2009年10月12日月曜日

北京留学記~その十五、2006年ワールドカップ

 留学から帰国後、何故だか知り合いからよく聞かれた質問にこんなものがありました。

「Wカップに熱狂しすぎて、中国で何人か死んだんでしょ?」

 別にこのニュースを知らなかったわけではありませんでしたが、一体どんな風に日本で報道されていたのか気になるくらいの質問数でした。

 さてそんな2006年のWカップですが、当時実際に中国現地にいた私からすると確かに、そりゃ死ぬわなという程の熱狂振りでした。ここでちょっと解説しておくと一昔前まで中国で人気のスポーツときたらピンポンこと卓球でしたが、周りまわって現代では圧倒的とも言うほどサッカーの人気が一番高くなっております。そのサッカーに次いで特に若者の間で人気なのはバスケットボールで、アメリカのNBAにも中国人選手がいるという事もあって注目されております。

 話は戻って当時の現地での過熱振りですが、それこそ新聞の一面は毎日Wカップ関連で、試合の放送も深夜に放送されるリアルタイムでの放送と昼間での前日の試合分の再放送の二本立てで、熱心なファンともなると同じ試合を二度も見るほどでした。
 そうしたサッカーへの過熱ぶりは中国人に限らず、私の通っていた北京語言大学内も例外ではありませんでした。

 この連載記事で前述してあるように北京語言大学は欧米からの留学生が多い大学で、Wカップともなるとサッカー好きの彼らが黙っているわけなく、それこそまるでお祭りになったかのように学内はWカップで一食となりました。構内のカフェや売店前を通ると全部が全部Wカップの話題で、授業日でも休み時間になってはクラスメート同士で盛り上がり、中にはチョークで頬に即席で国旗ペイントまでし始める者までいました。
 そして、Wカップが始まる前から自分の中ではある程度予期はしていたものの、恐れていたことがある日にとうとう起きてしまいました。

(先生)「没有人……(誰もいない……)」

 その日の朝、授業開始時間になっても教室にいたのは自分と先生だけでした。
 というのもWカップが始まって以降、どの学生も夜中ずっと試合を見るために朝の授業をサボり始め、この時期はどのクラスでも学生が授業に来なくなっていました。私のいたクラスは先生と学生の信頼関係が強かったようで他のクラスよりは随分とマシだったそうですが、元からサボりまくっていたウクライナ人を筆頭に徐々にサボる人間が増え始め、とうとうその日には私と先生しか来なかった訳です。しょうがないから、二人で宿題の答え合わせをやったけど(ノД`)
 
 幸い二人きりだったのはその日だけで、その日も開始後二十分もしたら徐々に他の学生も来ましたが、この日以外だとWカップ期間中は平均して大体三、四人くらいしか授業開始時に集まっていませんでした。しかも来るのは決まってアジア勢で、欧米勢ともなると全休も少なくなかった程です。

 ついでにここで説明しておきますが、向こうでの授業は最低出席数さえ守れば進級できるので、日本人だろうと欧米人だろうと日本の大学同様にしょっちゅうサボってこなかったりします。それに対して私はやっぱり特殊で、日本の大学でも基本的にはほぼサボることなく何かしらの講演会などと重ならない限りは確実に授業に出席しており、留学中に至っては全日出席を見事達成しました。
 ただ一回だけリアルに寝坊して十時くらいに教室に入った事がありましたが、先生もクラスメートも私が毎日来ていることを知っているもんだから教室に入るや否や大笑いして、先生も、「何も言わなくてもわかってる。今日はたまたま遅刻したんだねヾ(^^ )」と言う始末でした。

 こうした状況に語言大学側も一応は注意するもののほとんど効果はなく、中には一限の授業に誰も来ないで終わってしまっていたクラスも珍しくなかったそうです。そんなことを先生が話していると、上記のように私の出席率が高いもんだからある学生が、

「うちのクラスには花園がいるから大丈夫だよ(*^▽^)/」

 と、言ってくれました。実際、自分でも自分がこのクラスの最後の砦なんだと意識してましたが。

 そんなWカップですが、語言大学の中で一番熱狂した集団となると欧米人ではなく、実は韓国人でした。
 語言大学のすぐ近くの五道口という地域は、成り立ちはよく分かりませんが結構にぎやかなコリアタウンとなっており、街中にはいたるところにハングル文字が書かれているだけでなく韓国料理屋も非常に多い場所です。そんな場所だからと言うべきか、そんな地域の近くに語言大学あるからというのか、この年のWカップ韓国初戦時ともなると大学の周辺地域は文字通り真っ赤に染まっていました。

 語言大学でも多数派を占める韓国人留学生らは揃いも揃って赤い衣装を身に付け、中にはまだ肌寒い時期だったのに真っ赤な、それもほとんどブラジャーのような服だけ着た韓国人女性も寒そうに歩いていました。それこそ一体どこにこれだけ潜んでいたかと思うくらいの韓国人学生が集結して、大学近くのビアガーデンでもあっという間に商品が売切れになったほどでした。

 おまけにその日の試合で韓国が見事勝ったもんだから、夜11時くらいなのにあちこちで、「テーハ、ミングっ!」の大合唱まで起こり、寮の中にいた自分にも外から聞こえてきました。周辺住民も迷惑だったろうな。
 さすがに二戦目のフランス戦は深夜の試合だったこともあって以前よりは落ち着いてはいましたが、それでも相変わらずの熱狂振りで韓国の同点ゴールの際には寮の中であろうと平気で大声で歓声を上げてきたために、寝ていた私も飛び起こされたほどでした。この日だけは、韓国人と相部屋になる日本人みんなが嫌韓になる理由がよくわかりました。

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