2009年1月27日火曜日

学力テストの結果公開について

 ちょっと古いニュースですが、全国で行われた小中学生を含む学力テストの試験結果を秋田県が市町村別に知事の主導の下で公開したというのが先月にありましたが、結論から言うと私はこのテスト結果は公表してしかるべきであり、秋田県を始めとして公表に積極的な大阪府の橋本知事を応援する立場にあります。

 この問題についてはなにも難しいことをいわなくとも、教育を良くするためという一言で公表するに十分な理由になります。というのも、これなんか私が一応社会学士ということもあるからかもしれませんが、比較や議論するデータもなしでどう低下しているといわれる教育を改善しようというのか、全く持って文部科学省の言い分が理解できません。単純に全国の学校のテスト結果を公表して比較することによって、どの学校が行っている教育方法が効果を挙げるか、逆にどの学校が行っている教育法方が問題があるのかが簡単に浮き彫りに出来ます。そうやってデータを刷り合わせることによって、というよりそうしたデータの刷り合わせも行わずに「あの教育法方がいい」とか、「ああいう教え方はよくない」と案が出せるはずなんてありません。

 さらに文部科学省(河村官房長官を含む)がデータ開示を否定する理由として挙げているのに、「成績が公開されることによって学校の序列化につながる」と言っており、学校が序列化することによって成績のいい学校に生徒が集中してしまうとか、成績の悪かった学校に生徒は劣等感を抱くなどといい加減なことを言っていますが、私が小中学生だった頃を思い出すと当時はそんな勉強のできるとかできないなんて全然気にしませんでしたし、それよりも運動が出来る出来ないというのがクラス内の発言力を大きく左右させ、勉強が出来る子も確かに尊敬はされますがやっぱり運動のできる子の方が圧倒的に序列が上でした。

 更に言えば成績のいい中学校に生徒が集中するといいますが、なんだかんだいって家から近い公立校をみんな選ぶでしょうし、よっぽどいい学校に入ろうとする子やその親は公立校には行かず、間違いなく私立に行こうとするでしょう。むしろそうした学校ごとの成績の良し悪しに一番敏感に反応するのは子供ではなく、その周囲にいる大人たちこそ一番騒ぎ立てている気がして、そういったことこそが子供にも悪い影響があるように思えてなりません。

 最後にもう一つ付け加えておきますが、私自身は公立小学校から私立中学、高校へと進学した口ですが、やっぱり小学校でも中学校でも賢い奴もいればアホな奴もおり、出来る人間はどこいっても出来ますし、逆に出来ない人間というのは本人が変わろうと思わない限り、それこそ学校を変えても急に変わることなんてないと思います。極言すればどんな学校へ行こうと、自分が努力しなければ意味がないということです。

2 件のコメント:

  1.  確かにどんな環境にいようが、本人の努力に勝るものはありませんよね。別に学校ごとに区切るわけではないから、発表してもよさそうなものですけどね。他の市の子供からいじめられることはまずないと思いますし。塾とかでも、ほとんどが同じ市内だと思うので関係ないと思います。
     それと、成績を一番気にするのは子供ではなく、大人だというのは同感です。

     しかし、親っていうのは心配するものですよね。特に母親は。もうこれは性質なのかもしれませんね。母親の憂鬱が貴重なデータの公開を妨げる。母親の憂鬱を抑える方法はないんでしょうか?

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  2.  母親が心配するというのはやっぱり親だからでしょうかね。私たちも子供を持ってみたらなんとなく理解できるかもしれませんけど、現段階で納得させる方法はちょっと浮かんできませんね。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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