにある危機

 中国は5/30(火)の端午節という祝日に無理やり日、月、火という連休に絡ませるため、昨日5/27(土)は出勤日で普通に仕事がありました。この土曜の出勤日分が月曜への振替にすることが国によってきめられているのですが、中国ではこういう妙な祝日の差配が多く地味にむかつきます。
 もっとも連休前とあって土曜は有休をとる人も多い上に社会全体も連休モードのため仕事が忙しくなるということはないのですが、私の方は抱えている案件があったため割と午前中は集中して仕事したものの、午後は手持ち無沙汰になったため次の原稿の調べものとかしていました。

 そしたら突現携帯にメールが来て、見てみると銀行からでした。なんでも三連休中に銀行システムアップデートをやるため連休中はATMでの引き出し等ができなくなるとの通知でしたが、「何故直前の前日に通知する?」というのが気になったものの、敢えて深く考えないようにして仕事に戻りました。
 ただこの時、財布の中身がやや心もとない状態だったことを思い出し、連休中ともなれば何かにお金使うかもと思って一応夜のうちに引き出しておこうかとは気には留めていました。そして仕事が終わってあらかじめ約束していた元同僚と市内で夕食を取った後、夜十時に自宅近くのATMに寄って引き出そうとしたところ、何故かATMの小部屋がロックされてて開きませんでした。

 見てみると張り紙があり、メール通知に書かれていた内容に加えて、「ATMは27日夜8時以降は使えなくなります」という文言が書かれていました。聞いてねぇよこんなこと!
 もっと早く下ろしておけばと後悔先に立たず。しかもこの時困ったことに、ただでさえ心もとない金額だった財布の中身が元同僚との夕食でさらに目減りし、リアルに80元(約1200円)しか残っていませんでした。このままだと連休越せないのではと激しく焦り、何か手はないかと思って試してみたのは携帯電話アプリのウォレットへのチャージでした。

 このアプリとはWe Chat(微信)というLINEをパクった決済機能付き中国アプリですが、銀行カードとリンクさせることで日本のSUICAみたいに携帯からお金をチャージすることができます。早速試してみたところ無事にチャージができ、まずは100元をチャージしました。
 これで少し安心して、連休中に何か支払いがあっても携帯アプリから決済すればいいと思っていったんはそのまま自宅に帰りました。しかし自宅に帰った後、もしかして翌日からはこのチャージや、銀行カード経由での携帯決済もできなくなるのではと思い直し、携帯電話のアプリ内にもっと金額をチャージしておこうと思って追加で300元チャージすることにしました。いったんアプリ内にチャージしておけば銀行カードとは関係なく決済できるので、普段はアプリ経由の銀行カード直接決済を行っているものの、保険としてアプリ内ウォレットへのチャージを追加したわけです。

 結論から言うとこの決断は正しく、翌日からは携帯アプリからも銀行へのアクセスは完全にできなくなりました。仮にウォレットへのチャージを忘れていたら、ガチで80元だけで連休3日間過ごす羽目となっていたでしょう。
 っていうかそもそも何故システム止めるという通知を前日にするのか、もはや怒る気にもなりませんが日本だったらニュースになることが中国ではニュースにならないし激しい混乱も起こらないあたりこの国はおおらかだと思います。それにしても結構冷や汗かいたことはもとより、明日も明後日もあんまりお金使えないから家に引き込まらないとなというのがいろいろ気をもたげます。

2017年5月25日木曜日

中国人事トラブル記事の反応

本当にあった、中国の人事トラブルに関する怖い話(JBpress)

 また定期ネタですが、一昨日公開された自分が書いた記事についてです。っていうか掲載日をすっかり忘れていてYahooニュースの雑誌ランキングを見て公開されていることに初めて気が付き、なんていうか昔に「太閤立志伝5」というゲームで鉄砲作って「ビームライフル」と名前を付けてしばらくした後、見知らぬ銃を拾って鑑定士に見せたら「これはビームライフルでござるな」といきなり言われて驚いたのを思い出しました。

 さてまた例によってYahoo配信記事のコメントを眺めたわけですが、これまでの記事に比べると比較的納得感があるというか、今回はきちんと自分のメッセージを受け取ってくれている人が多いなと感じました。記事内容については直接呼んでもらいたいのですが、この記事を読んだ反応によっては厳しい評価を下さざるを得ないというのが結論です。

 まず本文中で私は紹介したトラブルについて「極端なものばかり」と書いていますが、実はこれは真っ赤な嘘で、敢えて正しい言い方にするなら「(日本人から見れば)極端なものばかり」になります。この程度の人事トラブルなんて中国では日常茶飯事で、さすがに最初の例、記事中では遠慮して会社名を挙げませんでしたが上海にあるオリンパスのオフィスで従業員が刺されて大量出血したというのは都市部だと珍しい方ですが、解雇時に従業員がいろいろやらかすというのは中国では日常茶飯事です。というより、日本以外の国では日常茶飯事です

 Yahoo記事のコメントを見ているとちゃんとこの辺のことをわかっている人が多いのか、こうした人事トラブルは海外の現場ではごく普通で、むしろ日本の方が特殊だと指摘しているコメントが思いのほか多かったです。私の価値観でもその通りで、今回取り上げた人事トラブルは中国が特別だから起こるのではなく日本以外の海外ではどこでもこうした例はあり、むしろ意外に捉えてしまう日本人の方がイレギュラーです。

 コメントを見ると海外駐在経験をしたと思われる人のコメントも散見され、上位に入っているコメントを引用させてもらうと、以下のようなものがあります。

「今まで5ヵ国の発展途上国で仕事してきたけど、これが普通な気がするな~。
中国人は頭も良く、悪知恵付いてるから厄介そうではあるが。
まあ、日本が特殊と思った方がいいよね。」

(以下、上のコメントへの返信)
「そう思いますね。パワハラや追い出し部屋に従業員をいれて精神的に追い込んで退職に追い込むような方法は日本でしか通用しない。社畜というほど従順な日本人従業員と警察が真面目に働いてくれるという前提があっての事です。
そういう環境を悪用する日本企業もまた腹立たしい存在だ。
日本も銃の保持を許可されるようになれば、パワハラも減るかもしれませんよ。アメリカ人が銃を持つ自由を主張するのもわからなくはありませんね。」

「日本人は日本と外国は同じようだと考えているが、日本だけが特殊だと思ったほうがよい。日本人は正直、誠実を好み、裏切ったり約束を破ると良心の呵責にさいなまれる傾向にある。だが東西を問わず多くの外国人はどうもそうではないようだ。」

 正直に言えば、上記のようなコメントを見て少しホッとしました。基本的に私は「わかる人だけに伝えればいい」というスタンスですが、わかる人が全く存在しないとなるといろいろ不安になるというか、ちゃんと世界と日本を相互に比較できる人間が日本国内にいるのかという点での不安はやや解消されました。
 逆にはっきり言和せてもらうと、今回記事に書いた例を見て意外に捉えてしまったのであれば、日本国内にずっといるなら別にいいですが、井の中の蛙のような価値観と言わざるを得ません。

 このようにきつい言葉をなぜわざわざ書くのかというと、この記事のもう一つの裏テーマを強く主張したいからです。その裏テーマというのも、日系企業の人事のレベルが世界的に見ても極端に低いと思うという点です。

 上記の通りに世界の会社では解雇などによる人事トラブルで命を狙われたり逆恨みされたりすることはいくらでもあり、それだけに人事担当職は相応のタフネスや決断力などが高く求められます。しかし日本の場合は従順や素直を通り越して愚鈍なまでに抵抗せず、給与交渉を含めてあまりにもされるがままです。それに甘えてか日系企業の人事は営業や製造などと比べても他社と比較される機会が少ないこともあり、私から見てあまりにも仕事してないというか責務を果たしていないようにすら思えます。
 逆を言えばそういう意味では日本の人事部は改善の余地があるということにもなり、私自身も派遣問題とかいろいろ関わってきましたが日本の産業全体で「人事部とは何か?」というのをこの記事を通して少し考えてもらえればなと思って書きました。ついでに、日本の労働者もさすがに刃物で刺したりはよくないけど、バット持ってガルベスみたいにもっと暴れたりしてでも要求や主張を行うべきだとも言いたいです。もっともガルベスはピッチャーで、審判相手にやったのはボール投げだからバット関係ないけど。

 最後にこの記事に出てくる物流会社の駐在員ですが、この人は私の直接の知人で、記事中ではやられ役となっていますが現実では中国人も真っ青なことを平気でやってしまうこてこての大阪人です。中国語は使えませんがそんなのお構いなしに中国人相手でも一方的に日本語でまくしたて、きちんとできなかったら、「なんで日本語わかるやつ通して聞かんかったんや!」とまくしたてるそうです。
 そのほか雨天の中で車を運転中、歩行者に水かけるなと言ってるのに速度を落とさず脇の歩行者に水をかけた中国人運転手に対し、「なに笑っとんじゃボケ!」と言って助手席からいきなり殴り飛ばし、その場で車から降ろして解雇したこともあったそうで、やっぱこれくらいじゃないとこっちで管理職やっちゃだめだよなといつも深く感心させられます。つっても、ほかの大阪人からしてもあの人は特別だとよく言われてますが。

  おまけ
 今回のコメント欄で一番呆れたのは、

「これ、去年の夏の事件なのに、なぜ今頃話題になるの??」

 というコメントでした。この記事は人事トラブルをテーマにしたコラムであって事件速報の報道記事でないのに、なんでこんなこともわからない上にわざわざ文字にして残すのか理解に苦しみました。マジこんなことまでいちいち言いたくないんだけど私も。

2017年5月24日水曜日

与謝野馨氏の逝去について

「キッズウイーク」導入を=安倍首相「親子の時間必要」―教育再生会議(時事通信)

 本題とは外れますがまた思い付きのような無駄な政策を挙げてと上のニュースを見て呆れました。第一、「プレミアムフライデー」ともども、いちいち横文字使ってんじゃねぇよと言いたくなりますが、こうした横文字が使われる背景は何かしら後ろめたい理由とか別の思惑が混ざっている証左だと思います。多分この政策も、子供というよりかは学校現場の教師などから休日を増やせという要請があったから出てきたのではないかと睨んでいます。

【訃報】与謝野馨元衆院議員(78)が死去(NNN)

 それで本題ですが、最近自民党が復党を認めたという報道があって奇妙だと思っていましたがこういうことだったのかと納得しました。言い方が悪いですが既に死にかけていたこともあって温情として認めたのでしょう。

 与謝野氏については過去の私のブログを検索してもらっても度々登場する人物で、そこそこ長くブログを続けていることもあってなんかだんだん登場人物が減ってきたとも思えてきます。何故かこの記事に与謝野氏が何度も出てきたのかというとやはり政界においてもキーマンたる重鎮でその存在を無視できない政治家だったからです。

 そんな与謝野氏への私の評価を述べると、まず上記リンク先の記事にも書かれている通りに政策通であったことは間違いありません。比較的オールラウンドにどの分野にも通じており、特に財政分野に関しては自民党内きっての財政再建派で、私も同じ志向を現在も持ち続けていますが与謝野氏の発言や主張には納得させられたりすることも多く、その政策案などにもきちんと論理的裏付けもあって高く評価し続けてきました。

 ただ政治家として見た場合、正直なところあまり評価できません。何故かというと致命的なまでに政局勘が悪い人だったからです。
 自民党時代は年季を重ねるに連れて何度も閣僚入りするなど、その高い政策知識から周囲からも頼られる人材でしたが、一方で派閥というか周辺の仲間づくりはそれほどうまくなく、自民党内でもウマが合っていたのは比較的誰とでも仲良くできる故鳩山邦夫くらいだったのではないかと思います。また総裁選に出たタイミングや、政局に関する意見などを聞いていてもどれも疑問符を持つものばかりで、政治家として強く求められるタイミングを見極める方面の能力はかなり絶望的であったとみています。

 それがはっきりと露呈したのはわかっている人にはもうお判りでしょうが、自民党を離党した挙句に民主党政権で閣僚入りした時です。

 与謝野氏が何故自民党を離党したのかについては私もよくわからず、当時聞いた説では当時の自民党総裁の谷垣氏とソリが合わなかったという意見がありましたが、果たしてこれだけで離党するのかとなると疑問で、この方面でだれか情報があったら教えてもらいたいです。
 ただこの離党、そして民主党政権入りは、当時としても既に民主党の失政ぶりが目立ち批判も増えていた時期だということを考慮すると、火中の栗を拾うどころではなく、燃えている家の中へわざわざ消火器を取りに行くかのような理解できない行動であったと私自身は見ています。実際、この離党で民主党の菅直人政権時こそ特命大臣に就任こそしたものの、その後は本人の病気による政界引退もありましたが完全に過去の人扱いで、自民党が与党に返り咲いてからはますますその傾向が強まっていきました。

 何も何でもかんでも政治家は時局に追随すべきとは言いませんが、与謝野氏の場合はあまりにも時局というか政局を無視というか全く見当違いの方向に動くことが多く、それが政治家としてはあまりにも致命的過ぎたというのが私の評価です。とはいえ一時期は総理候補(あの時は誰も出なれたかもしれないけど)にも名を挙げられるだけの重鎮となったことは間違いなく、今回の訃報を聞いて私も、「ああ、この人も逝ったか」と思うほどは寂しさを覚えた人物です。
 謹んで、ご冥福を申し上げます。

2017年5月22日月曜日

自殺率統計に関する代表的なミスリード

安倍首相「朝日新聞は言論テロ」に「いいね!」 朝日記者が官房長官に事実関係ただす(産経新聞)

 本題と関係ないですが上記記事について、なんでこんなことに朝日もいちいち目くじら立てるのか見てて呆れます。第一、こんなこと指摘する朝日の記者どもは自分の記事内容とかに「いいね」とか押してないのかってんだ。
 なおここだけの話、自分がJBpressに書いた記事のYahoo配信記事のコメントとか見て、まともな批判ならともかく頓珍漢に記事内容を批判するコメント書く奴に対して何度も×マークをクリックしたくなりますが、さすがに筆者本人がやったらそれはまずいと思って我慢してます。同様に、〇マークについても一切クリックしていません。

 話は本題に入りますがこの前の記事で私は、日本が自殺が大きな社会問題であるかのように仕立て上げようと厚生労働省が統計操作をしているということを指摘しました。私自身は自殺者は死にたがってるんだから素直に死なせてやれよと思うのですがそれはさておき、こうした自殺を過剰に煽り立てる世論操作は今に始まることではなく十年以上前からこういったことは盛んで、今日はそういった際に用いられる代表的フレーズを紹介します。

「日本は先進国の中で自殺が最も多い」
 これなんかもっとも代表的なフレーズですが、結論から言えば間違いです。自分は十年以上も自殺統計見ていますが日本の自殺率がロシアを超えたことは一度もなく、厚生労働省の価値観ではロシアは先進国ではないようです。
 なお最近だと韓国にも抜かれており、どうも抜かれたあたりからこのフレーズが使われる機会は減っていった気がしますが、今でもよく知らない人がそのまま引用しているのを見るので個人的になんとなく不満です。

「日本の若者の死因一位は自殺」
 日本に限りません。病気することが少ない若者は、よっぽど治安が荒れてて殺人が多いところでなければ世界中どこでも死因の一位は自殺です。むしろこれは治安がいい、感染症が少ないということを意味するので「日本の若者の死因一位は自殺なんだよ。やったね!」と喜ぶべきフレーズでしょう。

「日本では若者の自殺が増えている」
 これは事実で、少子化にもかかわらず自殺数、率ともに確か増えていたと思います。ただ、それでも自殺者の圧倒的多数は50台以上の高年齢層によって占められているのですが、政府の自殺対策はやたらと若者向けアピールが多く、なんとなくですが「若者に自殺されたらまずいけど高齢者はこのまま減っていってほしい」なんていう思惑があるのではないかと疑っちゃいます。
 っていうかこういうこと平気で書くあたり自分って怖いな。

「日本は昔から切腹など自殺に対する意識や習慣が強く、自殺大国だ」
 上位30位には入りますが上に上がいくらでもおり、自惚れるなと言いたいところです。第一、切腹の習慣がなかったロシアやリトアニアは常に上位をキープしているあたり、あんまこういった思想や習慣は関係ない気がします。自殺大国と名乗るからにはせめてトップテン入りしてから言うべきでしょう。

 以上が主たるフレーズでいくらかは見たことがある人も多いのではないかと思います。なお厚生労働省が自殺率を引き上げて今後世界トップテン入りを目指すというのならいい方法があり、検死もっとしっかりすれば一気に跳ね上げられる可能性があります。というのも日本は異常死に対して検死医が不足していることもあってほとんど検死を行っておらず、相当件数の自殺が病死として片づけられているという現状をよく耳にするからです。
 逆に検死によって自殺件数が減る要素もあり、いわゆる「エクストリーム自殺」に分類されるケースがそれで、誰がどう見たって他殺にしかみえない案件が警察が捜査に乗り気でない、っていうかサボる目的で無理やり事故死に分類されることもあります。それだけに日本の世界自殺トップテン入りはまだまだ遠そうです。

 なおこの記事は敢えてふざけた文体で書いています。自殺に関しては深刻にとらえて社会問題と認知すればするほど増えていくという傾向があり、変に自殺対策とかで真剣に議論するよりかは、「どうやったら自殺が増えるのか?」という逆の観点から少しふざけて議論した方が減少に効果があると個人的に考えるからです。

2017年5月21日日曜日

「激動の昭和」の次は?

 疲労して頭痛もあるので短くまとめますが、今上天皇が来年末には退位するとみられることから次の元号が一体何になるのか市井でも段々と議論がされ始めてきました。元号は基本的に論語をはじめとした中国の古典から漢字二文字が選ばれるので予想すること自体ほぼ不可能であるためあまり興味がないのですが、その代わりに少し興味があるのが平成の通り名です。

 ひとつ前の昭和に関してはほぼ満場一致で「激動の昭和」という通り名が付き、現在においても歴史教科書などでこうした通り名とともに歴史が振り返られています。私自身の認識でもこれ以外の通り名は考えられず、戦争に負け天皇制の存亡すら危うかった時代を経て、経済力で世界二位に躍り出るほどの復興を遂げ、ある意味世界における日本史におけるボトムとピークが一緒にやってきたような時代でした。恐らく今後も昭和時代ほどアップダウンの激しい時代が日本にやってくることはなく、だからこそ激動という言葉に誰もが共感したのだと思います。

 然るに平成については果たしてどう表現するのか。私自身でパッと思いつくのは「安楽死の平成」で、一時は世界二位の経済力を保持して米国すら脅かしたにもかかわらず、経済力で中国に抜かれ、少子高齢化は激しくなり、年金をはじめとしたあらゆる制度が破綻してくるなどゆるゆると衰退してきた時代であったように思えるからです。
 何も安楽死というほど極端な言葉を使わないとしても、プラスなイメージの言葉はなかなか出てこずマイナスワードばかり浮かんできます。もう一個あげるとしたら「苦難の平成」といったところで、阪神大震災、東日本大震災の二つの巨大な震災を経験していることからの言葉ですが、まともに落ち着かせるならこの言葉じゃないでしょうか。それ以外だとストレートに「衰退の平成」というべきかとも思いますが、なんかこういう言葉編んでて今上天皇に悪い気すらしてきます。今上天皇は何も悪いことしてないというのに。

 あと最後に浮かんだ言葉を付け加えると、最近「失われた30年」という言葉すら出てきていることから、「失われた平成」というのもありかもしれません。もっともこれは自分で言ってて、自分の半生全部否定されているような気もするのであまり気分良くありませんが。

2017年5月20日土曜日

各所で数字が異なる自殺率統計の怪

 あまり人に自慢できるようなことではないのですが、実は密かに自殺統計とかにはやたら詳しいです。何故かというと大学二回生の頃に授業でなんでもいいから社会学に関することでレポート書いてこいと言われ、たまたまその頃に集団自殺が流行り始めていたので、自殺をテーマに一本レポートを仕上げました。それ以降もことある毎に世界の自殺統計を見続け、2008年か2009年くらいに自殺率で日本が韓国に追い抜かれた時とかも何故か妙な悔しさを感じたりするほどだったのですが、そんな私から見て以下の報道は久々に血が騒いだというか、一見して疑問を感じる内容でした。

日本の自殺死亡率ワースト6位(ホウドウキョク)

 上記のニュース内容はホウドウキョク(密かにこのネーミング嫌ってる)だけでなく他のメディアでも全く同じ内容で報じています、っていうか多分共同か時事の原稿をそのまま使っている可能性が高いと思いますがそれはさておき、私はこの記事に書かれている内容を見て、「この内容は本当に事実なのか?」とすぐ疑問を覚えました。いったいどの点に疑問を覚えたのかというと、日本の自殺率がワースト6位と書いてある点で、率直に言って近年自殺率が減少傾向にある日本で、ちょっと前までトップテンにすら入っていなかったのにどうして6位に入るのかと奇妙だと覚えました。また、

「自殺者の数が最も多かったのは、リトアニアの30.8人で、次いで韓国(28.5人)、南米のスリナム(24.2人)と続く。」

 という記述もなんとなく私の認識から遠いというか、リトアニアが入っていることはともかくとして世界屈指の自殺大国であるロシアの名前が入ってないのに疑問を持ちました。

韓国の自殺率、世界4位に低下=農薬販売制限が奏功(朝鮮日報日本語版)

 そんな風に探しながら思い出したのが上の記事です。上の記事は韓国メディアが書いた自殺率の国際統計に関する記事で、この記事内容によるとWHOが5/18に自殺率の統計を出したそうで、それによると「スリランカ(35.3人)、リトアニア(32.7人)、ガイアナ(29人)に続いて(韓国は)4番目に多かった」そうです。
 この時点で「韓国は自殺率28.5人で世界3位」と書いた日本の報道とはずれが生じている一方、自殺率の人数は日本の報道は韓国側報道の「28.4人」とほぼほぼ被ってます。

World Health Statistics 2017: Monitoring health for the SDGsメニュー報告書(WHO)

 こうなりゃ原典当たるしかないと思い直接WHOのページに行って上記の報告書とかを読みました。件の数字は報告書61ページの各国の自殺率で出ており、このページの情報によると韓国側の報道は記載内容に沿っており間違いはありません。
 一方、「世界6位」と自称した日本側の報道というか厚生労働省の発表ですが、この数字の根拠はやはり疑問というかはっきり言えばおかしいとしか言いようがありません。WHOの報告をざっと見る限りだと日本の自殺率は19.6人で、この数字以上の国を目につく限り上げると韓国、モンゴル、リトアニア、カザフスタン、ベラルーシ、ポーランド、ラトビア、ハンガリー、スロベニア、ベルギー、ウクライナ、ロシア、スリランカ、ガイアナ、スリナム、赤道ギニア、アンゴラがあり、世界6位はおろかトップテンすら到底望めない立場にあります。

 断言してもいいですが恐らくこの日本の自殺率国際順位が6位というのは統計操作された結果であり実態を表していません。日本側の報道では、「今回の国際比較は、2013年以降でデータがある国のみを抽出したため、全ての国を対象にしていない」と注意書きが入っていますが、上記のWHOデータは2015年に統計が取れる国を対象にしたデータであり、また日本一国の政府がWHOを超える統計データを作れるとは私には思えず、上記の変な注意書きは露骨に統計操作をしたことを言い訳する目的で述べた内容でしょう。

 では何故厚生労働省は統計操作を行ったのか。私が考えるに理由は自殺対策予算の獲得で、そのために日本の自殺率が世界的にも極端に高いということをアピールしようとした所作だろうということです。厚生労働省は以前にも「GKB47」とかいうわけのわからないネーミングで自殺対策キャンペーンを組もうとしていたこともあり、結構この方面で妙な動きというか小賢しい細工をしているように思えてなりません。
 賢しい厚生労働省もさることながら政府発表、というよりもはや大本営発表を鵜呑みにしてそのまま流すメディアというのもどうかと思います。数字の根拠とか原典や情報ソースに当たらず、明らかに誤った情報を垂れ流しており、一見してあのデータに疑問を覚えなかったのか呆れてものが言えません。もっとも、自殺統計を日常的に見ている私の方がおかしいとも思いますが。

 最後に、WHOのサイト内にあるデータベースでは先ほどの報告書とは別に自殺率の統計データがまとめられていました。こちらの統計データですが、どうも先ほどの報告書のデータと結構数字に差異があり、もしかしたらどっちかが統計処理されてたり、もしくは報告書の方が最新版として数字が更新されているのかもしれませんが(発表時期は1か月程度しか変わらないのに)、世界的な自殺率順位を見るのにはこっちの方が見やすいので、参考として載せておきます。
 それにしても、仕事終えて帰ってきて疲れているのに、自殺統計関連情報を延々数時間調べ続けてこの記事を書いている自分が不思議に思えてなりません。

<2015年時WHO自殺率国際統計データ(年齢処理済み、男女混合) 上位30位>
順位 国名
自殺率
1位 スリランカ 34.6
2位 ガイアナ 30.6
3位 モンゴル 28.1
4位 カザフスタン 27.5
5位 コートジボワール 27.2
6位 スリナム 26.9
7位 赤道ギニア 26.6
8位 リトアニア 26.1
9位 アンゴラ 25.9
10位 韓国 24.1
11位 シエラレオネ 22.1
12位 ボリビア 20.5
13位 中央アフリカ共和国 19.6
14位 ベラルーシ 19.1
15位 ポーランド 18.5
16位 ジンバブエ 18.0
17位 ロシア 17.9
18位 スイス 17.9
19位 カメルーン 17.5
20位 ラトビア 17.4
21位 ウクライナ 16.6
22位 ブルキナファソ 16.5
23位 ベルギー 16.1
24位 インド 16.0
25位 ハンガリー 15.7
26位 日本 15.4
27位 トーゴ 15.4
28位 北朝鮮 15.2
29位 ウルグアイ 15.2
30位 ナイジェリア 15.1

出典:Suicide rates, age-standardized Data by country(WHO)