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2009年2月19日木曜日

ブログを読む側と書く側の感覚の違い

 先日友人から、
「実は俺もブログをやっていたんだよ」
 と突然言われました。
 なんでも半年くらいは続いていたそうですがやっぱり段々と書くことがなくなって続けられなくなり、そのブログは今じゃ放置状態になっているそうです。

 別にその友人がそうだと言うわけじゃないのですが、私の見ている限りまだブログを始めたことがない人なんかは他の人がやっているブログを見て、「こんな簡単そうなの、自分でも出来るだろう」と思う方が多いんじゃないかという気がします。しかし実際に始めてみると読む側と書く側では全然感覚が変わるもので、ちょっと簡単にその辺の部分で私が思うことを書いておきます。

 まず私の体験ですが、私は2007年の年末からこの「陽月秘話」をやっていますが、それ以前からもいくつかのブログは読んでいました。それで他の人のブログを見ていてよく思っていたのは、「なんでこいつらはこんなに更新が少ないんだ」ということでした。
 やっぱり定期的に人に読ませるなら最低でも一週間に一回、理想なら今の私のペース並に短くともいいから毎日更新しないとついてこないだろうとよく思い、原稿用紙一枚分の四百文字くらいで毎日更新するくらいなら自分なら余裕だろうと思って始めました。結果はとても四百文字じゃ満足できず、アホみたいに毎日長文を書くことになりましたが。

 それでこの文字数についてですが、私の感覚だと書く側が大体一時間くらいかけて文章を書いても、言ってて結構無常ですが読む側からすると五分で読まれてしまう量にしかなりません。これだと経済的に見たら文章を書く労力に見合わせるには最低でも二十人に読んでもらわないとペイできません。このように読む側からだと想像し辛いのですが、文章というのは書く側になると恐ろしい時間と労力が必要になってくるので、読んでて自分にも出来そうだと思った方は書き始めるとそのギャップに打ち負かされることが多いんじゃないかと思います。
 もちろん技術力の向上次第でその一時間を五十分、四十分にも短縮することができますが、それでもとことん突き詰めても三十分は読む側に五分読ませるのに書く必要があるでしょう。私の場合は調子や書きやすいテーマにもよりますが、やや長めの記事を書くのには一時間くらいはいつもかけています。

 ここで強く言っておきたいのですが、文章というのは意外に書けそうで書けないもので、やっぱり自分の思うまま、伝えたい内容を確実に伝えられるように書くには相当な訓練が必要です。個人的に到達段階に当たる訓練量を挙げていくと、まず原稿用紙百枚(四千字)を越える一つの文章を書くと一皮向けて、その後生涯執筆量で千枚(四万字)を越えた辺りからいろいろと面白くなってきます。
 なのでブログをやっている方は、ひとまず四万字を越えるくらいまではだらだらしてもいいから続けるべきだと思います。そうすると表現技法などが段々とわかってきて、昔の文章と比べることによっていろいろと成長する実感が湧いてくるでしょう。

 そして今度は逆に読む側に伝えたいのですが、見ていて「なんだ、これっぽっちか」と、文章量が短か過ぎると思っても、書く側はその短い量を書くのに凄い労力をかけているので馬鹿にしたりはせずにきちんと見てあげてください。私の場合は自分でも長すぎる気がして、読む側がかえって負担になってるんじゃないかと心配するくらいですが。

  補足
 これまた私の感覚ですが、手書きで文章を書くとペースは好不調に関わらず一時間で原稿用紙六枚です。キーボードの場合は昔の話だと一時間に十枚くらいが平均的なペースですが、キーボードの場合は頭で文章を組み立てるより早く文字がかけてしまうのでペースが一定でなく、好調の時は十二枚とか行きますが、不調の場合は八枚くらいにまで落ちることがありました。
 今このブログで書いている内容は結構頭を使うものも多く、書きながらあれこれ調べたりするのでペース的には一時間当たり六枚くらいじゃないでしょうかね。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

 そうですよね。僕は、最近エントリーシートとか履歴書を書くことが増えてきたので、花園さんのおっしゃっていることがわかります。学生課の人に見せたりすると結構直されます。自分の言いたいことを文章に表すのは、悪い誤解を生むこともあるし本当に難しいですよね。

花園祐 さんのコメント...

 実は日本の場合は書き手以上に、読み手側に問題がある、つまり読解力の低い人間ばかりという現実もあると思えます。やっぱり私が自分で高度に、短く文章を作り上げたら賢そうな人はきちんと意図を読んでくれますが、見るからに読解力のない人は全然別の意図として読んでしまいます。
 エントリーシートなんかまさにその典型で、基本的に読解力のない人に合わせて書かなければならない、というより就活情報誌がそんな風な指導をするので、表現力がどうのこうので左右はされず、ルールに則っているかで左右されているような気がします。私もちょっと意地悪してそこら辺で鎌をかけてみたところ、案の定そんな結果になったし。